第一話:好きな人
初めての連載、学園小説です。温かい目で見守ってください。
好きです。好きです。好きです。
寝る前に呪文のように呟く日々が一ヶ月続いている。
恋をすると幸せな毎日が訪れると思っていたのに、いざそんな恋なんぞというものに転がりこんでみると、切なくて苦しくてやりきれなくて、恋の病という言葉だけがしっくりと納得がいった。
「それが恋ってもんでしょ」
この苦しみを、恋の一言で簡単に済ませてしまう香織に少し腹がたった。
弁当を食べ終わった私は、一番後ろの席で、折りたたまれた携帯電話をくるくると回す。
そんなことをしながら鈴木真人のことを考えると。じわっと一瞬で幸せが広がって顔が緩んだ。
「マコトかあ、笑顔がかわいいんだよね」
私はだらしない笑顔のまま頷く。
「だいたい美由紀は欲がないんだ」
欲がないのでなく、それが上手く出せないだけです。心の中で呟いてみたけれど、口に出せないところがやっぱり私の欲が無いところなのかもしれない。
「まあ、それが美由紀のいいところでもあるけれど」
香織はそう言ってちょっと笑顔を止めると、恋愛だけは自分勝手にやんなきゃだめだよ。という言葉に、私は大丈夫なことなど一つも無いのに、
「だいじょうぶ」
と言って笑うと。それならいいけれど、と言って香織も笑った。
香織には彼氏がいる。その彼氏は私にとって格好がいいとか、性格がいいとか、そういうことは無かったけれど、私も真人とそんな関係になれたなら。何て考えると香織が羨ましかった。
「ああ、やっぱりだめ」
私はそう言ってうなだれる。ひんやりとした机の冷たさがおでこと腕に伝わり、私は一瞬驚いたけれど、そんな冷たい机さえ全て暖めてしまうほど私の顔は火照っている事に気がついた。
「ちきしょう、好きだよ」
何でこんなことになってしまったのだろうか。真人の笑顔は確かに好きだった。爽やかに笑う真人は誰からも好かれたけれど、素敵な笑顔を見せる人なんてほかにもいる。だけどそう、私は見てしまったのだ。
もしかしたらそれは見間違いなのかもしれないけれど、彼の泣いている姿を。
いつも笑顔ばかり見せる真人の涙という、正確には泣いているであろう姿という裏技に私は、あれよ、という間に恋心は生まれその心は加速度的に膨張した。宇宙は膨張していると言うけれど、そんなことは私の恋心に比べればに小さな膨張のように思えるほどに。
真人に近づくほど駆け足で過ぎていく時間は、遠くなるほどに遅く過ぎる。近づくと言っても同じ教室で、真人の後姿を眺めるだけ。それでも学校の授業は早く過ぎる。私の席から見える真人の姿は私だけのものだと、勝手なのだけれどそう思うと、幸せで、授業中の睡眠は少なくなって、黒板の文字を追う時間も同時に少なくなった。
「ねえ、こくっちゃいなよ」
冗談で言っていると思った香織の顔は笑っていなかった。
「むりだよ」
ほとんど話したことすらないのに、ただ振られるだけに告白するなんて耐えられない。
真人が笑っていると最近むかつく。
むかつく。
むかつく。
むかつく。
借りたかった新作のDVDがいつまで経っても借りられない苛立ちに似ているけれど、そんな
苛立ちだって今ほどではない。むかついて、苦しいのに真人を再び見ると一瞬でそれが幸せになる。そして家に帰るとまた苦しくなって、なぜ人は人を好きになってしまうのか。何て考えて答えがでないまま、また悶々と呼吸が乱れる。
告白することだって考えなかったわけじゃない。だけど、好きだっていう単純な言葉を言うだけなのに、そんなことを考えるだけでも私はその重さ押しつぶされそうになってそれを誤魔化すために音楽を聴いて、涙を流すのだ。
学校の一日も、家での一日もなにが起こることもなく過ぎていく。
雪のように降り積もるこの気持ちに、私はただただ呆然と立ち尽くす。
ペースはかなり遅いですがよろしくお願いします。