かわいい生き物
エドアルドは少し変わっているらしい。
正体を見せたあの日から、リュウからはいつも言葉の3点セットをもらう。
「おれに寄るな、触るな、近寄るな!」
抱きしめたいとか可愛いねとか、女の子が喜びそうな甘い言葉を囁いても、
「口を閉じてろ」
黙って、かわいいなぁとながめていたら、
「見るな。変態が感染る(うつる)」
やはり男の子というのは難しいなぁ、と思って、試しに一緒に水浴びでもと言ったら。
捨て台詞は。
「この変態が!」
なんだか他のやつに言われたら腹が立つようなセリフも、リュウに涙目で言われるのと嬉しい。
しかし、まじめにそんな感想を述べるものだから、余計に後退られてしまう。
もっとも、リュウには闇を操る力があるのだから、それで本当に嫌ならエドアルド遠ざけてしまえばいいのだと思うのだが、それをしない。
理由を聞くと。
「そんなことをしたら、おれはおれでなくなってしまう」
リュウの闇は、魔物たちがかつて持っていたものと同じ力ではないかとエドアルドは考えていた。
だが、リュウはそれを安易には振るわない。
まして、気まぐれなのか、それとも故意なのか、森にいる影を吸っている。
エドアルドが触れたときと違い、影は散るわけではなく吸い込まれていく。
それがどういう意味なのかは、エドアルドにはわからない。
ただ、森が生気を取り戻してきているのは確かだった。
そういえばと思い出し、手の色が変わった不思議のことを尋ねれば。
影が移動できるように、闇も移動することができるのだとあっさりと教えてくれた。
「時々うまくいかないときがあるけど、前よりましになった。ほら」
見せてくれたのは、濃密な闇の蛇の文様。
それが、右手から右肘を伝い、肩へ。やがて、首筋を被い、左手へゆっくりと這うように移動していく。
ガルドスの民とは違う、薄い小麦色のキメの細かい肌の上を。
ゾクリと腹の内が震える。
その手のひらに収まってしまいそうなほど細い手足。
引き締まった触り心地のよさそうな肌。
幼い顔はエドアルドの手の平のなかに収まりそうなほど小さい。
もし、口づけたら、リュウはどんな反応を見せるだろう。
無粋な服も脱がせて、花を散らして。余すこと無く口づけて自分のものだと、主張させたい。
そんなことをきわめて真剣な顔をして考えていたら、闇を移動させたリュウが。
「この闇は生きている者に触れたら、生気を吸い込んでしまう。あんたも、わかったんだからもう二度と触るなよ」と言った。
だが、触るなと言われても、手を握りたい、顔に触れたい、肌に口づけたい。
この気持ちをなんと呼んだらよいのかわからない。
「闇には触れなくてもいいが、他の場所はいいだろうか」と真面目に尋ねると。
「その変態っぷりはなんとかしたほうがいい」
と、エドアルドに負けないくらい真顔で、しみじみと諭された。
「しかし、あんたがおれの蛇に触れたときはびっくりした。おれの足をつかんだ瞬間にものすごい声で叫んで、気を失うからてっきり死んだかと思った。死んだなら仕方ないから、気休めに顔でもぬぐってから埋めようと思って、汚れを拭いていたんだ」
そうしたら、生きていたということだ。
それはさぞかし驚いたことだろう。
しかし、そうか。あの時、顔を冷やされていると思ったのは、埋葬されるところだったのか。
今更ながらに自分の目覚めのタイミングの良さに感謝する。
「でも、あんたは、おれの闇に触れて死なななかった」
たいていの生き物は、こうやってリュウと一緒に長く話すこともできない、らしい。
リュウは抑えているらしいが、闇の力があまりにも大きくて、一所にいると他の生き物の気をわずかずつ無意識に吸い取っていってしまうらしい。
この森の生き物もリュウには近寄らない。絶対的な力の差と、闇に怯えるのだという。
それに。
「この森は瘴気に満ちている。正常な人間なら、一刻ももたずに正気を失う」
だから、気をつけろとリュウは言った。
影は瘴気の塊なのだ。
だが、リュウに寄ってくるのは生気のない影ばかり。
「ああ、それと変態」
さりげに嫌みを言われても、エドアルドはまったく気にせずに、小さく笑った。
自分の体調を考えて、別に変なところはない。
めまいもしないし、気を吸われる感じもない。
正直にそう言うと、それはロアルドと同じ聖なる力のおかげだと言う。
「あんたの力は奇跡だよ」
その言葉に含まれた真意がわかるのは、もう少し後の話。
こちらでは、はじめて感想いただきました
ありがとうございました <(_ _)>
お話もようやく少しだけ甘いシーン。
もうしばらくおつきあいくださいませ。