中編おまけ 兄の憤慨
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それはきっと、束縛のしるし。
初心を忘れた愚かなガキの成れの果て、という父さんが呟いた言葉の意味が、俺にはよく理解できた。
派手な格好をしていたときのひかりちゃんも可愛かった。けれど、確かに一般の生徒には近寄り難い雰囲気はあった。特に俺らの学校はオシャレよりも勉強を優先する真面目な気質の生徒が多いから。
そう仕向けたのは忌々しいあの男。派手な格好をさせて、自分以外の男とも女とも接触を禁止して、本当のひかりちゃんを誰の目からもまんまと隠していたのだ。しかもひかりちゃんの所有権を主張するように、たくさんのアクセサリーをまるで首輪のようにこれ見よがしにつけさせて。
ひかりちゃんが四六時中あの男にくっついて離れなかったなんて嘘だ。俺は知っている。俺が見かけたときはいつだって、あの男のほうがひかりちゃんを探してそばに張り付いていた。
そんな独占欲にまみれた男が、ひかりちゃんを振って他の女に乗り越えた。なんて愚かな。馬鹿としか言いようがない。
きっとあの男は、派手な姿を当たり前のように感じるにつれ、本来のひかりちゃんの姿を忘れてしまったのだ。
あんな派手な子に仕立て上げたのは自分のくせに、それを忘れて、ひかりちゃんをそういうタイプの子と認識したのだろう。だから、かつての飾り気のなかった慎ましやかな頃のひかりちゃんの面影を求めて、他の女に乗り換えた。
まさに初心を忘れてしまった馬鹿だ。
父の言うように、あの男はきっと、あの男が好きになった頃のままの今の綺麗なひかりちゃんを見たら、また思い出すに決まっている。
他の誰にも見せたくないという独占欲を。
彼女に近づく人間への嫉妬心を。
自分だけのもとに縛り付けておくためのひどい束縛を。
思い出したらまた行動に移すだろう。謝って寄りを戻そうとするかも知れない。みっともなく泣いて縋りつくかもな。
そんな虫のいい話があるか。絶対にそんなことはさせない。あの男はひかりちゃんに相応しくない。あんな害虫が、キラキラ輝く可愛いひかりちゃんに群がるのは許さない。俺が駆除してやろう。
なんせ、俺はひかりちゃんのお兄ちゃんなのだから。
「えっと、ところで、苗字の話なんだけど……。白石のままじゃ、やっぱりだめかな?」
「いいや、ひかりちゃんがそうしたいなら、誰も反対はしないよ?」
「そうだね、君の好きにしなさい」
俺が言うと、父さんもにこりと笑って頷いた。……おそらく父さんは俺が何を考えているか気づいている。母さんや優花やひかりちゃんに対しては甘い笑顔ばかり見せる優男のような父さんだが、このひとの本性はそんな甘いものじゃないからね。優花に初めて彼氏が出来たときも、笑顔で静かにキレてたし。
そんな父さんが、俺の思惑に気づいていて何も言わないということは、父さんも害虫駆除に賛成ということだ。
ならば、好きに動いてやろう。ひかりちゃんが学校では白石姓のままで通すというのは好都合だ。
自分が振った女の子が、しばらく見ないうちに派手な格好をやめて一段と可愛くなり、年上の男と親しくなっているのを見たら……。
さて、あの忌々しい男はどう思うだろうな。