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古き魔王の城




 ピチョン。

 

 ピチョン。


 ピチョン。


 規則的に落ちていく水音。


 なんだ。何の音だ。


 ピチョ。


 唇に雫が当たって、乾ききっていた唇がかすかに湿る。


 もう一滴。


 ピチョ。


 舌が意識せず伸びて、その滴を口に含む。

 甘露のように感じた。

 雫の甘さが全身に広がって、溶けていく。


「ぅ」


 こじ開けるようにまぶたを開けると、暗い石畳を敷き詰めた場所に寝ていることがわかった。

 そして自分の寝ているところの下には、森で見たのと同じ葉っぱが敷き詰められている。

 まるで獣の寝床のように。


 だが、柔らかく、痛んだ身体を包み込む。


 天井も石に覆われているが、天窓から空の色が見えた。

 どんよりとした自分の気分と同じ薄曇り。

 

 ピチョンという音は雨音だと気づいたのはその後だった。


 エドアルドにはなぜ自分がこの場所にいるのか理解できなかった。

 森を進んでいたはずだ。

 だが、意識は途中で途切れ、記憶がない。


 自分で歩いてきた?


 ゆっくりと上体を起こすと、自分がここに入りこむ前から雨が降り始めていたのだろう。

 茶色と血に染まったまだらもようの足跡が、入り口からここまで続いてきていた。

 途切れるのは、今横たわっているこの場所で。


「はは」


 気でもおかしくなってきているのかもしれない。

 額に落ちていた髪の毛を手の甲で撫で付け、片膝をたてて顔をうずめた。


 自分の行動を思い出せないのだから。

 城から飛び出してどのくらい経った?

 1日?2日…それとも3日以上とか。

 思ったより身体の衰弱は進んでいない。


 ただ喉が乾いた。

 雨を掬えば、乾きも癒されるか。


 そう思い傍らに置かれた剣を杖がわりに立ち上がり、扉に向かいかけ。

 足の裏に感じた痛みとは違う違和感に、足を止めた。


「はは」


 今度は少し期待した笑いだった。


 

 足の裏に巻かれたのは、すりつぶされた葉。そして取れないように巨大な木の皮で覆い、柔らかなツルで足の甲に結び付けられている。








 誰かいる。




 



 雨露で喉をタップリと潤した後、すこし元気になったエドアルドは、痛みの和らいだ足で城の探索をすることにした。

 恐怖がないとは言わない。

 あの魔王の城なのだ。

 だが、それ以上に…誰かに会いたかった。


 自分が人恋しい方だとは思わなかったのだが、少し話さないだけでだれかと話したいなんて、ずいぶんと女々しくなってしまっている。


「おおーい」


 エドアルドは叫んだ。

 だが、返ってくるのは沈黙だけ。


「誰かいるんだろう」


 ジャイーンの手のものではないと思っていた。

 ジャイーンに関係するものであれば、問答無用で自分を切り捨てていただろうから。

 放っておけば餓死するか、足を腐らせて死ぬ者を助けるのは、何らかの意図のある者の仕業だ。


 広い居城だった。

 かつてはもっと豪華絢爛だったのだろう。

 鈍い色鮮やかな色彩が確認でき、ステンドグラスが天井にはまっている。

 長い廊下の両サイドには、自分の城でさえみたことのないような精巧に作られた置物があったが、いずれも分厚いほこりをかぶっていた。おまけに天井は蜘蛛の巣だらけで、時折、気まぐれに蜘蛛がおりてくるのを払いのけなければならなかった。

 何よりも、部屋中が窓を壊して侵入した蔦や葉に覆われ、森の一部と化していた。


 最も最上階に巨大な扉の前を見つけて、ぶるりと身を震わす。

 意を決して、扉を開ける。



 そこには、だれもいなかった。



 かつて誰かが座っていたのであろう椅子が横向きに倒れているのがみえた。

 他の場所と変わらず分厚いほこりが絨毯には溜まっており、薄曇りの中でもモワッとほこりが舞い上がるのが見えた。


「げほっ」


 ほこりの舞い散る影で、絨毯に染みた濃い痕が見えた。

 たぶん、魔王の痕跡。

 だれに聞いたわけでもないが、そう想像した。


 そこにあるのは昔の出来事。だが、それだけだった。


「ここにもいない、か」


 ゆっくりと重い扉を閉めた。


 

 エドアルドは一通り眺めて、それぞれの居室の場所を把握すると、もと寝ていた場所に戻った。


 

 手には途中で見つけた戦利品がある。


 一番小さな部屋にタンスを見つけた。

 かつて人が住んでいたのだろう、古めかしいが、タンスの中に肌着と下履きと上着が眠っていた。

 少し小さいが着れないサイズではなかった。

 同じように靴を見つけ、手にして帰った。

 

 

 エドアルドは目線を横にずらし、少し何かを考えるかのように顎に手をあてて、斜め上を見ていたが、「まあいいか」とつぶやき、その場に一気に服を脱ぎ捨てた。

 鍛えられた体躯と、金色に輝く薄い胸毛。きゅっと引き締まった尻から括れのある足首へと続く見事な裸体が晒される。


「どうせだれも見ていないんだし」


 誰かがいるかもしれないという可能性は、今は頭の外に置いて、そして、素っ裸のまま、外へと出て久方ぶりに頭から雨を浴び、こびりついた血を擦り落としたのだった。



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