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獲物




 エドアルドが、空いた腹をごまかすように寝ているとき何かを感じた。

 足音もない。

 ただのカンだと言えばそれまでかもしれない。


 目を開けて、何がいるのかを見ろ。


 そう自分の身体に命じるのだが、疲れきっている自分の身体は泥のように重く思うように動かない。

 

 すぐに気配は消え。


 気のせいか?


 エドアルドも緊張を解いて、再び眠りについた。





 そして、朝、目覚めると血抜きされた新鮮そうな野ウサギの死骸が目の前に置かれていた。





「うわっ」


 朝一で、死骸などみたくないのは誰でも一緒だろう。


 それがたとえどんな意図を持って置かれたものであっても。


 エドアルドの目覚めは、薄く開いたままのうさぎの赤黒い瞳と目をあわせた。

 思わずギョッと目を剥いて、葉っぱの寝台の上で柄にもなく後ずさりした。


 剣の柄に手を掛けて、腰を浮かし。


 そして、それ(・・)が何かを理解してガクリと首を落とした。


 

「ウサギか」



 つぶやいて、思わず頭をかかえていた。

 

 …誰か…って。

 また、誰かが来たんだろうな。

 それはわかる。

 分かるが。


「わたしにこれをどうしろと」


 まさか生で喰えと言われているわけではあるまい。

 生食の習慣はガルドスにはない。

 国によってあるとは聞いているが、それも新鮮なうちにさばいたものだけ。


 となると。


「焼くしかないよな」


 まず、包丁は…ない。

 思わず厨房の巨大包丁を思い浮かべたが、即座に否定する。

 まあ、包丁は剣で代用すれば良いと思うが。


 調味料もない。


 腹と背の肉がくっつきそうなほど、腹がすいているのを自覚しているエドアルドは、この際、贅沢を言う気はなかったが。


 せめて火は必要だろう、と思う。


 いつか城に来た踊り子が面白いことを言っていたな。

 火打石とかではなく、火を熾す方法。


「何が必要だったか」


 確か。



 乾いた葉と棒と窪みをつけた板。そして、綿毛。 



 




 パチパチと炎の爆ぜる音が、石造りの城の中に響く。


 空はすでに暗い。


 必要な材料を探し揃えて、ああでもないこうでもないと火を熾すのを試行錯誤しているうちに、すっかり日が暮れてしまった。


 運良く何かの拍子に炎が熾り、エドアルドは集めていた木切れを寄せて、ささやかな炎を眺めていた。

 その炎の影に、剣で切りさばいたウサギの肉を刺した棒が揺らめく。

 ジュウと油が落ちて、美味しそうな匂いが漂い始める。

 

 3日ぶりの食べ物である。


 ぐぅとお腹がなって、エドアルドは思わず苦笑した。

 かつて、魔族が席巻していた時代、ひもじいという感覚は多くの民が持っていたという。

 魔族にさらわれてしまうのを恐れて人が外で暮らせなくなったため、食べ物が足りなくなったのだ。


 だが、今の時代、ガルドスの民は豊かになり、自然から収穫される食べ物で食卓は賑わっていた。

 ひもじいなどと、エドアルドと同じように、新歴の生まれの者は感じたことはないだろう。


「焼けたかな」


 エドアルドは炎に手を取られないように気をつけながら、枝を一本取り上げて肉を眺める。

 見た目には、こんがりと皮が焦げ、肉もよく焼けている。

 生肉を食べると腹を壊すと聞いたこともある。

 とにかくよく焼いて食べれば、大抵の生き物は食べられると同じように踊り子から聞いた。


 獣はもとより、虫や蛇でも…。


 その時は話半分に疑っていたが、こうしてみればいつも食卓に並ぶ肉と一緒だ。



 くんと一瞬匂いを嗅ぎ、次の瞬間口をあけて、肉にかぶり付いていた。


 ジワリと肉汁が染み出て、地面を濡らした。

 よく締まった肉にはたっぷりとした脂が乗っていて、塩でもあればさらに最高の味だっただろうと思った。「うまいな」


 エドアルドのまたたく間に、ウサギ一匹を平らげ、炎の中に手元に残った枝を放り込んだ。


 脂を吸った枝が綺麗に炎に包まれて、消えていく。


 

 パチパチパチ。



 無軌道に揺らぐ炎を見つめていると、腹の落ち着きと共に徐々に気持ちも落ち着いていくのを感じていた。



「いつまでもここにいるわけにはいかないな」






 そして、今日もジャイーンの追手が来ない。

 もしかすると、嘆きの森で自分が死んだと思われたのかもしれない。

 エドアルドは自分の考えが甘いことを知っていた。


 ジャイーンは甘い男ではない。


 きっと幾多の兵士を犠牲にしても、この森に分け入り自分の首をはねるまで安心しない。


 たとえ、獣に食われたとしても、その獣の腹をかっさばき、自分の姿を目にするまで安堵しない。


 そういう男だ。


 妹のアイーシャが嫁いでから、20年もの間、虎視眈々と奪い返すきっかけを狙っていた男。


 

 気持ちの悪い赤い瞳が脳裏に焼き付いて、再びブルリと身体を震わせた。



「とにかく寝て…明日を考えよう」



 エドアルドは、そして、横で爆ぜる炎を見つめながら、今日も木の葉の上で眠りについたのだった。





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