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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第三章 プレゼンス・サード -航路の行方-
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第33話 パラダイスの中で

 茶色い木造のテーブルの上に、次から次と運び込まれてくる料理の数々。それらは普段、ファミレスで食すものと言ってしまえば変わらないが、それらとはまた違うこの場所ならではの舌触りを感じるしかない。

 よく焼かれた食感も厚みも良いグラタン、アツアツなスープ、ファミレスには置いているものとはまた違う味がするアメリカンなドレッシングがかかったトマトと卵がのったサラダ。

 テーブルを挟んで、僕の正面にはそれらを美味しく満足した顔で頬張る彼女の姿があった。


「美味しい! ねえ、境輔! このグラタン凄くホクホクで美味しいんだけど!」


「そ、そか。それは良かったな、ユヒナ」


 ホテルのレストランにユヒナを連れてきて、目の前に料理が運ばれてくるや否や、早速目を輝かせて明るく元気にそれらに食らいつくユヒナ。その姿はとても今現在、敵から狙われている身とは思えないほど純粋でさっきまでの不安だった様子は嘘のようだった。

 というかユヒナは飯を食ってる時は直前でどんなに直前に痛い思いや悲しい思いしてても笑顔になるよなぁ……魔神麺でラーメン食べた時もホテルにこれから行く事を忘れて喜んで目を輝かせて食べていた。

よく食べる娘と思いがちだが、ハインやアレクさんが言っていた事を考えるとむしろ純粋な子供の方が正しい。

 天井に吊るされたシャンデリアに高級感のある観葉植物、大きく広がる窓ガラスの向こうにはこのホテルの中庭が広がり、広がる池から三本ほど噴水が湧き出ているのが見える。更に、中庭につけられたライトが水の美しさを更に引き立てている。その奥にはいくつもの黒い柱が壁を築き、天空に位置する中庭を空がこちらから見える程度に守っている。

 既に時刻は夜の18時を回ろうとしていた。まだ夕飯には少し早い時間だけど、アレクさんから3時代に電話が来て、いつでも脱出出来るように準備だけはしておくようにと指示された。

 その準備をするためのお金については実は問題なかったりする。ハインが持ってきたスーツケースの中にいくつもの万札が入った財布が入っていた。その額はざっと25万円。ホテルのチェックインとか手続きについても、もうこのホテルに来た時点でアレクさんが根回しをしていたのか、阪上さんがエントランスのカウンターで話をするだけで通してもらえたので問題ない。

 が、シャワーを浴びた後のユヒナの顔色はどこか優れなかった――。白いパジャマ姿のユヒナ。


『どうしたんだ? ユヒナ』


『ねえ、境輔。とんでもないことになっちゃったよね……』


『あぁ。まさか僕もここに泊まることになるなんて思ってもなかった』


『そうじゃなくて! 私、これからどうなっちゃうのかなって』


その言葉の意味が分かった僕はユヒナの顔をじっと見て言った。


『誰かに予定も決まらないまま勝手に都合よく動かされるのが怖いのか?』


『う、うん……』


 ユヒナはそっと頷いた。やはりだった。


『終わりが見えないからなのか?』


『これから先、私どうなるか不安だから怖いの……それに元はといえば私のせいでこんな事に……』


『……』


 きっとユヒナはこれから先、どこに行く事になるのかが怖いのだろう。ユヒナは実験生物として生み出され、テロリストの軍の兵器として運用されようとしていた。恐らく実験用マウスのように自由を拘束され、様々な研究で利用されていたのだろう。しかも、アメリカ軍とテロリストがドンパチ戦争してるいつ死んでもおかしくない過酷な場所を経験している。

 そこからどういうルートでこの日本まで来たのかまでは分からないが、ハインによるとここまでの旅路は決して楽なものではなかったという。テロリストもユヒナを取り返すために追跡部隊を送り込んできた。逃げるユヒナと友好的に接した人間は容赦なく始末したり、彼女がいた場所は全て爆炎で焼き尽くし、とにかく彼女を悲しませたという。

 かなりトラウマだったに違いない。そう思った僕は――。


『ユヒナ。たとえこの先どうなっても僕はユヒナのそばにいるよ』


『境輔? 本当に本当?』


『僕は戦う事は出来ないけど、この東京の街で逃げるための案内ならば出来ると思うんだ。この街のこと、大きすぎてあまり知らないだろう?』


『う、うん……あまり知らない……それもあって不安なの……あと、元の生活に戻れるのかなって』


『戻れるさ。アレクさんや阪上さんが何とかしてくれるよ。どんなに強大な敵がやってきてもきっと』


 正直な所、僕も長瀬川会がどれぐらいの規模で動くのかは分からない。が、今はアレクさんや阪上さんを信じるしかなかった。

 ユヒナはこの後、まるで現実から少しだけ目を背けるようにして、ベッドに眠りについてしまった。何だか疲れてきたからと欠伸から始まった。

 眠っているユヒナの姿はとても気持ちよさそうだった。しばらくしてその寝顔を横から覗き込んでみたら、すやすやと静かに眠っていた。

 とてもその姿からは鋼の翼を出して、光の剣を出して戦うなんて誰も想像出来ないだろう。

そんなユヒナが目を覚ましたのは時計が17時を過ぎた頃。僕はこの間、特にする事がなかったので部屋を出て夕飯のためのレストランや大浴場の場所を確認するべくホテル内を散策。

 せっかく来たので、エントランス以外の階層を見て回って帰ってきたら1時間余裕に過ぎていた。全30階の巨大高層ビル丸々がホテルとなっているこの建物は、まず僕とユヒナの部屋は17階にある。静寂に満ちた廊下にいくつもの扉が並び、エレベーターを降りて右の廊下に出てその一つがそれだ。

 大浴場は20階に位置し、21階には室内プールもある。そしてレストランは10階が丸々レストラン街となっており、多くの客で賑わっている。

 散策から帰ってきた僕は17時までは適当にもう一つのベッドでくつろいで過ごしていた。ユヒナが目を覚ますと、僕は食事に誘ってレストランの話をしてみた。


『そんなに凄いレストランがあるの!? ねえ、行こ境輔!!』


 ユヒナは目を輝かせると突然パジャマを脱ぎだしたので僕は思わず絶叫した。ユヒナがここまで着てきた緑のホットパンツに白いシャツ姿になるまで、僕は窓の方を本能的に向いた。


『いきなり男の僕の前で服を脱がないでくれるか!?』


『あっ、ごめん! 境輔!』


そういうわけで、今は10階のレストラン街にある店舗の一つ次々流れてくる料理の数々を堪能している――というわけだ。

 ユヒナが美味しく料理を幸せそうな顔で頬張る一方で、僕は少しずつ胃の中に食べ物を運ぶ。

 ふと周りを見渡してみると、夏休み直後の休日という事で沢山の客が各々食事を楽しんでいた。サラリーマンやカップル、家族連れから高齢者まで。

 が、その中で明らかに目を引く客がいた。僕らが座る席から少し離れた場所でソファー席に座っている男5人組。

 赤、水色、紫、黄色のアロハシャツを着ていて、うち一人が白い帽子にスーツ姿。いずれも男だ。スーツ姿の男を除いた他の4人組は一人がマリモのような髪型にオレンジ色に染めた頭だったり、小さな黒いリーゼントを形成していたり、厳ついサングラスをかけていたり、黄色くトンガった髪型をしていて肌はいずれも茶色く焼けている。

 スーツの男がソファーの真ん中に座り、他の4人がテーブルとその男を囲んでいる。

不審だ。学生とも思えない。

 僕はエビを口に入れて水を飲みながら気になってその様子を遠くから覗いてみた。辺りの客の雑音で話し声は聞こえない。

 テーブルも真ん中に置かれた、氷がたっぷり入ったグラスにキラキラと黄金に輝く酒を赤アロハと水色アロハがそれぞれボトルを持って注ぐ。

満たされたグラスを、スーツを着た男が持ち上げ、口へと運ぶ。どうやら、あの男がリーダーのようだ。

 リーダーの男はたっぷりと一気にその酒を飲み干すとたまらんと言わんばかりに息を吐いた。そして、4人と何かを話している。


「境輔。どうしたの?」


 彼らの様子を見ながら食べていると、その視線に気づいたのか向かい側のユヒナが僕の顔を見て尋ねてきた。僕は右手で自分の髪をかきながら、


「いや~、このホテルに入るの初めてだから色んな客がいるなってさ」


 本当に色んな客がいる。ここで学園都市である事を忘れてしまうぐらいに。地上には沢山の学生がいる。まるで天界と下界のようだ。下に降りれば、沢山の学生が闊歩する学園都市いずみ島が広がり、この天界には学生だけでなく幅広い年代が楽しめるパラダイスが広がる。これまで目にしたシンボルである光り輝くビルの中がこんな空間になっていると思うと同じ島だとは思えない。

 ここだったら、アレクさんが逃げ場所を見つけるまで敵に襲われる事もないだろうし、この広大すぎるビルの中に僕らがいる事も気づかれる心配はなさそうだ――。

 と、ポケットにあるスマホの振動を感じたので取り出す。画面を見てみるとそれはアレクさんからの着信だ。

もしかして――。

だが、ここで出るのは周りの客の迷惑になる。レストランの外で出よう。


「ユヒナ、悪い。電話来たからここで食べて待っててくれるか。財布置いておくから」


「うんっ」


 ユヒナは頷いた。万が一の会計処理が出来るように財布をテーブルに置き、僕は席を立った。

 店の外に出て、通行人を避けて早々と歩きながら遠くからの着信に応じる。


「もしもし、アレクさん」


「境輔くん。お疲れ様です」


 ビル内に広がるレストラン街の通りの壁際に背中を預けて電波の向こうの声に応じる。もしかしてまさか――いや、逃げ場所が見つかったからこうして電話してくれたんだ。直感に感じた僕は内心モヤモヤとドキドキが抑えられず口を開いた。


「アレクさん、例の場所は見つかったんですか?」


 だが、アレクさんから返ってきた返答は予想を斜め上回るものであった。


「境輔くん……今すぐユヒナさんと一緒にどこかに隠れて下さい……!」


「ええっ!?」


震えた緊迫とした声が僕のモヤモヤとドキドキを破裂させる。


「既に島内には岩龍会――長瀬川会に属すソルジャーと、その組員の目撃情報が多数報告されています。今、阪上さんとシーガルス、あとハインさんが対処にあたっています。被害の情報は入っていません」

「が、彼らの狙いはユヒナさんで間違いありません。それを率いる会長の長瀬川篤郎も既にどこかにいる可能性があります」


「隠れるってどこに逃げればいいんですか!! 敵はもう外にいっぱいいるんですよねえ!? だったら一刻も早く逃げ場所に行かないと!!」


 電波の先に向かって怒鳴った。周囲の目線が一瞬、僕の方を向くがそんな事は関係ない。もう敵が徘徊を始めている上に退路がないんじゃぁ……


「ごめんなさい。まだ目処がつかないんです。とにかく、このままでは明日まで見つからないかもしれません」


「そ、そんなぁ!!」


「面目ありません!! 境輔くん!!」 


 アレクさんは申し訳なさそうな声で謝ってくる。頭を下げてる様子が目に浮かぶ。


「とにかく、ユヒナさんと一緒にどこでもいいので身を隠す場所を探して下さい。そのホテルの中で構いません。敵の襲撃を受けるという事だけは避けて下さい」

「こちらも今、長瀬川会を食い止めるために色々手を打っています。どうか落ち着くまでユヒナさんを守って下さい」


「分かりました。何とかやってみます」


 アレクさんとの通話が終わると僕は急ぎ足でユヒナのもとへと向かった。レストランに再度入り、ユヒナが座る席へと。


「ユヒナ――」


 目の前を目の当たりにして僕は思わず、立ち止まった。


「あなた達はなに? 私に何の用なの?」

 テーブルの椅子に座ったままでユヒナは目の前の男達に反抗的な口調で返していた。

 目の前の男達――さっき、近くの席でシャンパンを入れて飲んでいたアロハシャツの男4人と白いスーツ姿の男だ。


「俺達か? お前のタマを狙ってるモンだよ」


 アロハシャツの男4人を率いるリーダーの白いスーツ姿の男は腕を組みながらそう名乗った。くっ、あいつら長瀬川会だったのか……


「あっ、境輔! ちょうどいい所に!」


 この場の全員の視線が僕に集まる。ユヒナは席を立って、僕の所に寄ってくる。

 店内は依然、他の客達の談笑の雑音に包まれている。このテーブルの周りだけが緊迫とした状態になっていた。


「お前らもしかして、岩龍会か?」


 僕はユヒナに絡んできた目の前の男達に尋ねた。リーダーの白いスーツの男が口を開く。


「あぁ、そうだ、岩龍会さ。そして――」


 男はその場で白いスーツをバッと、一瞬で脱ぎ捨てた。

 脱ぎ捨てられたスーツと被っていた帽子がレストランの宙を舞う。するとその中から白いズボンに青いアロハシャツが現れた。

 黒と黄色が混ざり合った中央が大きく凹んだ短く整った髪に大きく露出した額、唇を噛み締め尖ったまるで狂犬のような目つき。袖から手のギリギリまで目を引く不気味な黒い刺青が焼けた肌の上で伸びている。その姿はまさにヤクザのボス。


「俺はその二次団体、代々木柴浜会の若頭補佐。三次団体長瀬川会の会長やってる――長瀬川篤郎ってんだ」


 敵の総大将による、その名乗りを聞いた瞬間、僕の背筋が凍った。

 ヤバイ……ヤバイ……気づいた時には僕はユヒナの手を引いて、その場からとにかく全速力で駆け抜けていた。

 入口近くのレジにお会計となる1万円札を置いて――おつりなんか構わずに。ひたすら。

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