表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第三章 プレゼンス・サード -航路の行方-
109/120

第32話 釣り合わないもの

「まっさか、ここに泊まることになるなんてな……」


 眼下に広がるビル街と遠くに広がる海を眺めながら、僕はガラス窓の前で今の現状にただただ驚くしかなかった。

 金ピカな装飾がされたフカフカ布団のベッド、茶色い高級タンス、金ピカな蛇口がつけられたカーテン付きの高級バスルーム。二つのベッドをそっと照らしてくれる枕横にあるテーブルランプに白い背もたれがついたクッション椅子。

 どれもここがいつも住んでるマンションの部屋ではなく、高級ホテルであることを感じさせてくれる見慣れない代物ばかりだった。

 一泊だけとはいえ、気持ち的に落ち着かない。この先のスケジュールが不透明であることも相まって。それもそのはず、ユヒナを連れて逃げる場所を今アレクさんが探してくれている。その間の隠れ家として提供されたのがこの一室だ。

 思えば僕も就活と卒論があるっていうのになんだかとてつもなく大変なことに巻き込まれたものだ。ソルジャーとかエクスサードを知って、この真実を知りたい、何かを持ち帰りたいと思って踏み込んだのにまさかここでお泊りとはな……ただのシンボルと思っていたこのホテルに。

 窓の前でため息をついているとインターホンの音がバスルームのシャワーの音に混じって聞こえてくる。汗を流したいと言ってユヒナは数分前からシャワー中だ。出れるのは僕しかいない。 

 僕は玄関のドアを開けた。


「やほー、キョースケ」


 右手を軽く挙げて僕の名前を呼んでくる。ドアの向こうにいたのは一つの黒いスーツケースを片手に持ったハインだった。


「いきなりここに来る事になった気分はどう?」


「どうって……驚くしかないだろ。このホテルに泊まることになるなんて思ってもなかった」


 街の中で光り輝いてそびえ立つこのシンボル同然のホテルに泊まる日が来るなんてまだ信じられない。

 魔神麺でアレクさんからこのホテルに泊まるよう言われた僕らは昼食のラーメンをご馳走になった後、阪上さんの車でこのホテルに連れてこられた。

 理事会本部の時計塔が時ノ町のシンボルならば、このホテルは新秋葉原のシンボルの一つでもある。新秋葉原には他にも三大ゲートブリッジなどシンボルと言えるものはまだあるのだが、夜になると特に目立つのがこのホテル――グランドタワーパレス新秋葉原だ。


「これ、ユヒナの着替えとか色々入ったものだから。あそこに置いておくわね」


 ハインは部屋の中に入ってきてベッドの前にそれを置いた。

 魔神麺を出た直後、敵に狙われるだろうユヒナに代わって自宅から彼女の着替えや非常食など逃げるために必要な道具を代わりに持ってくると言ってホテルに向かう僕らとは別行動でその場を後にしていた。その結果がこのスーツケースというわけだ。

 ここで僕は今、この場にいるのは自分とハインだけだということを確認してから、


「なあ、ハイン。あの時言っていた、”正直”じゃないってどういうことなんだよ?」


 ハインは牙楽からはエクスサードであることを特に追及されていなかった。『”正直“じゃない』という言葉は魔神麺で彼女からアレクさんの前で、耳元で囁かれたものだ。しかもそれに関連して彼女は自分のヒミツとそれに関連してユヒナのことについても教えてくれると言っていた。

 ユヒナ絡みの話がある以上、彼女もいる前では何かと訊きづらいので汗を流すためにシャワーに入っている今がチャンスだった。同時にここで訊くタイミングを逃せばもしかしたら何も聞けずに終わるかもしれない……だから訊くことにしたわけだ。


「そうだったわね。アンタにはこの際だから教えてあげるわ。でも、これから教えることだけは外部の人間に口外でもしたらアンタを……」


 近づいて、僕より身長も低いその小さな身体が僕の身体に密着する。背中に手を回して、僕の身体をその黒い袖の腕で包み込む。


「殺してあげる」


 そう静かに呟いた。だが、まるでナイフを目の前に突きつけられているかのような不思議な寒気がよぎった。


「こ、殺すって……どうするんだよ」


「どう殺すかはその時の私の気分次第。まぁ、アンタは変に騒ぐようなのじゃないし、所長さんに心酔してるみたいだからその可能性は低そうね」


 僕とアレクさんの関係は既に見破られているようだ。


「その可能性はこれから再度確かめるとして。これを見なさい」


 ハインは僕から一歩離れると自らの首元に手をやり、そこの”丸く開いた襟元(ラウンドネック)”に右手を入れてそこから紐づけされている物を取り出した。服に隠れていたのか、その紐の存在に気づくのはこれが初めてだった。

 黒く、やや紫がかっている菱形の鉱石。ハインはそれを宙ぶらりんにする。


「その石は?」


 僕はその鉱石――石を指さした。


「正確な名前は不明よ。私は”ソウルストーン”と呼んでいるわ」


「その石が、ハインがソルジャーだと敵から認識されている理由なんだよな?」


「勿論。この石はソウルのエネルギーを発し続けているの」


 宙ぶらりんにされた石が微かに揺れる。


「つまり、ソルジャーソウルが石に宿っているということか?」


「その通り。ソウルは強い感情、つまり強い心とともに湧き出すわ。この石も同じ。でもこれは”試作品”。中東の紛争地帯で拾ったんだけど、これを作った連中の思惑通りには機能していないのよ」


 中東の紛争地帯と聞くとその場所はだいたい地図で見当がつく。脳内でその地図が浮かんでくる。イランとイラクが隣接し、サウジアラビアが南に広がる。

 アラビア海も位置するこの場所はアメリカ軍と現地のテロリスト組織、武装集団による戦争が後を絶たない場所だ。テロリストもなぜか一国と渡り合える軍事力を有しており、彼らを食い止めようとするアメリカ軍が防衛ラインを敷いて応戦するもそれを突破し、周辺各国に無差別侵攻を仕掛けているらしい。

 長引く戦争により、中東の各国の中には国家としての機能が崩壊している国も存在し、まさにこの世の広大な無法地帯だ。また、アメリカ側にもテロリスト側にも属さない武装集団も介入しまさに混迷の極みであるという。

 そこから生じる貧困問題や難民問題こそ報じられているものの、テレビでも新聞でもその中で起こっている戦闘の模様は詳しく報じられていない。せいぜい言うなら「テロリストが今日もアメリカ軍の防衛線を突破、またはアメリカ軍がテロリストの防衛線を突破し、ホワイトハウスは云々」といった決まった文面の報道が繰り返されるだけ。

 そのテロリストが一体なんなのか――。何者なのかは僕も分からない。

 ハインの口振りからすると、彼女はあの中で何が起こっているのか詳しく知っていそうだ。


「試作品って完成品じゃないのかよ?」


「石にソウルというエネルギーそのものを宿らせて、ソルジャー以外の人間が装着しても反応して共鳴する石を作ることには成功したわ。でもエネルギーを発するだけでパワーアップとかそういう効果はゼロなわけ」


「つまり、それを作った連中はパワーアップ効果が狙いなのか?」


「そ。考えてみなさい。もしこの石を普通の人間や生き物に使って擬似的にもソルジャーまたはそれと同等な存在を造れるとしたら? この石を身につけることでソルジャーの力を誰もが使えるようになったとしたら?」


「そ、それは大変なことになるな……」


 考えれば寒気が走る話だ。それだけじゃない。そんな事させたら革命どころかその技術をもっとやばい方向に利用されかねない。人類が核兵器という武力を得たのと同じで、もしこれが普及すれば誰もがあのような超人的な力を行使出来てしまう世界も実現出来るだろう。それに擬似的にもソルジャーを造れるかもしれないって……その時、生物はどうなってしまうのだろう。


「奴らの目的は要するに石を利用したソルジャーの力の私物化。この石は奴らの努力の産物のおこぼれを頂いたというわけ。だから私は”正直”じゃないのよ」


ずる賢い笑みを浮かべ、石を見つめると再び紐を首に通してそれを戻す。紐に服を上手く被せて見えないようにするとハインは右手人差し指を立てた。


「で、ここからがユヒナの話」

「ユヒナを造った”奴ら”とこの石を開発した連中は同じなのよ」


「え!? じゃあそいつらは錬金術も研究していたという事なのか?」


「奴らはこの石を完成させるプロジェクトと、復活させた錬金術を応用してホムンクルス(エクスサード)を造るプロジェクトを中東で同時進行していたの」

「私がユヒナと出会ったのも、ドンパチしてる紛争地帯の中でテロリストの地下研究施設に潜入した時だったわ。そこでユヒナは生み出されて実験生物的な扱いを受けていたの」


「ちょっと待て。連中って戦争起こしてるテロリストかよ」


「ユヒナは奴らの生物バイオ兵器ウェポンとして使われようとしていた。抵抗するアメリカ軍を駆逐し、領土を拡大させるためのね」


 脳裏に昨日の光景がフラッシュバックで蘇る。昨日のユヒナはあんな事になったとはいえ、暴走前も暴走後も空を舞い、高い戦闘力を発揮していた。戦闘機を軽く凌駕するほどの。

それを軍相手に投入していたらどうなっていたのだろうか。


「石のプロジェクトと違って、ユヒナ一人造れただけでも奴らは喜んでるでしょうね。既にその時のデータもあるだろうから、同じ方法でまたホムンクルス(エクスサード)を造るかも」


 もしもユヒナのような存在を大量に造れるようになったとしたら普通の人間では手を出す事も敵わないだろう。

ソウルストーンも含め、どちらも普及すれば歴史を動かすとんでもない代物である事も明確だ。


「ユヒナが子供っぽいのも、そういう生い立ちが原因なのか?」


「身体は16歳で知能は発達していても、心そのものの年齢は大学生のアンタよりも格段に下だし、体と同じ年齢を生きちゃいないわ」


 そう言われると納得いく気がした。勿論、明るくて活発な女子はどこにでもいる。しかし、ユヒナの場合はその振る舞いや雰囲気が外見には不相応な子供のようなもの。イマドキの16歳とは言い難い。まさにその身体のまま生まれたような存在だ。

 この世の中を生きた時間と身体年齢が釣り合わないというものなのだろう。

考えれば考えるほど、傍から見れば残酷な生い立ちにも程がある。テロリストに兵器として生み出され、訳も分からないだろう力や知力を持たされて生まれてきたのだから。きっとユヒナには分かっていても体験がないために内心不安定で分からないことの方が多いはずだ。

 アレクさんが魔神麺で言っていた「特殊な生い立ち」や「心はまだまだ子供」という言葉。脳裏に蘇ると同時にその意味が思考の中で具現化し、形を成すように固まってくる。そもそも僕みたいな一緒に逃げる人間がユヒナに必要な理由――僕みたいな一般人がこうして引っ張られたワケ――も今ならば……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ