表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/31

クライ・マスター



 エドアルドが眼球を炎の熱に焼かれ、眼球を包む水分が蒸発していくのを感じた。

 乾ききった目を開けているのも辛く、静かにまぶたをとじた時だった。



 どぅ、となぜか民の間に動揺が駆け巡った。

 エド、と聞きなれた声が群衆の中から聞こえた気がしたが、炎の勢いにすべて巻かれて音さえもなくなる。凄まじいまでの炎。そして、静寂。




 そして。




 

 頭上からパサリという羽切り音とともに、てっぺんから足元まで肌の上を一気に風が駆け抜けた、





「助けてくれと言わないのか」



 

 聞き覚えのある幼い、乱暴な口調が聞こえた。



 そして、今頃、気切れのように焼かれているはずの自分が、なぜかまだ息をしていることに気づく。



 だが、目を開けたくない。



 夢かもしれないから。



 一瞬で、自分は死んで。



 これは自分にとって都合の良い夢かもしれないから。



 だが、いつまでも痛みも来ない。



 観念したエドアルドはゆっくりと目を見開いていく。



 民の視線も。

 王の視線も。

 ジャイーンでさえも。



 エドアルドを見て。



 沈黙して。



 いいや、その上を見ている。



 目線を上に向けると。



 映るのは、見覚えのある灰色の薄汚い塊。



 その塊から、重力に逆らい大きく空に伸びる白い翼が伸びていた。



 ゆっくりと羽ばたき、エドアルドから炎を避けるように頭上に降り立った。



 空に一層大きく白い翼が広がった。



 空を覆うように。




 まるで絵のような奇跡の一瞬。



 

 エドアルドは見上げて。




 なんて、この生き物は美しいのだろうと、気づかず涙が溢れた。




「愛している」




 死ぬかもしれないと思った瞬間、きちんとリュウに告げていなかったこととを後悔した。



 言うチャンスをくれた優しいリュウに心から感謝したい。

 このまま死ぬのだとしても…。

 神は、自分に最後に幸せをくれたのだ。




「ばっ、この馬鹿。何、こんなところで言ってる」




 小声で落ちてきた言葉は今までどおり。



「後悔しないように」



 笑うエドアルドの後頭部に闇が殴るようにホヨンと伸びて、チリという痛みとともに掻き消えた。



「命乞いくらいしたらどうだ。もうちょっと可愛げがあると思うんだが」 



「残念ながら、性分で」



「つまらない」



「はは。つまらないか」



 結局、自分は何をしてきたのか。

 こんな風に王殺しを着せられて、民の前で見せしめのように殺される運命さだめにあったということか。



「ああ。このまま死ぬのもつまらない。だから、あんたをさらって行くことにした」



「は?」



 人の世にはかかわらないのだろう?

 そう聞き返すべきだろうかと、エドアルドはこんなときにもかかわらず冷静に考えた。



 だが、そう告げた瞬間、塊の足元からじわりと隠れていた闇が染み出てきた。

 ほわりほわりと赤い闇に飛ぶ黒い蛍のように舞っては、炎に触れて炎が消える。

 エドアルドの身体の上を這って、いくつか消えて、多くが中に舞う。


 闇が炎を喰らうその光景は、とても不気味で、とてもきれいだった。


 炎が混乱を巻き起こすなら、闇は沈黙を連れてくる。


 雨もないのに消えていく炎を、民はどう感じているのか。


 咳きひとつ聞こえない沈黙をエドアルドは不思議に思った。

 

 そんな騒ぎの中心は、周囲の沈黙など意に介した様子もなく、フードの奥から、王やアイーシャを見下ろしていた。


「あれがあんたのお兄さん、お母さんか」


「そうだ」


「似てないね」


「そうかな」


 似ている、似ていないなどと今まで考えたこともなかった。

 フレッド王がこちらを見ている。

 虚ろな目でかすかに唇を開けたトロンとしたどこか夢現な表情だ。

 アルノーの言うとおり、ジャイーンに術でもかけられたのか、毒でも盛られたか正気ではないのだろう。


 ただ、ふと、こちらに向ける視線に見覚えがある気がした。 


「なんだ。嫌われていたのか」


「さっさと気づけ」


 他人のリュウにでさえ、一瞬で見破られてしまう、薄っぺらな仮面。


 兄は、エドアルドがいなくなることを喜んでいた。


 正気ではないのに。

 正気を失ってなお、兄は、聖王ロアルドに似たエドアルドを疎んじてる。


 

「あれが、お母さんのお兄さんのジャイーン」


 リュウに呼ばれて、ジャイーンがこの距離でも声が聞こえたのか、驚きに目を見開き、リュウを見た。

 

 声をあげるリュウ。


「『ジャイーン』」





「お・う」




 唇がそう動くのが見え、その紫の瞳が昏く喜びに輝いた。


 そして、ジャイーンは座から降り、こちらに向かって静かに頭を垂れた。「よく生きておられました」


 何が起こっている?



 リュウは当たり前のように、こう言った。


「これ(エドアルド)は、おれがもらっていく。いいな」


「畏まりました」


 ジャイーンは一言も反論せずに返事をした。



 エドアルドを拘束していた縄に闇が気まぐれに飛来して、茨が交差したところが消えて、残りの縄が足元にとぐろを巻きながら落ちていく。





「さあ、ついて来い」




 

 イカナイデ、と離れていた闇が舞い上がりその身体にもどっていく。



 人の目には、白い翼と、ただ炎が消えていく光景だけが焼き付いたはず。





 そして、エドアルドはジャイーンを睨んだ。




「わたしはおまえを決して赦さない」




 俯いていたジャイーンの頭がその言葉にゆっくりと上がって、いつもの見慣れた皮肉げな笑みを浮かべて、エドアルドを見た。




「せいぜいメッキが剥がれないように気をつけるがよい」




  
















 

 その日を堺に。



 黄金の王子と呼ばれたエドアルドの痕跡は、史実から姿を消す。






























それから10年余り後―



 ガルドスは王の無秩序な君主政治に振り回され、長く昏迷の時代を迎えることになる。


 圧政に耐えかねた民は、ガルドスの失われた王子に光を見出す。


 彼は、やがて民の力に支えられ、傾きかけていた国を立て直し、その王座に就く。


 その横には、民の前にほとんど姿を見せない小柄な王妃がいたとかいないとか。


 だが、それは、今はまだ別の話である。







 

一気にラストまでアップしました。

この話はここで完結です。


ただ、リュウとエドアルドの出会いを書いてみたかっただけという(爆)

いろいろな謎が全く解けていない状態ですが、

この後、二人は長い二人?謎解きの旅にでかけます。

本編では出てこなかったイチャイチャもあるはず。


少しだけ番外編を用意しています。

番外編をアップし終わったら完結設定をします。

もうしばらくお付き合いください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ