第四話:やさしさ
やかましい音で目が覚めると、それはブルーハーツだった。
この想いが青春と言うのか解らないけれど、これはこれで悪くない。今ならそう思えるほどに昨日の真人との会話は私の心を有頂天にさせた。腹立たしかった笑顔は自分に向けられた瞬間幸せになって、あの怒りは私以外の人へ向けた嫉妬心だったのだと気がつく。そして学校に行けば真人がいる。
何だかすべてに感謝したい気分だ。
いつもの学校の朝。教室でそういうと、アンタは何てめでたいんだ。なんて香織に言われた。
そんな言葉さえ、祝福の言葉に聞こえてにやにやしていると、香織も呆れて笑う。
「かおり、少しやせた?」
わずかに顔がシャープになった気がして聞いてみると、ダイエット中、とこたえた。香織は何でも辛抱強く集中力がある。だから、学校の成績も良いしお洒落や流行に対しても敏感で、カラオケでも多少の好みはあるにせよ大抵の新曲は歌えた。普段当たり前のように近くにいて気がつかなかったけれど、そう考えると香織は凄い女だと思った。
「べつにやせる必要なんてないのに」
そう言うと
「ちょっとお腹がね」
「何ダイエットやっているの」
そう聞いた途端真人が教室に入ってきて私の意識がそちらに向かう。それを見た香織はすきなんだねぇ。なんて語尾を延ばしたけれど、それは何だかからかわれている気がした。
真人は入ってくるなり身近な友達に挨拶をすると、たいした音も立てずにこちらへと向かってきた。
「おはよう」
「おはよう」
「昨日は不味いところみられちゃったね」
「片付けだけだったけれど、それが不味いとこならそういうことになるね」
私が言うと真人はそうだったね。といって香織のほうへ向いた。
「香織が言ったわけじゃないよね、歌っていること」
「だったらあんたは歌を聴かれているよ」
「それもそうだ」
そう言って再び真人はこちらを向いた。
「歌っていること、出来るだけ秘密にしておいてほしいんだ」
そう言うと、じゃあ、と付け加えて自分の席へと向かった。そしてこの時頭をよぎった。香織は真人がオリジナルを歌っていることを何故知っていたのだろうか。私の視線に香織は気がつく。
「彼氏がね、仲良かったんだ。真人と」
「そうなんだ」
そう言いながらも香織への嫉妬は消せない。私の知らない真人を香織が知っていて、私は真人の何を知っているのだろう。そう考えると、ほとんど何も知らなくて昨日やっとまともに話せただけで有頂天になっちゃっていた自分に気がつく。真人がブルーハーツを好きなことを知っていても、そんなの一日中聴いていても、真人のほんの一部に触れたのに過ぎないんだ。
「ごめんね」
香織は何も悪くないのに謝った。だけど、私はむくれていた。そんな自分があまりにも最低で涙が出そうになった。
「こんど、真人の歌ききたいな」
私がそう言うと、香織は立ち上がって真人のほうへと向かった。戻ってきた香織は
「来週の土曜日七時くらいだって」
と言った。
香織の優しさが嬉しくて、羨ましかった。