第十話 魔王
リップは、完全に無力と化したカイラの両腕両足を、適当な衣類で縛った。
「…………」
カイラは歯ぎしりをしながら、無言でリップを睨み続けている。
「おーい、リップ!」
声の方向に目をやると、遠くでフレアがピョンピョンと飛び跳ねていた。
「あ、ちょ、ちょっとすみません」
何が何やらといった様子の街の住人たちに道を空けてもらう。
フレアは男物の上着を羽織っていた。そのせいか何だかモジモジしている。
「す、すまんな、流石に服を選んでいる余裕はなくて……」
「そんなの謝る必要ないわ。リップのおかげで勝てたんだから!……そ、それより、その」
気が緩んだことで、先ほどの出来事を改めて思い出したリップは、彼女の態度は服のせいだけじゃないことに気がついた。
フレアがリップにキスをした瞬間に、彼女のチョーカーは外れた。
あのチョーカーは願い事が叶うまでは外れない。たとえリップの能力を使っても。
つまりは、そういうことだ。
「ええと……」
フレアは顔を赤らめながら俯いている。
やはり自分はフレアと一緒にいたい。そう伝えたい。そしてどうやら彼女も気持ちは同じらしい。
しかし、今回の騒動の原因は、自分がいいように利用されたせいである。カイラに勝てたのだってほとんどフレアのおかげだ。
そう思うと、やはり自分など彼女に相応しくないのだと、二の足を踏んでしまう。
「……フレア」
「……なによ」
「…………いや、やっぱり何でも……」
「あああああああ!!!!」
背後から絶叫が鳴り響いた。
「うおっ! なんだ!?」
「えっなに??」
二人が声の方角を振り返ると、血に塗れたカイラが倒れていた。
そしてその横には、鬼の形相をした男が一人。
その手には、剣型のモンスターが握られており、血が滴っている。
「よくも好き放題やってくれたのう……このワシをここまでコケにしおって」
カイラはピクリとも動かない。
「お前は……俺より先に奴隷にされていたおっさん……」
「ちょっと、カイラのやつ死んでるんじゃ……って、お前は……!」
恐らくリップに着せられたのであろう、歳不相応なスウェットを着たその男が、二人の方をゆっくりと振り向く。
「おう。貴様らのおかげで自由になれたわ。このワシが感謝してやるぞ。光栄に思え」
「は、はあ?」
「だがのう。ワシは基本的に顔出しえぬじーなんじゃ。だからまあ、すまんが……死んでくれや」
そう言うやいなや、男の両手のひらから大量のモンスターが飛び出した。
「うおおおおおお??」
「リップ! こいつ、魔王よ!!」
「は、はあ?? 嘘だろ!?」
魔王は、カイラ、リップと共にこの街に来ていた。
カイラの能力ではモンスターを操ることは出来ない。モンスターは自立型なのでカイラが襲われる可能性もある。そのため、魔王はずっと全裸で放置されていたのだ。
だが、先ほどの戦いで街の住人と一緒に服を着せられ、カイラの支配から開放された……
「……って、また俺のせいか? この状況!」
「ううん、ごめん! 私のせいだわ……あいつが魔王だって聞かされていたのに、完全にノーマークだった! まさか本当だったなんて……」
「ぎゃあああ!」
「助けてくれ!」
魔王が生み出し続けているモンスターが、街の住人を襲い始めている。
「ふう。久々に出すから大量じゃわい……しかしまあ、今日はこんなもんかの」
そう言い、最後に生み出した鷲型のモンスターに肩を掴まれ、魔王は宙に浮かんだ。
「あとはノンビリ、見物でもするかのぉ」
その顔には醜悪な笑みが浮かんでいる。
「くそがっ! 責任の被り合いは後だ! 今はとりあえず街の人達を助けないと!!」
「そうね……リップ、行くわよ!」
「おう!」
二人で戦闘態勢に入るのは実に一年ぶりである。
……が。
「…………あ」
「どうした、早く炎を……」
「ライターがないわ」




