第十二話:放課後
―ねえ、あたなは
アナタハダレガスキデスカ?
広い砂漠の中で私は歩いている。
さっきまで出ていた太陽が隠れていくと暗闇が少しずつ熱を奪っていった。空気が凪いで、澄んでいく。けれど、暗闇は私からも体温を奪ってなんだか寒い。僅かな温もりを求めて足元に広がる砂にすがってみるのに、その砂さえ暗闇に飲み込まれていく。
私はどうして良いのか分からず寝転んだ。するとそこには小さな星々が私を包むように輝いていた。輝きは微かに温もりを発していて、ついに見つけた温もりに私は身をゆだねた。私はこの温もりを求めていたのだろうか。だったら私はずっとここにいたい。
そう思っていたのもつかの間、張り付くことない砂が私を飲み込んでいく。私は砂漠のの中に飲まれるように沈んでいった。私は抵抗をしない。私の心はいつしか温もりを見つけただけで満足していたのだろうか。本当に欲しい温もりもきっと私はこのよう満足してしまうのだろう。
けど、それで私は本当に幸せ?
目が覚めるとそこには真人がいた。
「だいじょうぶ?」
真人の言葉が心にしみた。私の心は夢の中の砂漠のようにぬくもりに乾いていたのかもしれない。私はもそもそと身体を起こすと大丈夫。と小さく答えた。答えながら私の肩にかかった学ランが星々の温もりだったことに気がつく。
「で、話って」
真人の言葉でふと現状を思い出す。
香織が約束通り呼んでくれたのだ。でもどうやって?
「ねえ」
飛び出した声はなんだか自分の物のようには思えなかった。
真人は目の前の机に座り、いすに足を乗せると次の言葉を待つように前かがみになった。
「昨日はありがと」
そういうと真人はさらりと笑って、たいしたことないよ。なんて返した。そんなことを言いたかったのではないのに。
「それだけ?」
真人がそう言ったので私は首を横に振った。真人の歌を思い出す。
「あのうた」
私の言葉はのろまな亀のように漏れる。
「まだ、まだその子のこのこと忘れてないの?」
私はおそるおそる真人のほうを見る。
「うん」
真人はあっさり頷く。
「好きなの?その子のこと」
震えていたかな、私の声。訊かなかったほうが良かったかもしれない。でも、もう遅い。
「ずっと、一緒だったんだ」
真人は両手を机に乗せ、少し後ろにのけぞると話し出した。
「小学校入った時からずっと一緒だったんだ。五年間。一緒に登校して、一緒に帰って、一緒に寄り道して、一緒に遊んで、恋愛感情とか好きとか、具体的な感情は解らないけれど、一緒にいて楽しくてそれが普通だったんだ」
そこまで言うと、ふと真人は外を見た。外はすでに暗く、星が輝きだしていた。だけどその輝きからは温もりは感じない。
「そいつは、茜は六年生になる前に引っ越した。引っ越して暫くすると茜から手紙が来たんだ。だから俺も手紙を返して、それから暫く手紙のやりとりをするようになっていった。最初は毎日のようにしていた手紙のやり取りも、暫くすると月に一回くらいになって。だけど、毎月毎月、それは続いたんだ。二年生になって突然手紙が返って来なくなるまで。俺は返事が来なくなっても、三ヶ月間今まで通り送って行った。その三ヶ月目の手紙で久し振りに返事が来て、でも」
真人の言葉が一瞬とまった。
「でも?」
私が促す。小さな沈黙が教室の底へと広がっていく。水槽に落とした墨滴のようで、溜まっていく空気が重く感じた。
「でも、」
真人が肺に空気を入れる音が聞こえる。その空気もどこか黒い気がした。
真人の肩が小さく刻み、そして真人は振り返った。
「でも、しんじゃってたんだ。最後の手紙は茜の母親からだった。茜の病気で引越しをしたこと。途中から茜の母親が代筆していたこと。返事を返せなくなって二週間後に死んでしまったこと。馬鹿みたいだろ?死んだ相手に手紙を送っていたんだぜ、もう届かないのに」
そう言いながら真人は笑う。
泣きながら。
あの時と、初めて路上の片づけをしている時に流した涙と同じ涙を流して。
けど、だから真人は歌を歌っているのだと解った。空に歌うように上を向いて。
「そうなんだ」
私の力ない言葉がふわふわと浮かんで消えた。煙草の煙みたいに。
こんな時、何て答えるべきなのだろうか。真人の気持ちが空気を伝えて私の胸を揺さぶった。悲しい気持ちはこうやって伝染するのだと、この時初めて実感した。でも、私は泣かない。泣いてたまるか。
「そうなんだ」
今度は力強く声を出した。
これは私の決意表明。想い出への挑戦状なんだ。
私は立ち上がった。経った瞬間ふらつきそうになって熱があったことを思い出したけど、負けるわけにはいかない。
「かえろうか」
私が言うと真人が頷いた。
今度はいつもの笑顔で。真人に残った涙の後を見ないようにして私は勢いよくバックを手にした。
黒い空気を教室に残すように私はずんずんと歩いた。