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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第三章 プレゼンス・サード -航路の行方-
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第30話 ターニングポイント

 リッパーはなぜ現れたのか――。

 疑問に思う阪上さんに僕は奴の喋っていた目的を説明した。ユヒナとハインを狙い、かつアレクさんがいたなら優先的に確保するよう命令を受けていたようだと。


「なるほど。リッパーは長瀬川会が送ってきた刺客というわけね。それにしても、真木田組にいた牙楽だけでなく今度はリッパーも出てくるなんて、これは大変なことになりそうな予感がするわ」


 新秋葉原の魔神麺に向かうワゴン車を運転するハンドルをきりながら、阪上さんは反応する。


「その長瀬川会っていうのが今度の敵なんだよね?」


 何も知らないユヒナが僕の方を向いて訊いてくる。


「ああ。昨日の真木田組もその長瀬川会が送ってきた手先だったんだ。戦いはもうとっくに始まっていたんだよ」


 現に僕も知らない所でシーガルスやハインが昨日の事件以前から真木田組という脅威に立ち向かっていた。この辺の話をしてもいいのか分からないのでここでは黙っておくけど。


「そうだったんだ……じゃあ、アレクさんが私にする話もそれに関係すること?」


「ああ、そうだよ。でも正直、僕もユヒナ連れてきてくれとしか言われてないから詳しい事は行ってみないと分からないんだ」


 ユヒナに説明をしていると阪上さんは車を運転しながらこちらに向かって、あるいは独り言のように話し出す。


「これも全て、”楠木くすのきさん”が4年前亡くなってからずっと懸念されていた事がとうとう現実に起こりそうな空気ね」


「楠木さん? その人はいったい……」


 僕はさっぱり分からない人の名前に首を傾げながらもなぜかユヒナの方を見てしまった。何か分かるんじゃないかというわずかな可能性を信じるあまり。


「私も会った事はないけど、その人はこの島を影から守っていた英雄みたいなの」


「そう、かつて自警団が三つ存在した頃から楠木さんは影でJGB長官としてこの島を悪から守ってくれていたのよ」


 阪上さんは車を運転しながら話を始めた。

 僕も初めて聞く、その楠木さんとは2030年までJGBの長官を長年にわたって務めた”楠木くすのき大和やまと”という人物の事だった。

 JGBについてはリッパーが喋っていた事から何となく察してはいたが、そもそもJGBとは警察や自衛隊でも対処出来ない事件を担当する国家機関だ――なのだが、実際はソルジャーが絡む事件を捜査するこの国の裏の警察とも言うべき存在だという。だが、それもそのはず表との関わりもあるようで――。


「マスコミも裏の事実を正しく報道しない表と裏が切り分けられたこの世の中――JGBは一応国家機関だから数少ない表とパイプがある組織と言っても過言じゃないわね」


 阪上さんのその一言で僕の中である推測が生まれた。もしかしたら、マスコミがこの惨状を報道しない一方で、この国の要人はソルジャーなどの異能者の存在を知らん顔して黙認しながらも密かにJGBに任せる形をとっているのかもしれない。マスコミやテレビ局は慈善団体じゃない。一種の企業である。テレビが視聴率を優先した番組作りや偏向報道に走るのも、結局は視聴者という顧客の創造とその成果物である金のためである。

 で、その楠木さんはというと、阪上さん曰く腕っ節が無茶苦茶強いソルジャーだったという。岩龍会の会長である岩舘剛大と並んで関東で最強と呼ばれた老将として、またJGB長官として関東のソルジャー界だけでなく、裏社会全体で相当なネームバリューがあった。


「彼はアレクさんとか理事会とも親交があった。その尋常じゃない強さとJGB長官という地位でこの島を影から守ってくれていたの。楠木さんを恐れた裏社会の悪党達は殆どこの島に手を出さなかった。手を出してもみんな楠木さんにやられるか私達が抑えていた」

「でもね、その楠木さんはもういない」


「どうしてですか?」


 僕は反射的に尋ねた。


「殺されたのよ。4年前。突然現れた”4人のソルジャー”のせいでね。私も聞かされたとても苦しい話だけど……聞きたい?」


「聞きたいです」


 気になった僕は唾を飲み込んだ後、ハッキリと返事をした。

4人のソルジャー? 一体どんな奴らなんだと思っていると阪上さんは車を運転しながら話し始めた。その言葉には、彼の死を悼み、悔やむ気持ちがしっかり表れていたが、その説明は素人の僕にも想像がつくほど残虐すぎる事件だった。勿論、こんな大事件は聞くのが初めてでなぜマスコミが報道しないのか問いかけたくなるほどのものだった。


「楠木さんはね、JGB長官の傍ら身寄りのない子供を集めて養護施設を経営していたの。だけど――そいつらは楠木さんの首を狙って容赦なく施設を襲撃した」


 楠木さんは生前、養護施設を経営していたようだ。都心から離れた山の近くにあり、少し歩いた先には山の入口があるほどの所。辺りには野原が広がり、子供達は自然の中を毎日走り回って楽しく遊び、過ごしていた。

 ところがその平和な日常は突如現れた4人のソルジャーの手によって崩壊する事となる。4人は養護施設を占領して職員7人と子供達10人を人質にとり、楠木さんを1人で来るように電話で誘き出した。その間、人質にとられた職員のうち抵抗を試みた1人は子供達や職員の目の前で暴行を受け血まみれになり、見せしめとして殺害された。

 更にうるさいからという理由で、施設で飼われていた犬一匹と、ニワトリ小屋の3匹の鶏も全て銃で射殺された。しかも子供達や職員を脅してわざわざ見せびらかすようにして殺したというから驚きだ。また、子供達の大切なオモチャを目の前で破壊して楽しむなどして子供達を泣かせた。

 実行犯である4人のソルジャーはリーダー格のレーツァン、参謀のスカール、戦闘員のカヴラ、殺し屋のタランティーノからなるグループ。

 とにかくレーツァンの指示によってこのような残虐かつ卑劣な行為が次々といとも容易く行われたという。それらを行ってはレーツァンと仲間達は嘲笑を繰り返したという。まさに悪魔としか言いようがなく、この世の地獄そのものだったという。


「レーツァンのせいで養護施設の平和は一瞬にして砕け散ったわ。楠木さんは無論、子供達を救うために駆けつけた」


 様々な蛮行が繰り返される養護施設についに楠木さんは現れた。老いてもまだまだ高いその戦闘力でレーツァンを圧倒し鉄拳を食らわせ、このままいけば楠木さんの勝ちだった。

 だが、参謀のスカールと他の仲間達がレーツァンを救うべく子供達を人質にとり、楠木さんは攻撃をやめるしかなかった。

 そして――そのまま楠木さんは反撃する事も出来ないままレーツァンに殺されてしまったのだという。辛くも勝利を収めたレーツァンと仲間達は楠木さんの首をとると、そのまま一目散に立ち去った。

 養護施設もこの事件を期に経営する事が出来なくなり、崩壊してしまった。子供達も新しい親代わりとなる引き取り手や別の施設に引き取られたりなど、散り散りになってしまったのだという――。


「ひっどい話だ……」


 本当にむごいとしか言い様がない。鬱になる話だ。一連の話を聞いた僕は息をついた。左を見てみるとハインは相変わらずドアに肘をついてじっと窓の外を眺め、ユヒナは暗く悲しそうに眉をひそめていた。


「楠木さんが殺された事で失われたものはそれだけじゃないわ。この島に対する加護――。悪を抑え付ける抑止力は大きく失われてしまったわ。あの事件は大きなターニングポイントだったのよ」


 ターニングポイント。確かにそうだ。楠木さんという英雄の死によって、悪党達にとっては目の上のたんこぶが無くなったようなもの。

 きっと、これまで――僕が中学や高校の時にも度々テレビで見かけた島外で散発的に起こっていた原因不明の謎の火災や爆発など不可解な事件も――楠木さんがいる事で島に手を出せなかった悪党達が何か事件を起こしたものなのだろう。

 マスコミはこういうのを「警察はテロリストの仕業と見て捜査を進めている」とかいつものテンプレでありつつも不安を煽る言葉で報道する。嘘で塗り固められていたのだと


「だからこの4年間、私達シーガルスはこの島を守るためにJGBとも協力して精一杯の事をしてきた。自警団もそのために”理事長の意向”で今の状態に再編されたのよ。三つの自警団が一つにならないと、この島を狙う今まで楠木さんが防いでくれていた脅威には立ち向かえないからって」


「なるほど。つまり三本の矢ということですよね」


「そういうことよ。三つに分かれていてもこの島を守りたいという思いは皆一致していたからね」


 自警団統合を推し進めたのは理事長――白針刻で間違いないようだ。楠木さんが殺害された事で理事長は三本の矢のことわざの如く、3つの自警団という矢を束ねる事で結束を強めようとしたのだろう。


「楠木さん亡き今、残された岩舘が名実ともに関東最強の男と呼ばれるようになって、彼が束ねる岩龍会の勢いも増した」

「牙楽やリッパーが現れ始めたのも楠木さんが死んでからの話よ。勢いに乗じて海外で懐柔して連れてきたのかもね」 

「これも全部、ひっくるめて言えばレーツァンの仕業よ。アイツらさえ現れなければ、今はもっと良い方向に変わっていたはず。長瀬川会なんかもこの島に現れなかったと思うわ」


 もしレーツァン一味が楠木さんを殺さなければ、今頃もしかしたらその人もご健在で自警団も統合されず、この島はまた違う歴史を歩んでいたのかもしれない。


「ところで、その元凶であるレーツァンとその一味は今どこにいるんですか?」


「岩龍会よ。無論、この関東のどこかにいるはず。奴らは楠木さんを倒した事を手土産にその配下に加わったのよ」


 阪上さんは機嫌を悪くして言った。この島を守ってくれた英雄の首をダシにそんな事をされてはたまったものではないだろう。

 レーツァンが楠木さんの養護施設を襲撃したのも、最初から岩龍会に入るためだったのかもしれない。そのために確実に仕留めるべく、大切なものを人質に卑劣な手段をとった上で殺したのだろう。


「レーツァン率いる”犯罪組織ダークメア”について一つ明らかなのは根来興業の傘下に属している事。だから今回の代々木柴浜会系列に属す長瀬川会との騒動で出会う事はないとは思うけどね。でも楠木さんを打ち負かすほどだから、かなり危険なソルジャーよ」


 ダークメア。まさに悪を感じさせる名前だ。メアは翻訳すると「鬼神」「霊」「雌馬」「悪魔」「鬼」などの多種多様の意味となる。

 ダークは「暗い」「闇」などの意味になる事から「悪魔」や「鬼」など邪悪な魔物を表す意味となるメアを装飾しているようにも感じられる。

 実際、どういう意味を示しているのかは不明だが、楠木さんにやった所業を考えるとやっている事はまさに「悪魔」だ。


「……と、そろそろ魔神麺に到着するわよ」


 阪上さんとの話に夢中になっていたら、当人のその言葉からいつの間にか車は人々で賑わう新秋葉原の道路を走行していた事に気づく。

 車は大通りからゆっくりと左折して狭い道から裏へと入りこむ。スピードをあげないでノロノロと走り、更にそこから交差点を右折すると見覚えのある建物が前方に見えてきた。入口の真上につけられた、黒く墨で「魔神麺」と大きく書かれた木造の看板で一目瞭然だ。

 ふと時計を見てみるともう時計は11時半をきろうとしていた。すっかり昼前だ。ここを出る前は昼前に差し掛かる頃だったのに。

 僕らを乗せたワゴン車は魔神麺の前に停車した。右側のドアを開けて、サウナのように蒸し暑い外に飛び出すと後ろからユヒナも降りてきて、ハインも反対側のドアを開けてこちらに回り込んできた。


「私も行くよ。アレクさんに用があるし」


 そう言いながら阪上さんも運転席から降りてきた。

 さて、アレクさんの言う通りユヒナを連れてきた。とうとう話の続きを聞く時だ。僕達は地下にある店に続く、階段が続く通路を一歩ずつ降りていく――。


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