第24話 四大勢力
昼飯を食べるにはまだ早いが、もうすぐ昼前に差し掛かる頃か――なんだか、とても長い時間を過ごしたような気がしてならなかった。
左手の腕時計で時間を確認しながら地下から階段を一歩一歩上る。
外の世界に出て浴びる暑い夏の日差しは眩しい以前にこれまでとは違う世界に来てしまった事を感じてしまう。
目の前に広がる勿論、ここはいつもと変わらない表社会だ。これまで約22年生きてきた世界と変わらない。
昨日のようなまるでバトルものフィクションのワンシーンのような争いもない一見平和な世界だ。
魔神麵がある大通り裏から来た道を戻り、大通りに出ると学生やサラリーマンが慌ただしくも活気よく行き交う。
しかし、今は目の前がまるで違った世界のように感じる。
同時に僕はこれまでの自分が何も現実を知らないでここまで過ごしていたんだって事を改めて思い知らされる。
そう、裏の事情を何も知らず、知る由もなく、ただ人々が各々に生活を送る社会がそこには広がっていた。
勿論、街中で昨日の出来事や裏社会の話を叫んでも彼らに首を傾げられるのはもう言うまでもないんだろう。
だいたいそれなら僕もなんでこれまで約22年の人生の中で今に至るまで知らなかったんだって馬鹿げた話になる。
これも全てマスコミが表社会寄りで、かつ異能者が蔓延る裏社会の存在を、触れてはならないパンドラの箱の如く否定しているからなんだろう。
マスコミという世界を構成しているある種のシステムは表面的に見れば正しく機能はしている。
が、実際は都合が悪い真実を隠し、都合の良い事しか世に発信していない。
僕はここまで約22年間、マスコミというシステムが形作る箱庭の中で無意識に暮らしていた事を自覚した。
アレクさんから一連の世界の現実と理事長代理の話を聞いた僕はハインに連れられる形で魔神麵を後にした。
人々が行き交う大通りから駅に向かってハインと並んで歩いて行く。
「いい? キョースケ。″奴ら″の狙いは所長さんよ。突き止められる前にユヒナをあのラーメン屋に連れ込むのよ」
僕の横を歩くハインが今の僕達の目的を改めて冷静に説明する。
「分かってるよ」
考える事が振り返る事が多すぎる。僕は考えにふけりながら、静かに素っ気なく返す。
***
僕は既に当人から、アレクさんが理事長代理であるという事実がいずみ島を狙う″ある組織″に漏れてしまった事については伝えられている――その原因も。
そしてアレクさんがこの秘密を一般人である僕に教えてくれた″謎″の真実も。
その真実を知った僕はユヒナの事や自分のこれからの事も考え、こうして協力する事を決めた――。
今、僕らは島を狙う″組織″に対抗するため、ユヒナを魔神麵に連れてくるようアレクさんから頼まれている。
真木田組が壊滅したとはいえ、その組織の人間が島にいないとは限らない。
アレクさんは迂闊に外を歩くと危険なため、ハインとともにユヒナのもとへ行く事になった。
魔神麵店長によるとこの店は今日は貸し切りにより臨時休業するため、少なくとも今日はアレクさんの安全に関しては問題ないとのこと。
今後の事はユヒナを連れてきてから話そうという事になった。
アレクさん曰く、昨夜に事件が起きてから体制を整える事と、現段階で得られる情報を得るのが精一杯だった。その中で真木田を殺したユヒナをどうするかで荒削りだが考えたプランがあるという。
そんな訳で僕らは暑い真夏の日差しの中、T-3地区にあるユヒナとハインが暮らすマンションを目指す。
そもそもこの島を狙う″組織″とは何なのか――なぜアレクさんの裏の顔がバレたのか――答えは概ね真木田組にある。
最も、後者の直接的な原因は真木田組ではない″別の何か″なのだが――。
この島を狙う組織は裏社会の情報をよく探るハインも名前は聞いた事があり、店長が詳しく知っているので教えてくれた。
実は真木田組には″上位組織″が存在する。
その名は、岩龍会三次団体代々木柴浜会系″長瀬川会″。
四次団体の真木田組は長瀬川会の下部組織。会社で例えるなら、長瀬川会が親会社で真木田組はその子会社。
代々木柴浜会とは長瀬川会、真木田組双方の親会社であり、岩龍会とはそれら三つの親会社――という風に絶賛就活中の僕に対して企業に見立てて店長が説明してくれた。
構成員2万2000人の裏社会の大組織――岩龍会とは本家を中心にそういった幾つもの団体に分かれていて、その集合体で構成されているという。
更にハインによると、その幾つもの団体の中には通称″四大勢力″と呼ばれる――岩龍会の大黒柱を担う四つの二次団体が存在する。
代々木柴浜会はその一つ。
他には″根来興業″、″黒翼会″、″ヒルズ水龍会″という組織が名を連ねている。
更にそれら″四大勢力″と目される組織をそれぞれ率いているのが″四天衆″というトップの会長の下に名を連ねる4人の最高幹部達。
いずれも岩龍会全ての長である″会長″に次ぐ権力と実力を持ち、全員が関東で名を轟かせる大物ソルジャーだという。
そしてそれら岩龍会を統べる男――会長の名前は岩舘剛大――。
今、この関東で最強とされるソルジャーだという。
まとめると本家を頂点とし、四大勢力の下にそれぞれ三次団体、四次団体、五次団体と連なって続くピラミッド形式――これが岩龍会の組織図だ。
団体が増殖する背景には主に上位団体の重役が自分や子分をトップとし、新たに組織を立ち上げるためだという。これが連鎖し、このようなピラミッドが出来上がった。
ここまでが構成員2万2000人のうち2万人。
では、残りの2000人は? と言うとそれぞれが傘下として岩龍会系組織と個人や団体で別々に主従関係を結んでいるらしい……
四天衆と″四大勢力″……そして関東最強の男、岩舘剛大。
全く、お腹いっぱいな気分だ。
これじゃまるで少年漫画みたいじゃないか。
強いのが5人もいるなんて……本当にこれは現実なのかと思いたくなる。
そして、今のいずみ島で起こってる事件は代々木柴浜会の中でも近年武闘派として頭角を現したという、長瀬川会によって起こっている。
店長によると長瀬川会には武闘派と呼ばれるのに相応しく、牙楽の他にも代々木柴浜会に属する多数のソルジャーが属しているという。
やはりというか……もはやただ事では済まないのは確かだとこの時感じた。
そんな脅威的な勢力を持つ長瀬川会の目的とは何なのか――真木田は昨夜ユヒナと戦う前に『この島を俺達のパラダイスにする』と話していた。
具体的な理由は不明だが、島の乗っ取りが目的なのは明確だった。
また、アレクさんによると昨夜、シーガルスや警察に捕まった真木田組組員が揃って、長瀬川会会長の命令で理事長を捜すために送りこまれたと自供したという。
真木田の裏で糸を引いていたその会長の名前は――長瀬川篤郎。
本家岩龍会の通常幹部であると同時に代々木柴浜会の中でも武力を担う幹部で、若頭補佐の一人だという。
特殊な能力も持たない普通の人間だが、目的のためならばソルジャーが相手でも恐れず自分で叩き潰すという――執念深く喧嘩が強い親分らしい。
裏社会で繰り返される抗争をしぶとく生き残り、しかもソルジャーがひしめく中で地道に今の地位までのし上がった典型だと店長は語る。
この男が敵の親玉にして最大の脅威だ。一体、普通の人間より各段に強いソルジャーがいる中でどれくらい強いのだろう。
しかし、不安を残す存在がもう一つある。そう、アレクさんの裏の顔がバレた原因の″別の何か″だ。
昨夜のその後の経緯をアレクさんやハインが教えてくれた。
誘拐事件後――すなわち僕がハインによって意識を失った後――真木田組事務所にあったパソコンを警察とシーガルスが押収した。
すると解析の結果、″理事会の内部告発者″を名乗る謎の人物が理事長代理の存在及び、その代理がアレクさんである事を真木田組にリークしていたメールが発見された。
その内部告発者は誰なのか――。それは僕にも分からない。一つ確かなのは大元はアレクさんが理事長代理である事を知る理事会の人間だろう。
アレクさん曰く、表向きの書類や手続きは全て白針刻の名前で処理されているため、犯人もその裏を知るごく数人に絞れてくるという。
証拠がないため内部告発者については話をあの場では切り上げる事になった。
しかし、発見されたメールを辿る事でその内部告発者が外部に撒いた情報の行方は明確だった。
真木田組が長瀬川会に向けて送信されたメール――理事長代理の存在とそれがアレクさんであるという情報、及び内部告発者の存在を報告したメールも同時に発見されたからだ。
そしてアレクさんは阪上さんから長瀬川の狙いが理事長――つまり最終的な狙いが自分だと知り、敵の目から逃れるべく店長に頼んでここに隠れ、ハインを使って僕をこの魔神麵に誘ったわけだ。
では、長瀬川の具体的な目的とは何なのか――。なぜ理事長を狙うのか。
話が行き詰まる中、僕は貴重な情報を提供する意味合いで昨夜真木田がユヒナに言っていたパラダイスの事を三人に説明した。
真木田組の狙いは理事長だがその身柄ではない。理事長が所有しているというこの島の土地の権利書――すなわちいずみ島の所有権の証だ。
それを聞いたアレクさんは、
『境輔くん、お手柄です。土地の権利書は理事長から私にこの島と一緒に託された――明確な形ある大切な物なんです。なので、尚更この島を守らないといけませんね』
と、僕を誉めながらもそう意気込んだ。
尚更――それはそうだろう。相手は暴力団。島を奪うための核でもある権利書のためなら何でもしてきそうだ。
現に、僕を誘拐してユヒナ達から権利書の所有者である理事長の居場所を聞き出そうとしていたのだから――。
思えば、考えてみると――ある謎が残る。
真木田が特別公認事業所を標的にした理由は当然アレクさん目当てなのは明らかだ。
が、僕を人質にユヒナ達を呼び出した際、どういうわけかアレクさんを直接誘き出さなかった。
真木田の、いや長瀬川会の目的を達成するにはアレクさんが必要なのだから、誘き出すのはアレクさんでなければおかしい。
まぁ、真木田はもういないし終わった事だ。
謎だが、今更発言したところであまり意味はなさそうだ――。
理事長が普通にこの島にいない事はアレクさんが代理を任せられた経緯からも明らかだ。
ただ、理事長がたとえどこにいようが真木田亡き今、その親分の長瀬川がこのまま諦めるとも思えない。
必ず何か仕掛けてくるだろう。そう思ったのは僕だけでなく、アレクさんもハインも店長も同じだった。
『――今思えば、状況が状況だけに難しかったにしろ、真木田組の潜入を許し、すぐに対応がとれなかったのは大きな誤算でした。非常事態です』
と、理事長代理として手痛い誤算を反省していたアレクさん。
真木田組が昨夜、僕を誘拐した旨のメールもアレクさんが管理する公に公開されていないアドレスに送られてきた。予想以上に真木田組のスパイ活動を許してしまっていたのは明らかだった。
そのメアドも一体どこから漏れたのか――。アレクさん曰く、普段はそのメアドは理事会やシーガルスなど島での仕事の関係者とのやりとりに使ってるようだ。
無論パソコンのウィルス対策ソフトも最新版なのでウィルスのせいではないと思われる。
理事長代理の情報を流した内部告発者といい、どこから真木田組に漏れたか分からないメアドといい、真木田組でも長瀬川会でもない″見えない何か″がいるのは明らかだった。
しかし、それらの情報が全て真木田組に行っている以上何か″意味″があるのだろう。
あと、実はアレクさんによると2、3年前にもこの島に企業を装った暴力団の進出はあったという。
この時はいずれも岩龍会の方針に反発して組織を抜けた一派であり、ハインによると岩龍会は勢力こそ大きい反面、決して一枚岩ではないらしい。
暴力団の進出――。勿論それは僕も知らなかった。
だがそれもそのはず、その時はすぐに理事会が対応していずれも事が大きくなる前に解決出来たからだという。
しかし、今回はそうはいかなかったらしい。
そもそもアレクさんによるとこの島でオフィス、他にも支店や施設などを開く場合は必ず理事会の審査が入る。
書類を提出してもらい、理事会で厳正な会議の下、決定を下す。その審査基準も暴力団進出問題が表面化し出してから厳しくしたという。
しかし、今回は状況が違った。真木田組――いや真木田ガードナーズは――この島のスポンサーの一つであるI.N社から支援を受けていた。
『仲間内のスポンサーが推薦する企業ゆえに、この島を守る組織も奴らを一時的にとはいえ仲間と認識してしまって十分に機能しなかったのよ』
ハインはそう問題点を指摘して振り返った。
基準を上げた審査もI.N社の推薦ですんなり通っただけでなく、I.N社というスポンサーのバックがあるゆえに疑う者も殆どなく、これまでのように早期解決には至らなかったという。
理事会が動かない中、まずシーガルスが素早く独自に動いた。
阪上さんの指揮の下、真木田の目立った実績もない″新気鋭の実業家″という肩書きの怪しさと、唐突にそんな実業家を推薦したI.N社に着目し、警戒していた。アレクさんにもその旨は伝えていた。
ハインも仕事で裏社会の情報収集の傍ら、臭さから独自に真木田を内偵していた。
だが――。
『シーガルスに呼応して、そこから私も臭いと踏んで動いたけど、時点ではもう遅かったのかもしれないわ。乗り込む前からやってたかもしれないじゃない?』
ハインはそう冷静に振り返った。
そもそも真木田ガードナーズが実際にいずみ島に拠点を構えたのは今年の5月半ば。
止められたのは昨日。約2カ月の間、スパイ活動を許した事になる。
だがハイン曰く、それ以前から水面下かつ他の方法でスパイ活動が行われていた可能性もあるので、実際の被害の全容はまだ分からないという。
たった2カ月で敵は理事長代理の秘密まで行き着いてしまっている。
2カ月以前から何かしらのアドバンテージがあったのではないかとハインは語っていた。
確かに早々に排除出来ていれば内部告発者などの問題も帳消しだったはずだ。
I.N社が支援してなければ、こうはならなかっただろうし、僕もこうして巻き込まれる事もなかっただろう。
――I.N社。幅広い事業を展開する世界的大企業だ。
アメリカに本社があり、日本各地にもその系列の会社や支社が存在する。
建設業、軍事産業、IT事業、企業コンサルティング事業、飲食店、薬局、医療、テーマパーク経営などその事業はとにかく幅広い。
応募職種も毎年多く、正社員からパートまで幅広く求人を出している。待遇面も給料、保険、福利厚生まで充実している。
特に正社員で就職出来れば間違いなく同窓会とかで勝ち組中の勝ち組を名乗れるほどだろう――。
だが、その一方で違法の残業による社員の過労死や系列のIT会社社長の資金横領とか、事業展開する中での″闇″との繋がりの噂とか――僕が就活する以前から不祥事が起こったり、スキャンダルがよく言われてるのも実情だ。
不審がられるのもおかしくはない。
最も、実際ヤクザだった真木田組を支援してたワケだから闇との繋がりは紛れもない事実だったのだが――恐らく真木田組を支援したのはこの中の企業コンサルティング事業が絡んでいるのだろう――。
さて、真木田組いずみ島進出事件――その後の顛末はというと大小様々な数多の岩龍会系組織の中から、ハインが真木田ガードナーズの正体が真木田組であると突き止めた。
そしてI.N社の推薦があった事も審査時の書類から再度確認したという。
真木田ガードナ一ズの正体が判明し、理事会もシーガルスも近々真木田組を抑えようと水面下で動いていたのだが――その矢先に昨日僕が誘拐された事件が起こった。
そしてもはや事態は簡単にはいかない問題と化してしまった――。
I.N社に事情聴取するのもそうだが、それ以前の問題だ。
『昨日は組も壊滅させて、真木田も死んで……一瞬最初は面白い事になってきたなと思ったけれど――あの事件は今日になって思えば厄介な引き金だったわ』
ハインは楽しそうな様子を見せながらも顔をしかめた。
最初は忍び込んだ鼠の正体を暴いた所まではよかった。組を壊滅に追い込んだのも。
だがしかし、事故とはいえ結果的にその鼠のボスを殺すという″挑発行為″が事態を大きく変えた。
ユヒナという個人ではなく、理事会という組織の一員として真木田という敵の幹部を殺した――つまり理事会が長瀬川会に喧嘩を売ったも同義の意味となる。
そこから懸念されるのが、真木田の仇討ちに燃えるだろう敵の報復だ。
長瀬川会は真木田を殺したユヒナに仲間を殺された復讐の刃を向けるだろう。
向こうが元から乗っ取りを企んでいるいずみ島にも最悪何か仕掛けてくる可能性がある。
だからこそ先ほどのユヒナをどうするかという話にも繋がり、同時に島を守るためにも長瀬川会と当然やり合わなければならない。
もしも真木田を普通に逮捕出来たならば、事情聴取をして穏便に事を進められたのだろう。これまでのように。
そうしたら、背後の長瀬川会にも十分対策を打ち出せたかもしれない。
しかし、もう悔いてもどうしようもない事だ。
真木田組とI.N社との関係については現在も調査中で、アレクさんは改めてハインに調査を進めるようその場で指示を下した。
その際のハインの様子が印象に残っている。
『分かってるわよ。私の家とユヒナ守るためならなんでも』
そう、とても頼もしさを感じさせる強気な事を言いながらも意地悪で悪い笑みを浮かべた様子が頭から離れない。
同時に純粋で天真爛漫なユヒナとは対照的にハインは知的で小悪魔で捻くれてるけど、アレクさんの下ではちゃんと仕事してるんだなぁ……と感じた。
その狡猾で不敵な笑みを浮かべる裏はどうなのか。それをうかがい知る事は難しい。
裏社会の情報に精通しているハインだ――もし、真木田組に情報流した内部告発者がハインだったというオチがこの先待ちうけていたとしたら――それはとても不思議な事じゃない。
だが真実が明らかとなる時、それも同時に明らかとなるだろう。
もしも予感が的中したその時は、やっぱりお前かと突っ込むしかない。
そうなったら一緒に暮らすユヒナも悲しむだろうなぁ。
果たして彼女の真意はどうなのか――。
まぁ、今はそれは置いておこう。
それよりも長瀬川会の存在、及び岩龍会の組織図、アレクさんの裏の顔がバレた理由、真木田組に対するいずみ島の内部事情を聞かされた所で――振り返るべき話題はとうとう肝心な残り一つとなる――。
そう、なぜアレクさんは僕に理事長代理の秘密を明かしたのか――。




