子供の正体
「なんで来たんだ」
いかにもつまらなさそうな声があがった。
この結末がお気に召さなかったのだろう。
だが、他にどんな結末を望んでいたというのか。
あの鳥のようにいつかエドアルドの生気を抜き、影を作ろうとでも考えていたのか。
「手が」
見れば、今、鳥を掴んでいるのは、白い右手。
目撃したのは、闇の右手。
どちらが本当に見たものなのか。正しいのか。
自分の目も疑わしい。
その鳥がエドアルドの前に投げ出された。
「晩飯のつもりだった」
触ると、激痛が走った。
その理由は?
闇の塊を払うときに、ピリと痛む。
それと同じ理由では?、となぜ考えなかったのか。
姿を見せない理由が、醜いからと言ったのは。嘘ではないのかも知れない。
だが、容姿が醜いからと考えたのは、エドアルドだった。
「ばけもの…なのか」
声が震えて、先ほどと同じ言葉を紡ぐ。「答えろ!」
「聞こえてるよ」
影に住み着き、生気を吸い取る東の魔物。
先程見たのは同じ技?
滅ぼされたのではないのか。
すべて。
「それとも…魔物とか」
リュウが頭を振った。
「あんたみたいなのをなんていうのか知ってるか。恩知らず、だ」
声は氷のように冷たく、そしてエドアルドの身体を凍りつかせた。
「魔物なんかにだれが助けて欲しいと思うものか」
「はっ」
嘲るようにリュウの声があがった。
「誰か、を期待したくせに」
「人、ならな」
「魔王の城に住むのが、単なる人であるか」
嘲るような声音だった。
「おまえは人ではないだろう」
答えは沈黙だった。
それは、是ととれた。
こんな森に子どもが一人でいるということがどういう意味なのか。
すべてには理由がある。
さきほどのが見間違いであればと思う。
だが、焼き付いた姿はそう簡単には消えない。
その疑問を解消するかのように、リュウは無言のままに布の縁に手をかけ、一気に布を取り去った。
そして、エドアルドから数歩の距離のところに、自分の半分くらいの背の幼い容姿の子供が立っていた。
子供、というのは正確には正しい表現ではなかった。
短く無造作に切られた漆黒の髪と大きな瞳。
首を丸く切り抜いて簡単に縫っただけのシャツに、細い足がむき出しの短めのズボン。
そして。
真っ直ぐな黒髪の隙間からのぞく大きく尖った右耳。
赤に輝くネコ科の猛獣のもつ左の瞳。
背中からゆっくりと広がっていく、真っ白な羽。
そして、肩から肘まで闇に覆われた右手。
その闇から漂う瘴気の濃さは、今まで気づかなかったのが不思議なくらいだった。
気を失わないでいるのでいっぱいいっぱい。
聖なる力で闇を払える?
バカも休み休みに言え。
あんなにも深い闇を払うことなんか、できるはずがない。
この強大な存在。
それなのに、小首をかしげるその姿にエドアルドは腹のうちがゾクリと震えて。
「くそっ」
浮かんだ奇天烈な想像を、悪態を呪文に封印した。
理性は全身で否定する。
なのに、万が一でも、コレを…とか…思うなんて。
本能がおかしくなってるんじゃないのか。
魔物、なんだぞ。
こいつは。
そう思わないと、わたしがかわいそうだ。
「おまえは…何者だ」
混乱を隠しきれ無いエドアルドの前で、リュウの自分を誘っているとしか思えない、その桜色の唇が動いて。
笑った拍子に、唇の端から尖った犬歯がのぞいた。
エドアルドはその笑みを見て、今度こそ息を止め。
「そんなこと、おれが一番ききたい」
からからと、まるで骸骨がお互いぶつかって出すようなひどく乾いた笑いをリュウは立てた。