幼なじみ
次の朝早く、まだ夜も明けきらない時間帯に珍しくリュウが城に入ってきた。
猫のように足音をさせないで現れる。
朝日が開け放たれた扉から影が差しこみ、その影で目が覚めた。
リュウの表情は読めなかった。
「短い茶髪で、榛色したタレ目の長身の男で、目尻にほくろがある男に覚えはあるか?中肉中背だ」
「アルノーだな」
うなづくと、「今、森の入口の近くでさ迷ってる」そう言われた。
「は?」
「ちなみに、早くしないと二度と言葉を交わせなくなることはうけおえるかな。獣と影の二重奏で」
「げっ!」
幼なじみがいるという話はしていた。
だから、教えてくれたのだろう。
手は出さないと言ったくせに、時折親切になるリュウの気持ちはよくわからない。
それでも教えてくれたからには行くしか無い、と即座に駈け出していた。
アルノーはエドアルドの乳兄弟だ。
乳母のエリーが、遊び相手にと3歳年上の自分の子供を連れてきた。
おとなしい兄のフレッドのとアルノーと三人でよく遊んでいた。
物心つくころには、兄には帝王学を学ぶ時間が必要となり、エドアルドは女に夢中になり、アルノーはそんなエドアルドの悪友となっていたが。
目端がきいて、面倒事がキライなくせに、自分には甘い。
「ふーん」
エドアルドの横を、まるで地面をすべるように付いてきながらリュウが気のない返事をした。
リュウは本気で走っているわけではないのだろうが、エドアルドの呼吸は乱れ、アルノーの説明も途切れ途切れである。
リュウの身体能力は正直なところ理解出来ない。
高い動体視力と、獣並みの体力と力。そして、狭い森を全力疾走で駆け抜ける俊敏さ。
どれも常人にはない。
まあ、リュウに言わせれば、こんなのまだ遅い、というところだろう。
手助けしてくれるわけではないのだろうが、この森で付いてきてもらえるのはありがたかった。
リュウが横でふと立ち止まり。
きょろとあたりを見回した。
そして、クンと鼻を動かし、木立の間の何もない隙間を指さした。
「あっちだな」
「よくわかるな」
「ルアディラの花からとれた香水をつけてるな。臭いぞ」
これまで香水を付けていることで、上品だとか、素敵とか言われたことはあるが、臭い、とは。
思わず苦笑してしまう。
ルアディラは、貴族に愛されている花の一つだ。
春に咲き誇る薄紫色の花びらを壺いっぱい集めて、ようやく一滴だけとることができる香水。別名、愛の雫。
それを。
「笑ってないで、早くいってやれ。影に襲われてるぞ」
いささか呆れたようにリュウが言った言葉に、思わず顔色が変わった。
「まずい」
エドアルドは右手に剣を抜き放ち、木立の隙間に突進していった。