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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第三章 プレゼンス・サード -航路の行方-
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第31話 荒削りの計画

 魔神麺がある建物に到着した僕らはすぐに階段を降りていき、店の中に帰ってきた。ドアを開けると冷房の冷たい風とともに鈴の音が僕らを迎えてくれる。


「あ、境輔くん。おかえりなさい」


 テーブルに座るアレクさんがこちらを見て優しい声で迎えてくれる。


「シーガルスの団長さんまで一緒か。どうしたんだ?」


 カウンター越しにいる店長は阪上さんの顔を見て訊いてきた。


「車で三人を送ってきたのよ。リッパー・ヴェノスも現れて大変だったから。ユヒナちゃんとハインが撃退してくれたみたいだけど」


「リッパーだと? そいつはやべえな……ひとまず立ち話も難だ。4人ともとりあえず座りな」


 店長の勧めに従い、僕らは適当に座る事にした。僕とユヒナはアレクさんの座るテーブルの向かいに、ハインはアレクさんの隣に座った。

 阪上さんはカウンター席に座り、店長とユヒナを車で連れてきた理由や先ほどまでの経緯いきさつを話している。出されたコップに入った水を飲みながら。

 リッパーが現れた事に店長も驚いている様子だ。誰もが現れた事に驚くあたり、それぐらいリッパーってやばい奴なんだなという事が改めてよく分かる。ハインの予感が的中するなら奴はしばらく動けないはずだ。逃げられてしまった今、その予感を信じるしかないだろう。

 僕らも出された水を飲みながら、本題に入った。


「さて、境輔くん。危ない中、ユヒナさんを連れてきて下さって本当にありがとうございます」


 アレクさんはそう静かに頭を下げてお礼を言った。


「アレクさん。私に話ってなんなの?」


 僕の隣に座るユヒナは気になってしょうがないのか、神妙な顔で早速アレクさんに訊いた。

それはユヒナを守るためにアレクさんが荒削りで考えたプランなのは僕も既に知っている。だが、これから聞くだろうその先は全く読めない初耳の領域である。一体、アレクさんのプランとは何なのか――それが今明かされようとしている。

 アレクさんは真剣な面持ちで、


「ユヒナさん、落ち着いて聞いて下さい。単刀直入に結論を言います」

「この島は今、長瀬川会という組織によって危機に晒されています」


「その長瀬川会って聞いたことあるよ。境輔と美景さんがさっき話してた。アレクさん、真木田組も長瀬川会だったし、今そんなに大変な事になってるの? 真木田組はもういないのに」


 ユヒナは目を丸くした。僕も内心、そのワードを聞いた途端に自然と心臓の鼓動が早くなった。


「はい。その背後から糸を引いていた長瀬川会が問題なんです。昨夜の真木田組による境輔くん誘拐事件――その際の事故で組長の真木田が死亡しました。どんな理由であれ、長瀬川会は真木田を殺された報復をするべくこの島に本格的に牙を剥くでしょう」


「やっぱり……私が全部いけないの? 私が変な薬を注入されて暴走しちゃったからみんなに迷惑かけてるの?」


 ユヒナの顔が呆然としたものからだんだんと悲しくなっていく。今にも泣き出しそうだ。それに対してアレクさんは首を横に振って慌てた様子で、


「違います! ユヒナさんは何も悪くありませんよ。それに、あの薬はですね――」


「あのユヒナちゃんを暴走させた薬の分析結果が今しがた警察の鑑識から連絡あったわよ、アレクさん。あの薬、むっちゃくっちゃ危険な類だったわ」


「えっ!?」


 アレクさんが薬について喋ろうとした所で店長と喋ってたカウンター席の阪上さんが横から声だけで割り込んできた。全員の視線がカウンター席に座って顔だけこちらを向く阪上さんに向けられる。特にユヒナはその言葉を聞いて驚いていた。


「阪上さん、それは一体どういうことですか?」


 初耳だった僕は阪上さんに訊いた。すると阪上さんはこちらに向き直って、


「昨日の事件はヤクザ絡みだし警察にも届けたのよ。同時に私が鑑識にユヒナちゃんを暴走させた精神高揚剤の分析を依頼したの。真木田組事務所から見つかったあの薬と同じものを渡してね」

「そしたら、あの薬には通常よりも多く精神活動を高める成分が入っていて、人間が摂取したら最悪精神崩壊するんじゃないかって鑑識は言ってたのよ」


「えっ? でも私、今はなんともないよ……?」


ユヒナはきょとんとしている。やはり、まともな薬ではなかったようだ。


「ユヒナの場合、身体が錬金術で造られたホムンクルスだから普通の人間やソルジャーとは違う。身体面はあらゆる面で凌駕しているわ。薬の作用を身体が抑え込んだんだと思うわ」


 ハインは顎に手を当てて解説する。身体面という事は身体能力だけでなく、体内の免疫とか薬への抵抗力とか、そういう事も含まれるのだろう。

さすがユヒナと暮らしてるだけあって彼女の事は詳しいな。


「ユヒナちゃんが特別造られた特殊な存在だから良かったけど、あの薬がもし本当に真木田に注入されてたら、本当に彼らの思ってた通りにドーピング出来てたかも分からないわ。もしかしたら逆に真木田が薬で死んでたかもしれないし」

「だからあの暴走事故は決してユヒナちゃんのせいじゃないのよ。あの薬を製造した奴が悪いのよ。その製造元を私達シーガルスも追いかけているわ」


 阪上さんはユヒナを励ますべく、薬の真実を話していく。


「う、うん……そうだよね……美景さんが言ってること分かるよ……私が悪いんじゃないんだよね……」

「私もね、あの薬が刺さった時はね、目の前が見えなくなっていって怖かったの……嫌な予感がした。あの薬作った人、誰だったんだろう?」


 ユヒナが疑問に思う、あの薬を製造した人物。その人物がどこにいるのかは全く見当がつかないが、推測出来る事は薬を作れるだけの技術と薬の知識を持つ人物だろう。その人物は長瀬川会にいるのかもしれないし、いないかもしれない。どちらにしても、長瀬川会と向き合えば何か分かる事には違いないと思うが。


「すいませんが、その話は現状、情報が少ないので今は本題に戻りましょうか。きっと長瀬川会にその人物がいる可能性は高いと思います。今は長瀬川会への対策について話を進めましょう」


 あの精神高揚剤を作った人物が気になりつつもアレクさんの一声で横道それた話は本題へと戻っていく。本当、精神崩壊してもおかしくない危険な薬をなぜ真木田は持っていたのだろう。


「話に戻ります。暴走していたとはいえ、真木田を殺してしまったユヒナさんは恐らく長瀬川会に優先して狙われるでしょう。裏社会を闊歩し、暴力的で気性の荒い彼らにとってはどのような理由であれ、仲間を失った事には変わりありませんから」


 アレクさんは再度ユヒナにも分かるように説明する。昨日の夜、ユヒナは真木田組の組員が真木田に向けて撃った薬が偶然体に刺さった事がきっかけで暴走してしまった。

 それで真木田は暴走したユヒナに食われてしまった。暴走するユヒナの様子は逃げ延びた真木田組の組員にもしっかり見られていて、既に長瀬川会にも伝わっているのだろう。


「そこで私が荒削りですが、考えたプランがあります――。境輔くん」


「はい」


キリっとしたアレクさんから名前を呼ばれた途端、僕は静かに返事をした。


「結論から言わせて下さい。境輔くんには、ユヒナさんを連れて最終的にこの島外の私が指定する場所に逃げてもらいます」


「えっ!?」


 その唐突な内容に僕は目を丸くした。横を見るとユヒナも同じ顔をして驚いていた。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 逃げるってどこに逃げるんですか?」


 まずはそれが訊きたいとばかりに僕はすかさずアレクさんに訊いた。


「勿論、長瀬川会に見つからない場所です」

「で、ここからが問題なんです……逃げる場所は今現在、昨日の夜からこちらで探してはいますがまだ見つかっていません……」


 アレクさんは俯いて残念な表情で、とても言い難い様子でそう言った。


「じゃあ、私達その間どうすればいいの!?」


 今度は同じく驚愕するユヒナが僕に代わってアレクさんに訊く。


「本当に今晩だけ時間を下さい! 遅くて明日朝までには何とかします」


 アレクさんは両手を合わせて頭をさげた。僕らに懇願した。散々荒削りと言っていた理由がようやく分かってきた気がした……肝心の隠れ場所がないというあまりにも甚大で致命的な理由によって。


「ただ、今日中でも夜中でも、それが見つかり次第、ユヒナさんの安全のために最速で出発して頂きたいのです。が、勿論それまで外にいては敵に見つかってしまいます」

「なので……逃げるまでの二人の居場所として、二人はこの地区にある”グランドタワーパレス新秋葉原”に泊まって下さい。今晩の宿泊費は私が出しますので」


「ええええええええええええええ!?」


「この島で一番でかいあのホテルにですか!?」


 ユヒナが驚きのあまり叫ぶ中、僕はテーブルに両手をついて身を乗り出し、アレクさんにツッコんだ。


「マ、マジですかアレクさん!? この島唯一のあの高級ホテルに!?」


「本当に申し訳ないです。境輔くん、ユヒナさん! 私が今、あなた方に出来る事はこれぐらいです……逃げる場所は最善の限りを尽くして探していますので」


 僕らのツッコミに特に返す事もなく、大きく頭を下げるアレクさん。その前に同じく驚きを隠せない阪上さんだったが、スルーされる。


「あ、お金の方は全然大丈夫です。理事会ですので」


 ふと思い出したように付け足して微笑んだ。そんなアレクさんを見て、僕らは互いの顔を見た。


「ど、どうしよ境輔……あの大きなキラキラなお城に私達泊まるんだよ……」


「あぁ、僕も信じられない……」


 ユヒナは唖然としていた。同じく僕も唖然とするしかない。

 やばいやべえよ……これはとんでもない事になったな……

 このT-1地区の南東、新秋葉原の街に高くそびえ立つ、夜は静かにライトアップされ光り輝く高層ビル――あれこそ、この島で一番でかいホテル、グランドタワーパレス新秋葉原だ。

 僕はその名前を知っているだけでなく建物にもエントランスくらいならば実際行った事はあるが、泊まった事はない。基本的にこの島の学生にはちゃんと理事会指定のマンションやアパートに各々部屋があるので泊まる理由は無いに等しいからだ。

 あそこに泊まるなんて考えた事もなかった……光り輝くシンボル同然のあそこに……まっさか本当にその日がやってくるとはな……


***


 一方、その同じ頃。ブラインドから陽が差し込み、電気もつけていない暗い部屋を照らしている。

冷房がかけられ、冷たい空気が充満する室内でその男はデスクに座りスマートフォンを片手に通話中だった。


「そうか。あのエクスサードの女と、もう一人の女にやられたか」


「あぁ。あぁ……分かった。今日の夕暮れには俺もそっちに到着する。回復したらこちらに合流しろよ。じゃあな」


 そう言い残して、男は通話を終えてスマートフォンをポケットにしまう。そこでちょうどドアが外側からノックされる。


「入れ」


 男は回転椅子を動かしてその方向を見ながら言った。


「失礼します、ナガセの兄貴。いずみ島に向かう準備が完了しやした」


 入ってきたのはオレンジ色のアロハシャツに白いズボンを履いた男だった。この部屋の主であるナガセの兄貴――いや、長瀬川篤郎はこの男が部屋に来るのを待っていた。


「よぉし、俺の宿泊先の手配は済ませたな?」


「はい! 兄貴がこの作戦中の間、リラックス出来るとっておきのVIPルームを抑えました」


 ホテルの手続きは無論、自分達がヤクザである事を隠して行っている。既に風貌さえ何とかすれば、あとはシーガルスに気をつければ島への潜入は成功だ。


「俺のゴルフクラブとボールは忘れずに磨いたか?」


「全て磨きやした!!」


「よし」


 それを聞くと長瀬川はその場からゆっくりと立ち上がる。


「”5人”は既に向かっている。夕方にはチェックインしないとな。車の準備をしろ!! 俺は腕のコイツを隠すために着替えてくる」


 長瀬川はそう入口の方に向かって歩きながら言い残して部屋から出て行った。最後に刺青が入った自分の右腕を左手人差し指で指しながら。その両腕には肩から続くおびただしい黒い刺青が入れられている。それは、表社会の人間ならば、まず引いた目でそれを見る事だろう。まるで野獣を目の当たりにしたような目で。

 このままではこれから行く場所に入る事なんて出来はしない。見つかってすぐに不審がられてジ・エンドだ。なので暑い真夏だが、仕方なく白い豪華なスーツに袖を通して周りをごまかす事にした。

 よくハリウッド映画に出てくるおしゃれなチャラ男が着ているようなアレだ。

 別室にて、クロゼットからそれらを出して袖を通す。白いスーツに本来の青いアロハシャツ姿。脱がない限り刺青も見えない。更に白いハットを被り、鏡の前に立つ。見た目はヤクザというよりも渋いマフィアのようだった。

 ついに動き出した長瀬川篤郎と配下の5人の曲者たち。

 牙楽、スコルビオン、Dr.シンドラー、ドリス、マステマ。5人全てがソルジャーではないが、それぞれ戦闘面、頭脳面で高いスキルを持った長瀬川会の精鋭5人。

 着替え終えた長瀬川を部屋の外で待っていた組員たち。


「行くぞ――。グランドタワーパレス新秋葉原へ!!」


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