人間が大好きな天使と嘘をついた女の子
暇潰しになれば幸いです。
昔々、ある所に人間が大好きな天使がいました。天使達はみんな人間が好きでしたが、この天使は格別に人間が好きでした。天使は人間がとても好きなので、いつも街の上を飛んで人間たちを見ていました。けれど、天使の姿を見ることができる人間は年々減っていき、もうあまりいませんでした。
ある日、天使がいつものように街の上を飛びながら人間を見ていると、大変可愛らしい女の子が一人で遊んでいました。大変可愛らしいので、天使は声をかけてみることにしました。姿は見ることが出来なくても、声は聞こえるという人間も少しいたからです。
「こんにちは、可愛らしいお嬢さん」
話しかけられた女の子は、辺りを見回して、やっと上にいる天使を見つけました。
「こんにちは、天使さま」
女の子は、天使を見るのが初めてでしたが、あまりの美しさにうっとりしました。
真っ白で大きな翼も優しそうで笑顔を浮かべている顔も白くて裾の長い服も、絵で見た通りでした。
天使は、自分を見ることができる人間は久しぶりだったので、嬉しくなりました。
「お嬢さんは何をしているの?」
「私のオモチャで遊んでいるのよ」
女の子は手に赤く塗られた木製の車を持っていました。
「嘘はいけないよ。それは弟君のオモチャだろう?」
「だって弟が生まれたら、ママもパパも私と遊んでくれないんだもの。私が嘘をついても怒ってくれないわ。だから私は一人で遊んでいるのよ」
天使は女の子の頭を優しく撫でて言いました。
「可愛らしいお嬢さんに良い物をあげよう」
「なぁに?」
天使は自分の翼から羽を一枚抜くと、息を吹きかけました。すると、見る間に羽は純白の鳥になりました。
「綺麗な鳥」
「この鳥を可愛らしいお嬢さんにあげるよ」
「ありがとう、天使さま」
「大事にするんだよ。それともうひとつ、嘘をついてはいけないよ。嘘は自分に返ってくるからね」
「?」
「いいね?」
「わかったわ、天使さま」
女の子は鳥を籠に入れて、大切に大切に世話しました。
鳥を飼い始めてから女の子は嘘をつかなくなりましたが、まだ手のかかる弟の世話に手一杯で女の子の両親は気づきませんでした。
いつものように鳥に水をあげようとした時、コップを割ってしまいました。それは、母親のコップでした。女の子は怒られるのが怖かったので、嘘をつきました。
それから女の子は、また嘘をつき始めるようになりました。女の子が嘘をつき始めてから、鳥が少しずつ黒く汚れていきました。いくら洗っても鳥は汚いままなので、女の子は世話をしなくなりました。
そして何日か過ぎた頃、遊びから帰ってきた女の子は鳥のことを思い出しました。
思い出すと気になったので、久しぶりに見てみることにしました。
鳥籠にかかっていた小豆色の布をどかし、鳥を見た女の子は短い悲鳴をあげました。
鳥は純白だったのが嘘のように真っ黒になっていました。それはまるでカラスのようでした。
「嘘つきお嬢さん、久しぶりだね」
甲高く嗄れた声が聞こえました。
「だ、誰?」
女の子は辺りを見回します。
「おやおや、目の前にいるだろう」
鳥の嘴が動くと声が聞こえました。
「私の役目は、もう少しで終わってしまうんだ。だから、嘘つきお嬢さんの願いをひとつだけ叶えてあげよう」
「こんなっ、こんな黒くて汚い鳥は私の鳥じゃない!!見たくない、こんな気味の悪い鳥なんか!!」
女の子のヒステリックな怒声を聞いた鳥は、静かに言いました。
「それが望みだね、嘘つきお嬢さん」
鳥の羽ばたく音がしました。
女の子には、もう鳥は見えませんでした。
先程の怒声を聞きつけた母親が、やって来ました。しかし、女の子には母親が見えません。もう女の子は、何も見えなくなっていました。
母親は女の子の顔を見て、悲鳴をあげました。女の子の綺麗な瞳があった場所は、ぽっかり空いた眼窩があるだけでした。
「ママどこ?どこにいるの?ママ?」
鍵のかかった籠の中に鳥はいませんでした。
天使は空から、女の子を見ていました。
「あのお嬢さんが沢山嘘をついたので、私はこんなに真っ黒になってしまいました。」
天使の隣には黒い鳥がいました。
「うん、嘘をついてはいけないって言ったのにね」
「はじめから全て分かっていたのでしょう、天使さま」
天使は柔らかい笑顔を浮かべました。
「あの可愛らしいお嬢さんも、とても好きだったんだよ。本当に本当に残念だね」
鳥は何も言いませんでした。
鳥は何も言えませんでした。
天使の翼の一部が、少し黒く汚れていました。
天使は今日も街の上を飛んでいます。
誤字脱字、その他なにかありましたら、お手数ですがお知らせください。