クライ・モンスター
かなり速い。
エドアルドはリュウの遠ざかる気配を駆けるように追いながら、肩で息をしていた。
あんなに幼い子供なのに、なぜこんなに早く動けるのだろうか。
ああ、だめだ。これ以上、動かれては離されてしまう。
またにするか。
次の機会はいつくるかわからないが、リュウを怒らせる別の話を考えなければならないと思うと少し憂鬱だった。
エドアルドはリュウを騙したいわけではない。
ただ真実を知りたいのだ。
リュウはエドアルドを城に留めているわけではない。
エドアルドはすでにかなり回復していたし、望めばすぐにでも森から出ることはできた。
何回目かの話で、たいていの影はエドアルドの光を恐れて、出てこないこともわかったからだ。
蜘蛛の子を散らすように逃げていくんだよ。
あれは壮観だよ。
そう、また、何かを思い出すような口調で語るリュウに、エドアルドはただ「そうか」と答えた。
口調があまりにもそっけなかったからだろう。
なぜ怒ってるんだ?とリュウが不思議そうに聞いてきたけれど、理由は自分でもわからなかった。
リュウのことを知りたい。
正体がわかれば、少なくとも、なぜ、こんなにも気になるのか、その理由の一端が明らかになる気がした。
よく考えれば、ばからしい。自分の気持だというのに。
参考までに、狩りを見てみたいと言ったら、激怒された。
絶対に来るなと言い。
来たら、絶交だと告げた。
絶交。
どれだけ子供なんだ。
騙すようで悪い、そう思ってリュウを追いかけていた足をエドアルドは止めた。
あれほどリュウが怒るのだ。
盗み見のようなマネは止めよう。
そう思った瞬間だった。
「今日はあれにしよう」
聞き覚えのある声が、すぐ近くから聞こえた。
急いで、エドアルドは姿を木の幹の裏に隠す。
「食い気だけはあるんだよな」
わたしのどこに食い気があるんだ!そう憤ったが、その言葉のもつどこか甘い響きに怒りも和らぐ。
エドアルドが食べているときに、リュウに鳥がおいしいなと言ったら、次の日から鳥ばかりになったことはエドアルドの記憶には新しい。
その一方で、リュウ自身は食べているのかいないのか。
エドアルドが主に過ごしているホールに、リュウは必要以上に近寄ってこないため、その実態はつかめない。
エドアルドは視線を上に向けた。
枝に大きな鳥が止まっていた。
名前は知らない。
茶色の、身の引き締まった、鋭い爪を持つ…鳥。
翼を広げれば、リュウなど一瞬でさらわれてしまうだろう。
「ごめんな。きちんと食べるから」
寂しそうにつぶやかれた言葉。
次の瞬間、ザワリと全身の毛が総毛立った。
い、きができない。
黒い何かが、遮られた視界の片隅から、鳥の影に伸び。
枝に止まっていた鳥の影がみるみる小さくなっていく。
次の瞬間。
ドサリと鳥が落ちていた。
武器など必要ないと言っていた。
何が起こったのか、エドアルドには理解できなかった。
リュウが鳥に近寄って、鳥の足を掴んで、拾い上げる。
鳥はすっかり見慣れたいつもの姿に。
そして。
黒い塊。
鳥の下から、滲み出したのは、エドアルドのすっかり見慣れた、この森に数多いるという…影。
まだ、小さくて、ホワンと淡い黒い闇をあたりに撒き散らす。
あれが瘴気だとは、言われなければ気付かなかった。
リュウは気づいていないのだろうか。
その影に。
自分で、影が人を好むと言っていたくせに。
「あぶ、な」
助けなければ。
そう思うのだが、先程の何かの衝撃で足がうまく動かない。
舌も思うように、言葉を紡げず。
「おいで」
その声音の優しさと。
見えたのは、はじめてのリュウの手。
昼間で…日差しも差し込んでいるのに。
自分の目を疑う。
真反対のような、それは闇色。
黒い塊に手を伸ばした…のは…同じ色の人の手を形をした何か。
影が人の手の形をした闇から一瞬逃れるように舞い上がり、風が吹きあがった。「こらっ」
エドアルドが思わず目を瞑るほどのつむじ風。
そして、目を開けたとき。
エドアルドが散らすのとは違い、闇の塊は何度かゆらめき、指先から吸い込まれていった。
そして、ちらりと見えたその姿を見た瞬間に身体に震えが走った。
― 影のこと。おれにはわかるんだよ。
今のは…なんだったのか。
人なのか?
知らず。
恐怖を感じて。
後ずさり。
葉が擦れて。ガサリと音がした。
エドアルドがはっとした時は遅かった。
リュウが顔をあげて。
振り向いたときは、そこには姿はなく。
気づかれたかと思って、逃げるために動きかけたとき。
目の前にリュウの姿を認めた。
手には、先程みた鳥をもって。
「ばけもの」
意図せず、声が零れた。