懇親
リュウと会話を交わして、数日が過ぎた。
ずいぶんと警戒していたリュウも、少しはエドアルドに慣れてきたのか、呼んでも簡単に現れるわけではないが、呼んで現れる回数は5回に1回。距離も一馬身がロバ程度に縮まってきた。
それでも、最初の時のように手に触れられるところには近寄っては貰えなかった。
最初の掴みが失敗したらしく、自分に近寄るとあの瞬間を思い出すと言っていた。
久しぶりに人に触られたと言い、あんたの手も大きいんだね、とつぶやいた。
手も、と誰かと比べるようなその口調に、エドアルドの胸を意味不明な痛みがチクリと横切った。
リュウは、驚くほど知識がないのかと思えば、そうでもないところも感じる。
いったい何歳なのだろう。
いつまで経っても、とろうとしない布の被り物が自分とリュウを遮っているようで腹立たしく目を向けると。
おれの姿は醜いから人には見せられないんだよ、とさらりと言った。
醜いから、村から捨てられたというのだろうか。
「おまえはどこの村の出身だ」
オルハ、ワーテル、ヨカンナ…と適当に村の名前をあげると。
「んー、ワーテル?」
「そうか。ワーテル村の、なんという母親だ」
「アリアだったかな?」
尻上がりの疑問符付きの回答に、エドアルドは眉尻を下げた。
「きみはうそを付いている」
「なんでだよ」
エドアルドは不勉強な方ではない。
ただ、本に向かうよりも、現場が好きというだけで。
そのせいか、ガルドス国のすべての村の名前は頭に入っていた。
だから。
「ワーテル村というのは存在しない」
「ひっかけたのか」
リュウの声音が少し憤った。
きっとエドアルドをごまかそうとしたのだろう。
自分が安堵する方法で。
だが、リュウの声とは対照的なほど静かなまなざしで、エドアルドはリュウと名乗る子供を見つめた。
「きみは誰だ」
「失敗したか」
結局、リュウは何も名乗らずに逃げるように立ち去った。
騙すように、その正体を突き止めようとした自分も悪いのだろう。
だが、一緒に過ごせば過ごすほどその正体が気になる。
「何者なんだ」
毎日、こまめに届けられる獣の死骸。
まるで動物の求愛行動のようだな。
森には追手が居ないとわかって、足の怪我も治り、体調の戻ってきたエドアルドも狩りに出たが、途中見かけた野ネズミ一匹捕らえられず城に戻った。
確かに、剣ひとつで野生の動物を捕らえるなど、困難を極める。
狩りの遊びの時でさえ、何人かで馬を駆るのだから。
だが、リュウは武器を持っていない。
剣を持つエドアルドには、リュウのあの布の下には何の武器も隠し持っていないことを確信していた。
そんなリュウが、どうやって獲物を捕らえているのか。
気になって、置かれた獲物を眺めたが不思議なことに血抜きの措置以外、どこにも傷がない。
ちょっとしたコツがあるんだよ。
そう誤魔化し、教えては貰えなかった。
リュウの狩りを見てみたい。
エドアルドにとっては、それは単純な好奇心だった。
リュウがいつ狩りをするのかは、分かっていた。
昼間だ。
なぜなら、鳥は夜は飛ばない。
リュウはやさしい。
エドアルドに食べ物を与えるために、あんなことのあった後でも狩りに出掛けるだろう。
そして、エドアルドに届けに来るのは夜、寝静まってから。
自分を騙したエドアルドと顔を合わせたくないと思っているだろうから。
エドアルドはリュウのそんな心理を読み取っている。
狩りを見たらまたリュウは怒るのだろうか。
その瞬間を思い、エドアルドは、つかの間視線を遠くにやった。
「ああ、動き出したか」
最近、リュウの気配がわかるようになってきた。
相変わらず、音もなく動くのだが。
神経を研ぎ澄ますと、周囲の壁を突き抜けて、あたりの様子がぼんやりとした光りに包まれて、その中を影が移動していくのがわかるのだ。それがリュウだ。
これも聖なる力のおかげだと、リュウに言わせれば、そうなるのだろう。