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ノーモアクライ



    


 これから自分はどうなるのだろう。

 喰われてしまうのかもしれない。

 闇の手に目線を貼りつけたまま、その闇に吸われる自分を想像してゾクリと身を震わせた。


 リュウがゆっくりと口を開けた。


 その口元をエドアルドはじっと見つめていた。


「自分がどうしてここにいて、何者かなんて、気が狂いそうなくらい考えた」


「殺さないのか」


「どうしておれがあんたを殺すと思うんだ」


 不思議に思うと、あっさりと言われた。

 路傍の石を眺めるような視線で。


「どうしてだ」


「なぜ?なぜって…」


 無邪気にリュウが笑った。

 どこか狂気の混じった顔。


「そんな必要がどこにある」


 矛盾している。

 闇の力を持つ者は、魔物。

 生き物の生気を啜り、闇の世界を広げるためにその力をふるう。

 だが、リュウはいずれにも当てはまらない。


「だが、あんたが殺してくれと懇願するなら、おれがあんたを殺してやってもいい」


 一瞬で縊り殺してやるよ。

 

 その笑みを潜めた能面のような表情にエドアルドは知らず恐怖を覚えて、首筋を撫でた。


「だれが懇願などするものか!」


 逡巡のためらいもない回答。

 腕の一本や二本は折られるかと覚悟しての回答だった。


 …だが、いつまでたっても、気配は動かない。

 

 不思議に思って、顔をあげると。


 張り詰めていた雰囲気が、ふ、とリュウが表情を和らげることで一変する。


「それなら生きればいい」


 エドアルドは何を言われたのか理解できずキョトンとした。


「だが」


 チリと眉尻をあげて。


「もう一度でもその顔で、その声で、おれのことを魔物と呼んでみろ。二度と立てないくらいあんたのケツを蹴りあげてやる」

 

 そして、花のように鮮やかに笑った。


 それを見た瞬間。

 エドアルドの心臓が、激しく動悸を始めた。


 簡単に殺せる相手を殺しもせず。


 毎日、面倒な狩りをして。


 自分の正体がバレたら、罵られるのを分かっていて。


 このわたしを助けたのだというのだ。


「何かまた言いたげな顔をしている」


 リュウが鼻にシワを寄せた。

 

「あんたはなんでも難しく考えすぎだ」


 これは魔物に諭される内容だろうか。

 だが、そう言って口を尖らせ、斜めにエドアルドを見上げる。その上目づかい。



「そんなに可愛い顔をしないでくれ」



 言われた本人も、言った本人もびっくりしていた。

 たっぷり一分は動きが止まっていただろう。


 いま、自分は(わたしは)何を言われた(言った)のだ(か)。



「は?」



 そして、さきほどまでの一触即発の雰囲気はどこへやらで。

 意味を理解して、みるみるうちにリュウの顔が真っ赤になっていく。「ばっ。ばか。何を言って」


 なんだろう。

 このたまらない生き物は。

 エドアルドの言葉に恥ずかしがって。

 これで魔物だと言われたら、確かに魔物なのだろう。

 エドアルドの繊細な心が千々に乱されて。


 簡単に奪われた。



「ばけものと呼んで悪かった」



 そう囁いたとたんに、目の前のリュウの大きな両目が一瞬見開かれ、たちまちに雫が浮かんだ。


 そして、ぽろぽろと大粒の雫をこぼしはじめる。


 声もなく、涙を流すその表情は仮面でもなく、まるで幼い子供のようだった。


 裏も表もなく。


 無垢という言葉が似つかわしい。


 うつくしい涙。


「泣かないで」


 言われて始めてリュウは自分が涙していることに気がついたのだろう。


「ああっ。なんだこれ。目から水が」


 ごしと目を手のひらで拭う。

 泣いたことがないのだろうか。


「なんだか自分でもよくわからないんだが、とりあえず抱きしめてもいいか?」


「はっ?」


「触りたい…ような」


「来るなっ」


「大丈夫」


 安心させるように囁きを繰り返す。

 エドアルドはささやくうちに、自分の中にある衝動がなんなのか理解しはじめていた。


「わたしは嫌がる子供を手篭めにするようなひどい大人ではないよ。それに、うん。男の子ははじめてだから、お互いに気持ちよくなるためには勉強してからにしようね」


 闇の部分に触れたら、痛いけれど、そこに触らなければ大丈夫だし。


 怖がらせたらいけない。

 そう思い、細心の注意を払いながら優しく言ったつもりだったのだが。


 リュウの顔がみるみるうちに、青ざめていく。、



 何か、エドアルドは変なことを言ったのだろうか。





「変態かっ!!!!」






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