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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第三章 プレゼンス・サード -航路の行方-
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第35話 迫る敵

「逃げ場はない! いけっ!!」


 割れた窓の向こう、大都市が広がる夜空の上を浮遊する牙楽が右手をこちらに広げると、どこからともなく小さい黒い生物が飛翔し、群がって僕らに襲ってくる。その小さい翼を闇の中で羽ばたかせて。

 手で払ってもそれらはしつこく小さい翼を羽ばたかせて僕らにまとわりついてくる。

 視界が暗いお陰で小さいそれが何匹いるのかも分からない。キッキッという小さく高い鳴き声、真っ黒な体に悪魔のような翼からそれがコウモリであると分かるのは容易だった。 

 払っても払っても次々と出てくる。一体、何匹いるのかも分からない。


「いたっ! ……境輔! 外に逃げよっ!」


 どこからともなく取り出した黄色く光る刃の剣でコウモリを追い払うも、後ろから髪を噛まれてしまったユヒナ。だが大半のコウモリはその剣が抜かれた直後、発せられた光を恐れるようにそこから遠ざかり、羽ばたくのみで攻撃を止める。

 僕に襲ってきたコウモリも光の影響で僕から退いていく。


「ダメだ! 外には長瀬川がいる! 今、逃げたら挟み撃ちになってしまうだろうが!」


 そうだ、外には長瀬川がいる。振り切るにしても、エレベーターはまず使えないだろうし、階段を駆け下りる他ない。


「で、でも今の私じゃあ飛べないし、空を飛んでる牙楽とも戦えないよっ……」


 弱音を吐くユヒナを見て、僕は唇を噛み締めながらある事を思い出した。そう、ユヒナはまだ空を飛べない。昼間のリッパー戦でも真木田組事務所で見たような鋼の翼を使わずに戦っていた。

 もはや消去法しかない。答えは一つだった。


「分かった。逃げよう」


 圧倒的な戦闘力を持つソルジャーの牙楽と、戦闘力はあるが普通の人間の長瀬川を相手取るならば断然、後者だ。

 僕はユヒナの手を引いて、玄関を出た。荷物なんか持っていても逃走の邪魔になる。命が最優先だ。

荷物を諦めて、僕らは廊下へと出た。

 他に誰もいない、ひたすらドアが並ぶ静寂に満ちた廊下。だが、外から上がって追ってくる牙楽の姿が脳裏に浮かぶ。それを恐れた僕らは早々とその場を離れる。

 早歩きしながら人差し指を口元の前で立てて、ユヒナに合図を送ると彼女もうんと頷いた。今、音を立てたら気づかれるかもしれない。

 来た方向と進路の様子を見回しながら、早めに早めに歩を進めながら僕らはエレベーター前までたどり着いた。

 三台並ぶエレベーターのうち、真ん中のエレベーターが25階から降下して今まさにこのフロアに到達しようとしていた。慌てて僕は命綱を掴み取るようにボタンを押した。

 途端に感じる安心感。心臓の早い鼓動を感じながらユヒナとエレベーターを待っていると右手から誰かの気配を感じ、その方向を向いた。


「見つけたぞ……!」


 こちらを因縁づけたこもった声。立っていたのは先ほど上手く撒いた男。青いアロハシャツと茶色く焼けた肌がよく目立つ。まずい、エレベーターがもうすぐ来るってのに……僕はその名前を叫んだ。


「長瀬川!!」


「境輔!! エレベーター来るまで私が相手するよ!」


 ユヒナは光る刃の剣を持って長瀬川の前で構えた。


「はっ、こっちもなぁ……うっかりしてた。初めからコイツでしまいにすれば良かったんじゃ!!」


 長瀬川が取り出したのは一本の短い鉄の棒。その先端から水色の光が伸び、床に叩きつけられるとしなやかに伸縮してデタラメな波線を宙に描く。


「エクスサードだろうと、オーダーメイド制作のこの光のムチでぶっ殺してやらぁ!!!」


 叩きつけられた青白いムチの先端が、まるで蛇のように襲いかかるが、ユヒナも持っている光の剣で弾く。

 伸縮し、ムチを手元に戻すとその形は光る棒。鉄の棒の先から水色の光が真っ直ぐに伸びている。ユヒナが持っている剣らしい形である曲線状ではなく、むしろでかいサイリウムといった所だ。

 その光る棒を長瀬川は両手で持ってユヒナに飛びかかった。両者の光る武器同士がぶつかり合い、火花を散らす。その直後、僕らに希望をもたらす音が鳴り響いた。

 エレベーターの扉が開かれる。まるで僕らを助けに来てくれたように。中には誰もいない。僕はすぐに乗り込んで、真っ先に「1」を押して開きボタンを親指で押したまま、


「ユヒナ!! こっちだ、早く!!!!」


 ユヒナと長瀬川の剣が互いにぶつかり合っている。そこで長瀬川は接近戦以外にも一歩距離をとって、その光る剣を再びムチへと変形させる。伸縮する広範囲に伸びるそれを勢いよく振り落とすが、ユヒナはその間にその身を転がしてエレベーターに滑るように駆け込んできた。

 2メートル近く伸びた降り下ろされるそのムチは命中するまでにかなりの隙があり、幸運にも逃げる隙が出来た。もしもあれが伸縮力もない大きな大剣だったらこの隙は生まれなかっただろう。

 ユヒナが乗り込んでくるのを確認すると僕はすかさず閉じるボタンを押す。エレベーターはすぐにその扉を占めて、特に急ぐ事もなく通常ペースで降下していく。

 僕はホッと息をついて、エレベーターの壁に背中を預けた。ユヒナはその場でぐったりと膝をついて座り込んだ。


「どうにか逃げ切ったね、境輔……」


「ああ。でもここからが問題だな……」


 荷物は部屋に置いてきてしまった。幸い、財布とスマホはあるし、定期券や店のポイントカードなどが入ったカードホルダーはある。しかし、これから先どれぐらい逃げればいいのか分からない暑い熱帯夜を凌ぐ水分も小腹を満たすおやつも着替えも全て部屋だ。

 無論、取りに戻っている余裕はない。逃げ場所も未だ分からない以上、状況が落ち着くまで、どこかに逃げて上手く奴らを撒かなければならない。


「アレクさんからさっき、電話が来たんだけど、逃げ場所はまだ見つかってない。あと、もうこの島には長瀬川の手下達がゾロゾロ上がり込んでるようだ」


「ええっ!? じゃあ下降りてもまだ敵はいるってことなの?」


「あぁ。ソルジャーだけでなく、組員の情報も数多く報告されてるらしい」


 敵の数は分からないが、多いのは確かだ。

 ユヒナが力を十分に発揮出来ない今、この島にいるのは危険だ。ホテル以外に考えつく安全な場所は真っ先に浮かぶのは僕が住んでるマンション――カルミアになるわけだが、長瀬川がそこまで追ってくるかもしれない。

 カラオケボックスに隠れるという手もあるが、休日は混んでるだろうし入れなければ無駄足だ。この島は大きいが相手はヤクザだ。目的のためならば何でもしてきそうだ。そんな奴らとの戦いにタカシやコージ、関係ない人を巻き込むわけにもいかない。だから――。


「この島から一度避難しよう。後の事はアレクさん達が何とかしてくれるはずだから。新秋葉原駅から電車で逃げよう」


「電車でどこに逃げるの?」


「新木場からはその気になれば色んな所に行ける。大崎とか新宿とか。或いは空港とか」


 他にも色々とあるんだけど、全部話してたらキリがない。話していたらエレベーターは1階に到着し、降下が止まると扉は開かれた。

 逃げよう。脳裏に浮かんだ言葉とともに僕とユヒナは走り出した。


「おい、いたぞ!! あの女だ!!!」


 広々としたホテルのエントランスに出るとその脇の通路から数人の男達がこちらを見つけて迫ってくる。アロハシャツやノータイのスーツ姿に身を包み、髭を生やして黒いサングラスをかけているのもいる。

 他のホテル客はそんな非日常的な彼らを見て、ホテルの奥や外に飛散していく。


「逃げよう!! ユヒナ!!」


 僕は背後のユヒナがついてきているかを確認しながら走り出した。うんと頷いてユヒナも走ってきていた。手を繋いで走る余裕はない。走りながら追っ手の方をよく見るとその後ろから次々と長瀬川会の組員が駆けつけて来ている。

 このままでは囲まれてしまう。早くこのホテルから離れなければ。

僕らは開かれた扉の正面の出口からホテルを出た。

 辺りにはレストランやカフェ、麻雀屋などの看板が取り付けられた高層のビルが並んだ新秋葉原A-1地区の街並みが広がり、すぐ目の前には昼間はいくつものタクシーがホテル客を待っていたタクシーのりばがある。今は一台もタクシーが見当たらない。雨を防ぐための屋根が頭上を覆う。

 勿論、タクシーに乗れば新秋葉原駅まで5分もかからないだろう。が。


「お前らぁ!!! ここから逃げ切れると思うなよーーーーーー!!!!!」


 逃げ惑う人々の怯える声がする中、荒々しい声がした真上の方向を見ると、その声の主は上空から黒い翼とともに現れた。コウモリの黒い翼をを彷彿とさせるマントを凧のように大きく広げた吸血鬼ドラキュラの上に立つその声の主は腕を組みながら僕らを上空から見下ろしている。


「長瀬川!!!」


 その名前を僕は改めて叫んだ。どうやら、17階から牙楽の手を借りて無理矢理降りてきたようだ。しつこい。

 このままではタクシーを待って乗る事も出来ない。足で逃げた所で、あの飛行能力から逃れられるとは思えない。と、考えて答えが出ない中、牙楽に乗った長瀬川は高度を落とし、

ちょうどいい高さまで降りるとストっと牙楽からアスファルトの向かい側の足場に着地した。


「観念しろ。お前らに逃げ場はない。足で逃げても――どこまでも追いかけてやるよ」


 そう言いながら長瀬川は先ほどの光る棒――ムチを持って一歩一歩僕らの方に近づいてくる。ゆっくり近づいてくる長瀬川に対し、僕らは逃げるよう一歩一歩後ずさる。


「ねえ、待って!! あなたの大切な人を私が殺しちゃったのは悪いと思ってるわ」

「でも聞いて!! 真木田殺しちゃったのは私のせいだけど、元々はあなたの仲間が真木田に打った変な薬が私に偶然刺さっちゃっただけなの!!」


 恐らく何も知らないだろう長瀬川に事情を訴えかけるように説明するユヒナ。

 最も、今は亡き真木田をこっそり送ってまで――理由は不明だが――この島を狙っている時点で大人しく引き下がってくれるようにはとても思えない。


「薬が刺さった私は意識を失って暴れてしまったわ。真木田も……その時の私が意識しないで殺してしまった……でも元はと言えばあれは事故なの!! あなたはそれでも私を狙うの!?」


 しかし、とても逃げきれない以上戦うしかない。が、出来る事なら戦いは避けたいこの状況。

 無駄ではないか。だが……どうなる……


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