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前編

 ◇◆◇



「俺、こいつと付き合うことにしたから。別れてくんね?」


 そんな一方的な別れを告げる彼氏の隣には、綺麗な女の子が寄り添うように立っている。


 金髪ロングのゆるふわ巻きの私に対し、彼女は黒髪のショートボブ。

 制服を着崩してスカートを極限まで短くしている私に対し、彼女は模範的に着こなし。

 顔の原型がわからないくらいのメイクを施している私に対し、彼女はすっぴん風のナチュラルメイク。

 アクセサリーを鬱陶しいくらいジャラジャラつけて爪までゴテゴテに飾り立ててる私に対し、彼女は何もつけていない。


 さしずめ私が派手なギャル系なら、彼女は清楚系。


 まるで正反対じゃないか。


 呆然と立ち尽くす私を面倒そうに見下ろしてため息をつく彼氏……だったひとと、私を見てこっそり勝ち誇ったような嘲笑を浮かべる新しい彼女さん。


「……そういうことだから。じゃあな、ひかり」


 何も言えずにいる私に痺れをきらし、彼は彼女と一緒に立ち去っていった。


 高校一年の、夏休み寸前の出来事だった。



 ◇◆◇



 彼とは小学校が一緒だった。中学も同じで、中学一年のときに彼から告白され、それから三年間付き合っていた。高校も二人で一緒に決めた。

 なのに、なんでこうなった。


 夏休みに入り、私はひとりでぼんやりと過ごしていた。

 私には友達がいない。私の通ってる高校は校則はゆるゆるで、成績さえ良ければ何も言われたりしないけど、私みたいに馬鹿みたいに派手な子はあんまりいなくて敬遠されていた。それに彼氏の束縛がけっこうあったというのもあるし、私自身が彼氏のことにかまけすぎてて友達づくりを怠ってきたのも原因のひとつでもある。さらには私の彼氏だったひとはかなりの美形だったので、嫉妬されることも多かった。

 でも友達がいなくても、嫌われていても、私は彼が一緒だったから寂しくなかった。ずっとずっと一緒にいれると思っていた。なのに、ゴミのようにあっさりと捨てられてしまった。


 涙は出なかった。唐突過ぎて、理解が追いついていなかったのかもしれない。その代わり、あの日からずっと、なんにもやる気が起きない。校内で彼が彼女と仲良さげに歩いているのを見たときはさすがに胸がぎりぎりと痛かった。

 泣いて、みっともなく縋っていれば、何か変わっていたのかな。


 そんなことを考えて、クーラーの効いたリビングでボーッとソファに座っていると、お母さんが隣に座った。


「ねえ、ひかり。話があるんだけど、いい?」

「……うん? なに?」

「お母さんね、再婚しようと思ってるんだけど」


 その言葉に、私は鼻がつんとした。


「む、娘が失恋の痛手にひっしに耐えているときに、お母さんだけ上手くいってるなんて、ずるいよぅーっ」


 彼氏に振られても泣かなかった私は、ここにきてのお母さんのまさかの裏切りに、ぼたぼたと涙をこぼした。


 シングルマザーのお母さんは、女手ひとつで私をここまで育ててくれた。お母さんに一年前くらいからつきあっているひとがいるのは知っているし、祝福したい気持ちももちろんある。

 だけどなぜこのタイミングなのだ。今の私は誰かの幸せを喜べるような精神状態ではない。むしろ他人の幸せなんてぐしゃぐしゃに丸めて踏み潰してやりたいくらいだ!


「うふふ、いいでしょ、羨ましいでしょ。お母さんね、プロポーズされちゃったのー! で、あんたの夏休み中には引っ越しちゃいたいから、今週の土曜日に顔合わせするわよ!」

「えええ、急すぎるよ! そんな勝手にぜんぶ決めちゃって、私が反対したらどうするの!?」

「ねじ伏せる」

「母親の言葉じゃないよそれ!」


 なんてことだ。うかうかと傷心に浸ってる場合じゃない。私にお父さんができるのだ。人生の一大事だ。

 私の実のお父さんは、私が生まれる前に事故で亡くなったと聞いている。だから私はお父さんというものを知らない。うわあ今からもう緊張してきた! どうしよう! うまくしゃべれる気がしない!


「ちなみに向こうも子連れだから。よかったわね、ひかり。いっぺんにお兄ちゃんと妹ができるなんて、あんたラッキーよ」

「えええ!」


 一人っ子の私に、いきなりお兄ちゃんと妹とは! ちょっと難易度高すぎないかなお母さん!


「ど、どどどうしよう……。私、こんな見た目じゃお父さんと兄妹に嫌われちゃうよね。なんとかしないと……」

「あら、べつにそのままでもあんたは可愛いわよ。なんせお母さんの娘だし。可愛くないと嘘だわ」

「複雑だけどありがとう。でもだめだよ。ちゃんとしないと。第一印象は大切だからね」


 私はそれから急いで貯金を下ろし、行き着けの美容室に駆け込んだ。


 派手な金髪はもとの黒髪に戻し、痛んでいる毛先は切ってもらい、トリートメントもしてもらった。

 それから服屋さんを巡り歩き、今の雰囲気に似合う服を買いあさった。

 派手な頃を知る顔見知りの店員さんには、イメチェンしたことをひどく驚かれた。「そっちのほうが絶対似合う!」とほめられ、「むしろ前はなんであんな悪趣味な……じゃなくてっ、派手な格好してたの?」とまで言われた。


 やっぱり誰から見てもあれは悪趣味だったのか……。

 でも仕方ないんだ。昔、彼が言ったのだ。私には派手なのが似合うと。中学生の頃にはすでにメイクを始めて、それもギャル系が好きだと言う彼に合わせて派手にした。つけまつげにカラコンだってした。まぶたに異物をくっつけている違和感にはなかなか慣れなかったけど、彼が似合うとほめてくれからずっと我慢していた。アクセサリーだって、ほんとはあんなに馬鹿みたいにたくさんつけるのは好きじゃない。でも彼がプレゼントしてくれるから、どれも絶対に離さずにつけていろと言われたから、おしゃれとか関係なく貰ったものはぜんぶいつも身につけた。毎朝わりと大変だった。


 そうやって彼の好みにぜんぶ合わせてきたのに、結果、彼は私と正反対の清楚な可愛い子を選んだ。なんて滑稽な私。


 家に帰ると、私は元彼からの貰い物のアクセサリーや、つけまつげやカラコンもすべてゴミ箱に捨てた。新しい家族にチャラチャラした子だと思われたくないから。イメチェンするなら持ち物からすべて変えなくては。


 すっかり変わった、というか元通りになった私を、お母さんはしげしげと眺めて、頭を撫でてくれた。


「うん、あんたはやっぱり、こっちのほうが美人だわね。さすが私の娘だわ」


 そうだろうか。ここ数年はずっと派手な自分ばかり見ていたので、黒髪ストレートのすっぴんになった自分の顔がどうにも地味に見える。大丈夫かな、これ。こんな地味な子でも受け入れてくれるだろうか。ちゃんと家族になれるだろうか。


 そんな不安で頭がいっぱいになった私は、三年付き合った彼氏にふられたことなどさっぱり忘れていた。



 ◇◆◇



「はじめまして、ひかりさん。君のお母さんと結婚を前提にお付き合いしている綾織(あやおり)貴文(たかふみ)といいます。よろしく……してくれますか?」


 そう言って柔和に微笑むそのひとは、そんじょそこらではお見かけできないような端正な顔をしていた。


 レストランの個室。お母さんと私が並んで座っている正面に、新しいお父さんとお兄さんと妹さんが座っている。

 目の前のひとたちの顔面偏差値の高さに、私は思わずお母さんの顔を仰ぎ見た。お母さんは私と視線を合わせると、テーブルの下でこっそりと小さく親指を立てた。こんないい男を捕まえた功績を讃えてほしいのか。


「ひかりさん? やっぱり、突然現れた子持ちのこんなおじさんがお父さんになるのは嫌ですか……?」


 綾織さんが柳眉をへにゃりと情けなく下げてしょんぼりしだした。なんてことだ!


「お……っ、おと、お、おおお父さんっ!」

「は、はいいいっ!」

「と! お呼びしてもいいですか!」


 鬼気迫る勢いでたたみかける私に、綾織さんはめちゃくちゃびっくりしていたけど、すぐに嬉しそうに満面の笑みを見せてくれた。


「――はい、喜んで」


 よかった、笑ってくれた。こんなかっこいい大人の男のひとの、あんな泣きそうな情けない顔は見てられないからね。


「はーい! はいはい! 次は優花(ゆうか)ね! 優花は優花っていいまーす。中2だよ。よろしくね、ママ、お姉ちゃん!」


 お父さんとお兄さんに挟まれて座っている可愛い女の子が挨拶をしてくれた。

 肩くらいまでのさらさらの髪に、小さな顔。大きな瞳に小ぶりな鼻、唇は口角がきゅっと上がってて印象がすごくいい。天使みたいに可愛い子だ。しかも元気がよくて愛嬌があって性格も良さそう。この子が、私の妹……。

 私はお母さんに向けて、今度は私がテーブルの下でこっそりと親指を立てた。やりましたねお母さん。


「優花ちゃん、よろしく。ほらひかり、あんたもボケッと見惚れてないで、返事」

「あ、う、うん。はじめまして、優花ちゃん。お姉ちゃんと呼んでもらえてすごく嬉しいです。よろしくね」


 妹が可愛くて嬉しくてへらへらとだらしなく笑ってしまう。いけない、引き締めなきゃ。


「――きゅんときた。やだー、もうなに、お姉ちゃん可愛い! 優花、ずっとお姉ちゃんがほしかったから、お姉ちゃんみたいなキレーなお姉ちゃんができてうれしい!」


 きゅんときた。なにこの子可愛すぎる。だめだ、もう嫁に出さん。


「はい、じゃあ次はお兄ちゃんの番ね」


 優花ちゃんがそう言うと、全員の視線がお兄さんに向けられた。


 私は緊張した。

 お兄さんは、数日前までの私のように派手な外見をしていた。明るいブラウンの髪に、セットも大変そうな毛先までこだわってそうなアシンメトリーの髪型。ピアスやネックレス、ブレスレットや指輪まで、装飾品の数もすごい。このお兄さんは芸能人みたいにルックスがいいので、そんな派手な格好も違和感なく、普通に似合っている。

 切れ長の甘い雰囲気の目元に、通った鼻筋、優花ちゃんと同じで口角が上がっている薄い唇。手足が長く、身長も高い。まとう雰囲気は違っているけど、美貌のお父さんと顔立ちはよく似ていると思う。恐るべき綾織家のDNA。親子そろってみんな美人さんとは。


 そして私が何を緊張しているかと言うと、このお兄さんがなんかさっきから、いや初対面の挨拶を交わしたときから、ずっと私を凝視している気がするからだ。何かを疑っているような、信じられないものを見たときのような驚愕まじりの視線だ。

 私は彼に何かしてしまったのだろうか。


「長男の圭史(けいし)、高三だよ。よろしくね」

「え!」


 こんな派手派手しいイケイケなチャラ男っぽいひとが、私と二つしか違わないとは、これは驚きだ。


「えっと、ひかりちゃん?」

「え、あ、はい。いや、呼び捨てでいいですよ」


 挙動不審にどもる私を見て、お兄さんはにっこりと笑った。とろけるような甘い笑みだ。


「ありがと。でもいきなりは馴れ馴れしいだろうから、ひかりちゃんって呼んでもいいかな?」

「ええ、どうぞ、なんとでも」


 呼ばれ方に特にこだわりなどないから。


「ところで、ひかりちゃんも高校生だよね。どこの高校?」

「私は柳緑(りゅうりょく)高校です」

「やっぱり」

「え? やっぱり?」

「俺も柳緑なんだ。ひかりちゃんのこと、見たことあるなーってさっきからずっと思ってたんだけど、やっぱり見間違いじゃなかった。まさか同じ高校の後輩と家族になるなんて、すっ ごい偶然だね」

「おなじこうこう……」


 私は一気に血の気が引くのを感じた。

 なんという運命の悪戯だ。せっかくイメチェンしてノーマルひかりになったというのに、母親の再婚相手の息子が同じ高校だなんて。しかもこのひと私のこと見たことあるって言った。巻き髪カラコンつけまつげでフルカスタムしてギャル風を装っていた私を。うおおお恥ずかしすぎる……! これか! これが黒歴史を振り返ってうがあああってなる気分なのか! たった数日前までの自分が死ぬほど恥ずかしいよ!


「ひかりちゃんは、俺のこと知らないかなぁ?」


 にこにこ笑いながらそんなことを訊かれた。が、二つ年上の男の先輩のことなんか知るはずがない。特に私は元彼がけっこう束縛激しいひとだったから、「俺以外の男は見るな喋るな」といつも口うるさく言いつけられていたので、同級生の男子すら顔と名前が一致しない。


「す、すみません……」

「謝らないでいいよ。ふふ、俺、ちょっと自意識過剰だったみたい。ほら俺ってこんな見た目だし? あの学校じゃ珍しいタイプだからさ、知名度はけっこうあると思ってた。生徒会とかもやってるし」

「うわ兄貴ちょーダサーいウケるー。てゆーか、同じ高校とか抜け駆けじゃん?」

「確かにださいな、圭史。自分だけ抜け駆けしてひかりちゃんと距離を縮めようとするからそんなことになるんだ」


 恥ずかしそうにはにかむお兄さんに茶々をいれる優花ちゃんとお父さん。仲良いな。それをお母さんは楽しそうに眺めている。ふいにお父さんと目を合わせては二人で幸せそうに微笑んだりなんかしちゃって。そんなお母さんを見たら私まで嬉しくなっちゃうじゃないか。


 ていうか……え? 生徒会? そういえば、生徒会にはこんな派手なひとがひとりだけいたような気がする。会計あたりに……。えええ! マジか! 友達のいない私でも知ってる有名人じゃないか!

 女子たちがきゃぴきゃぴと楽しそうにガールズトークをしているのを、耳をダンボにして盗み聞きしているときによく会計の話題が出ていた。かっこいいとか一度でいいから抱かれたいとか遊ばれたいとか、いろんな話を聞く。だから知ってる。


 すごい。そんな噂の会計さんをこんな間近で見れるなんて。集会のときに遠くから見たことはあったけど、まさかこんなに派手なチャラ……じゃなくて、イケメンだったとは。


「あの! 私、会計さんのこと知ってました! 顔はちゃんと見たことはなかったけど、お噂はかねがね! とんだご無礼をかましてすみませんでした、会計さん!」

「え、そうなの? やったね。でも俺たちは兄妹になるんだから、会計さん呼びはいやだなぁ」


 困ったように情けなく柳眉を下げるイケメン。……こ、これは、さっきのお父さんと同じ顔じゃないか! その顔はずるい。なんだか罪悪感がわいてくるし、イケメンにそんな顔をされるととてもいたたまれない気分になる。


「すみません、あの、け、圭史さん……」

「うーん、ひかりちゃんにはお兄ちゃんって呼んでほしいとこだけど、まあそれは追々……。名前呼びも嬉しいしね」

「そ、ですか」


 元彼以外の異性とこんなにたくさん話すのも久しぶりで、いちいち挙動不審になってしまう。それをにこにこにこにこと始終笑顔で見つめてくる圭史さんはちょっと怖い。

 いかんいかん、元彼以外の異性との接触にも慣れていかないと。私はもう一人なんだから。これからは、学校に行くのも一人、お昼休みにお弁当を食べるのも一人、帰りも一人、寄り道するのも一人……。やだ寂しい。


 そうだ、せめて友達を作ろう。彼氏にべったりと依存してた今までがおかしかったんだ。友達を作ろう。十人くらい。無理だ、せめて五人……三人? いや、一人でもいいから! 友達を作ろう。


 なごやかな雰囲気のなか、私はぐっと拳を握りしめてそんな決意を固めた。


 そうして初顔合わせはつつがなく終了し、その二週間後には私とお母さんは綾織家へと引っ越したのだった。

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