第二話:ドリームキャッチャー
ねえ、苦しいよ。
苦しくて苦しくて、ただ好きだということがこんなにも苦しいなんて思わなかった。
こんな想いが幸せなの?
私は病気なのかもしれない。だって、こんなにも真人のこと好きになってしまったのだから。
「で、マコト君には告白したの」
バイトを終え、事務所でそう言う充先輩に私は首を横に振る。
「しちゃえばいいのに」
簡単にそう言って、会った初日にこのラッキーストライクは爆弾を落とした米兵が言った言葉から命名されたんだ。なんて嘘物語付きの煙草に火をつけた。
「してません」
私が言うと、俺だったらオーケーしちゃうのに。そう言って灰皿に軽く煙草を小突かせると、灰が散った。
「誰にでもそう言ってますもんね」
私の言葉に充先輩は否定もせずただ笑った。先輩の余裕がむかついた。
「先輩は彼女になんて言って告白したのですか」
主導権を握ろうとした私の言葉に先輩は簡単に答える。
「馬鹿だな。好きだよって普通に告白しただけだよ」
「馬鹿ですよ」
そう言うと、先輩は可笑しそうに笑った。大学生になったら告白だって簡単に出来ちゃうのだろうか。私だって馬鹿だと思うけれど情けないほどに怖くて仕方ないんだ。だって好きなのだから。中学校の頃の告白がみんなに冷やかされたことが心に残っているのかも知れないとも思ったけれども、きっと違う。そんなこと考える余裕が無いほどに好きになってしまっている私は何だか滑稽だと思った。
そんなことを思いながら先輩を見ると、慌てた声でごめんなんて謝られた。
どうしたんですか?
そう言おうと思ったのに声が出なかった。そして一瞬にして頬を伝った感触で自分が泣いていることに気がついた。
「ごめん。つらいよね」
先輩の優しい言葉で余計泣けてきた。優しい言葉は爽やかに心のバルブを開けてしまうのだ。
「でもさ、やっぱり告白するしかないよ」
私は頷く。
「もしだめだったらさ、何でも好きなもん奢ってやるから」
「うん」
私は再び頷いた。
まるでただあやされている子供のようだったけれど、もうどうしようもなくなっていた。
私の心は一日一日削られて、芯だけ残された鉛筆のように脆くなっていたのだと気がつく。明日こそ告白しよう。そう思うと、あの時の真人の姿を思い浮かんだ。あの時の真人はきっと泣いていた。バイト先とは反対口の駅前ロータリーから少し離れた路地で見かけたのは、バイト帰りの寄り道だった。
一ヶ月ほど前、バイトを終えた私は一緒にあがったバイト仲間と出来たばかりのメロンパン屋に行く途中だった。遠くからギターを片づけている姿を見て、こんな所で路上ライブをやる物好きもいるんだと思いながら近づくと、それは真人だった。瞬間真人は涙をぬぐった。汗なのかと思ったけれど、その日は寒かったし、もう一度ぬぐったのはやっぱり涙だった。私は見てはいけない物を見てしまったような気がして、急いでメロンパン屋へと向かった。
どんな歌を歌っているのか。偶然見つけたときはすでに片付けていたので歌は聞いていなかったけれど、香織に聞いたらオリジナルを歌っていると言っていた。
「まこと、たまに路上ライブやっているみたいんです」
私が言うと、先輩が頷く。
「そうなんだ」
「もし、今日もそこで歌っていたら私、告白してみようと思います」
先輩は煙草の火を消すと、そうか。と言ってにこり笑ってバックから小さな物体を私に向かって放り投げた。私は何とか手でキャッチすると先輩の顔を見た。
「これ、インディアンのお守りやるよ」
そう言われて、手の中のものを見ると小さなドリームキャッチャーだった。
「何これ、これ眠るときに枕の近くに下げるやつですよね」
「そうみたいだけど、俺が告白するときそれを握り締めていたんだぜ」
そう。そう言ってドリームキャッチャーを握り締めると、勇気が湧いて来るようで、先輩の優しさが嬉しかった。
「じゃあ、お疲れ様です。ありがとうございました」
そう言って事務所を出ると
「がんばれよ」
先輩がそう言ってくれた。