金髪狩
エドアルドは、森を出た後、リエリアの街に居を構えるアルノーの叔父の家の地下に隠れ潜んでいた。
影のおかげか、誰にも見とがめられることはなかったものの、状況は想像を超えて悪かった。
かつて行商の人々に溢れていた街並みが、ひっそりと息を潜め人々が行き交う街に変貌していた。
その街で宿を営む叔父は、訪れたエドアルドに目を細めたものの決して邪険な扱いはせずに、ただ黙ってかくまってくれた。
それは叔母も同じで。
エドアルドはじっとチャンスを狙っていた。
なんとか城にあがり、兄に会う。ジャイーンと交わること無く…それがかなわないものか考えていた。
案内されたのは、地下の部屋。
時折、兵士が監視にやってくるのだと叔父は顔を暗くしながらエドアルドに説明してくれた。
街の人を守るべき存在が、恐怖の存在となった今、エドアルドも見つかってしまえばどうなってしまうことか。
そして、その部屋を出てくるのは、用を足す時くらいのもの。
時折、部屋の中で身体を動かすが、エドアルドには物足りないのだろう。夜はきちんと眠れない。
アルノーの行き先については、エドアルドは叔父には語らなかった。
不要な情報である上、下手に巻き込んではいけないという配慮から。
そして、アルノーが旅立って10日目。
状況は依然変わらないように見えた。
部屋で静かに過ごしていたエドアルドは、ふと森でしていたように目を閉じた。
わぁわぁと、何か声が聞こえる。
聞こえないはずなのに。
神経が研ぎ澄まされたように、外の状況がわかる。
不思議に思い、さらに神経を集中させると…。
それは、身もよだつような光景が広がっていた。
「反逆者エドアルドを捕らえたものには報奨金を出す。エドアルドの特徴は、髪は金で、目は翠。180と長身で、剣の使い手だ。油断するなよ」
そう下卑た笑みを浮かべながら触れを告げる兵士たちが、エドアルドの似顔絵を写した紙を通りにばら撒く。闊歩する兵士の腰には巨大な剣が帯刀され、逆らうものは切るとでも言わんばかりで、通りにいる民は、そんな兵士の姿を嫌そうに眺めている。
どこかで、幼い女の子の声がした。
「エドアルト様はそんなことしない!」
とっさに声をあげた女の子の口を親が青ざめて押さえた。
「っ。今の言ったやつ、でてこいっ」
民は後ずさる。
だが、女の子を差し出すことは決して無い。
「おまえかっ、おまえかっ。おまえなのかっ」
血走った目で、兵士が民を一人ひとり指さしていく。
「なんだ。その目は、国に逆らう気なのか」
正気ではないのは、兵士の方だ。
一人の兵士が剣をいきなり抜き、金の髪をした初老の男に斬りかかった。剣をいきなり向けられた恐怖に凍りついた男の肩から血飛沫があがる。「きゃああああああっ」
店番の女の子が悲鳴をあげた。
「エドアルドは金髪碧眼。年寄りに化けているかもしれない」
兵士が正気を失った声でつぶやいた。
斬られた男がゆっくりと地面に倒れて落ちていく。
「きゃああああああっ」女の子の悲鳴はまだつづいている。
兵士の剣が、カチリと音を立てた。
「おまえらが悪いんだ。エドアルドを匿うから。どうせ隠してるんだろう」
その狂気を孕んだ目は、道を歩くすべての金色の髪に向けられていた。
がたんっ、と椅子を音を立ててエドアルドは立ち上がった。
なんだ、今の映像は。
現実とも思えなお芝居の世界のような…。
「エドアルド様」
階上から、囁く声が聞こえた。
女将だ。
「何かあったのですか」
嘘であって欲しい。その思いで、見上げる。
女将の隣に立つのは、エドアルドの腰ほどの男の子。この宿の息子で、テスという…金髪の男の子だ。
「この子をしばらくおそばに」
その目でわかってしまった。
アルノーの、出かける前の真剣な目が思い浮かび。
ゆっくりとエドアルドは立ち上がった。
時間は十分に貰った。
民が犠牲になる必要はない。
「エド…アルド様」
息子を地下に隠して、兵士の狂気の金髪狩りから匿おうとした女将が目を見開いて、涙をこぼした。
「世話になった。ありがとう」
テスの頭にポンと手を置いて、笑う。「お母さんを守ってやれ」
コクンと子どもが頷いた。
ちょっと垂れた目尻が、昔のアルノーに似ている。
そう思って。笑って。
ふらりと宿の玄関をくぐって、街道に出て。
金髪の男たちに向かって、剣を振り上げた兵士たちの後ろ姿を認めた。
恐怖して、逃げ惑う民。
「民を傷つけるのは止めろ! わたしはここにいる。第二王子エドアルドはここに」
そして、エドアルドは投獄されたのだった。