らぶ,0『側にいられるなら、それで…』
喜怒哀楽が激しくて、考えてることが手に取るようにわかる「あいつ」はいつも『なんでわかるの?!』って焦った顔をする。
嬉しそうな顔も拗ねた顔も、怒った顔も照れた顔も何度も見たことあるけど。
そういえば唯一見たことの無い表情があった。
「あいつ」は俺のことで泣く顔だけは、絶対に見せなかった。
♥︎
らぶ,0
「そうだ、伊勢に行こう!」
旅行代理店の国内旅行カタログを両手に抱えて閃いたように、鹿乃子は宣言した。
箱根温泉のパンフレットに手を伸ばしかけていた沙里は呆けた顔を鹿乃子に向ける。
「…どこぞの売り文句みたいなことをいきなりなしたの?」
「今年は20年に1回の神様のお引越しなんだよ!ただでさえパワースポットである伊勢神宮、行くなら今しか無いとは思わんかね?」
興奮気味に熱弁する鹿乃子に賛同するように絵美里もキラキラした表情で振り返る。
「そしたら、私の厄も晴れますかね?!」
「あれ、えりーって今年厄年だった?」
二人のノリを少し遠目に見ながら沙里が絵美里に尋ねる。
「いえ、本厄では無いんですが後厄なんです今年。」
「ってことは20歳か。」
『若いって良いねぇ〜。』
鹿乃子と沙里が同時に呟く。
「お二人とも、お婆さんぽいこと言ってますがお若いじゃないですか。」
絵美里がコロコロと笑いながらおばさんくさく口に手を当ててもう片方の手をちょいちょいと仰ぐ。
綺麗系=老け顔をものともしない沙里は30歳。薄化粧で元々が童顔、性格も幼い鹿乃子は26歳。傍から見ればどちらも二十代前半でいけるが、実年齢の老いはしみじみ感じている。
「もう朝までオールとか無理だよね…。」
「12時過ぎるとさ、タクシー代がなんだ深夜料金がなんだ。良いから寝かせろってなるよね。」
ははんと鹿乃子と沙里が笑うのを「そうなんですか?」と絵美里が小首を傾げて問う。
「それはそうと、どうですかお二方?厄払いしながらおかげ横丁で食べ歩きって一石二鳥じゃないですか?」
自嘲の顔からパッと変わって伊勢神宮のカタログを開いて鹿乃子がフードの写真を指差す。
「…私、この赤福ぜんざいなるものを食べたいです。」
絵美里が生唾を飲む。
「ちょっとちょっと、この松坂牛串って、もしやあの松坂?!」
沙里が頬を染めて写真に食いつく。
「あたし卯の花どーなつと伊勢うどん食べたいなりよ!」
鹿乃子が恍惚の表情で指を指す写真を見て沙里と絵美里が同時にうんうんとうなづく。
「…決まり?」
「私、異議なしです。」
「私も異議なしだわ。」
にんまり笑って鹿乃子がまた宣言する。
「では、今年の肉食女史同好会は伊勢神宮で厄払い食い倒れツアーに決定です!」
設立半年、世間で言う所の肉食女子(合コンだ婚活だわっしょい!)ではなく、「美味しいものは皆で食べれば尚旨し」が信条の肉食女史(肉もスイーツもなんでもござれ)は年齢も性格も全く違う、会社の仲良し三人組の所謂食べ歩き会。それが肉食女史同好会である。
地元北海道の食べ歩きも慣れ、遂に道外進出だと息巻く鹿乃子に引き連られるように決まった夏の旅行も、同じく鹿乃子の独断とノリで早々に決まった。
♥︎
「さて、内宮も外宮も回ったし、次はどこ行きますかねぇ。…って、かのちゃん?!」
沙里がガイドブック片手に後ろにいるはずの鹿乃子と絵美里を振り返るも、そこに鹿乃子の姿は無かった。
「鹿乃子さんならあっちに走って行きました。」
絵美里が指を差す方に目を向けると鹿乃子が人だかりの前で手招きをしていた。
「さぁぱっぱ!えりー!お守り見たい!!カムカム!」
「お願い、見知らぬ人の前でそのあだ名で呼ばないで。」
沙里が呆れ顔で、絵美里が笑いながら鹿乃子に近づく。
「見て!あれ勾玉の形してるの。可愛い!!」
はしゃぎながら鹿乃子が沙里の袖を引っ張る。
「あ、ホントだ珍しい。あれ買うの?」
「え?買わないよ。」
『え?!買わないの?』
『買わないんですか?』
沙里と絵美里が同時に聞き返す。
「だって伊勢神宮は神様に『いつもありがとうございます〜』って感謝する場所だもん。恋愛成就のお守りはさっき買ったから良いのです。」
そう言って鹿乃子は夫婦岩で有名な二見興玉神社のピンク色のお守りを二人に見せた。
「鹿乃子さん、じゃあどうしてこっちに呼んだんですか?」
絵美里の問いに「お守りって見るだけでテンション上がらない?」と斜め上の回答に沙里が苦笑する。
「ではでは、神様に感謝もしたことだし、おかげ横丁で食べ歩きしましょっか?」
沙里と絵美里と腕を組んで鹿乃子がはしゃいで見せる。
「さぁぱっぱは何かお願い事したの?」
「うーん、とりあえず現状維持かな。お金に困らず仕事も程々にお願いしますって。」
「無欲ですなあ。えりーは厄払い出来た?」
「いえ、わかりませんがとにかく今は楽しいです!!鹿乃子さんは恋愛祈願ですか?」
「結局恋愛至上主義なんでねぇ。去年は1年越しの片思いに敗れたし、今年は散々だからなぁ。」
「え、去年って彼氏いなかったっけ?片思いってどゆこと?」
「…あぁ、うん。そっか、さぁぱっぱとは去年まだあんまり仲良くなかったもんね。」
告白してくれた前の彼氏とは付き合って3年。トキメキは無くても穏やかで楽しい日々だった。
初めて勤めた会社の方針が合わず、派遣で転職して今の職場に入った。まだ慣れない職場で、色々相談に乗ってくれた先輩が素敵に見えるのはよくある話で。
いつの間にか憧れが恋に変わって、前の彼氏に泣いて別れを告げた。最低な彼女であろうに、今も仲の良い友達として会ったりしてる。
方や好きになってしまった先輩とは、好き好き猛烈アピールをし、上手く行くかと思いきや「俺、社内恋愛はしない主義だから」と振られ、振られても誘えば二人で飲んだりしてくれるものだから諦めることが出来ず…これもよくある話だ。
「そんなこんなで1年告白し続けたけど、実らず今に至るわけですよ。」
豆腐シェイクが思うように飲めず、グリグリとストローを回しながら鹿乃子は苦笑した。
「鹿乃子さんとあの人は絶対上手くいくと思ってました。というか、絶対脈ありでしたよあの態度は!」
「えりーありがと、でもちょい心が抉れるからそれ以上は言わないで…。」
絵美里が食べる豆腐ソフトを一口貰って鹿乃子がから笑いする。
「趣味も真逆、あっちは結婚願望も無かったし、猫気質な女の子が好みって言ってたからなぁ。あたしなんて全然なんだよ。」
「かのちゃんは…完璧犬系だもんね。」
卯の花どーなつを頬張りながら沙里が笑う。
「猫系になろうと努力したりもしたけど、無理だったわ。100%オレンジジュースはどう足掻いてもリンゴジュースにはなれないんだよ。」
「奥が深いです」と答える絵美里に「いや、今の例えはよくわからんよ」と沙里が突っ込む。
ストローを咥えながら鹿乃子は去年の今頃に想いを馳せた。
でもさ、絵美里の言うとおり手応えを感じた瞬間もあったんだよ。彼の自分にだけ向ける本音や、笑顔とかさ。「他の人に対してとは違うな」って。頭にポンと手を置いて笑う先輩の笑顔は、今思い出しても鼻の奥をツンと痛ませる。
「でもさ、結婚願望無いとか聞いても告白し続けるとかさ。かのちゃん結婚願望相当強く無かった?」
沙里の言葉に我に帰り、鹿乃子は沙里に笑いかけた。
「だからさ、もう惚れ込んでたのさ。結婚なんて一生しなくても良いやー!ってぐらい。側にいられるなら、それで充分ってくらいにさ。」
知らぬ間に何度もしていたのだろう。ストローには数ミリずれて幾つもの噛み跡がついていた。しばらくしていなかった筈の噛み癖に鹿乃子は苦笑する。
「…あの人も、よく噛んでたなぁ。」
そこにまた一つ跡を付けて、中の氷の欠片を飲み込んだ。
因みに式年遷宮という伊勢神宮の神様のお引越しは2013年でごさいます。悪しからず。




