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リュウ




 エドアルドは、崩れ落ちるように寝て、その日を過ごしてしまったらしい。

 らしいといのは、目覚めたとき、空が青かったこと。

 日差しが低いことから、朝だと自覚したことからそう判断した。

 徐々に明るさを増していく空をエドアルドは恨めしく見上げた。


 本当は昨日でも動きはじめ、体力をとりもどしていくはずだったのに。

 ごろんと横に転がり、焚き火の跡をにらみつける。

 

 また腹が空いている。


 それも腹立たしかった。


 地面に置かれた鳥が2羽。


 あのリュウと名乗る子どもが置いていったに違いない。


 そして、昨日までは無かった場所に木の器が置かれている。

 上体を起こすと、なみなみと注がれた水が目に捉えられた。


 その瞬間、自分でも信じられない速度で手を伸ばし、疑うこと無く一気に飲み干していた。


 喉も乾いていたらしい。


「ふぅ」


 喉が潤され、一息つき、エドアルドは葉の上にあぐらをかいた。


「いるんだろう。リュウ」


 叫ぶが、想像通り返事はない。


 痛みは昨日よりはずいぶんとマシになっている。

 だが、消えたわけではない。


「わたしはこんなところでのんびり鳥を焼いている暇はないんだ」


 シーン。


 くそっ。


 想像通りの展開に、だがやむを得ず、エドアルドは城から逃げてきた経緯を大声で説明した。


 その間、自分の話す声以外、息つく音一つ聞こえなかった。


「…というわけなんだ。今すぐにでも、ジャイーンの追手がこの城に来るかもしれない。きみの本気か、冗談かよくわからない手助けにのんびりと合わせて付き合う時間はないんだ」



 …。



 …。




 長い沈黙だった。


 だが、エドアルドには今の話をリュウが聞いていると確信していた。

 

 

 朝の光を遮るように、昨日と同じ布の塊が現れる。



「ようやく出てきたか。いたずら小僧」



 にやりとエドアルドが王子らしくない笑いを浮かべる。

 少なくとも、すべて幻ではなかった。

 自分が正気であることがわかった安堵の意味も含めていた。



「あんたの伯父さんはここには辿り着けない」



 ひっそりとその声は紡がれた。


「なぜだ」


「あんたも見ただろう。ここには…この森には、影がいっぱいいるんだ」


 見た…と言われて首を捻り。

 それが、闇の塊のことを指すと分かってうなづいた。


「あれか。だが、わたしが逃げてくるときは、そんなに見なかったぞ」

 

 自分が消したのも、ひとつだけ。


「あんたには影はそんなに近寄らないよ。だけど、あの夜は、あんたも追手も血の臭いがしたから。獣が騒いでいた。この森の獣は、影が血の臭いに引き寄せられると知っているから、簡単にはそれには近づかない。あんたを追っていた人たちは、影に喰われたよ」


 リュウはその様子を見ていたのだろうか。

  

 エドアルドの疑問が顔に浮かんでいたのだろう。


「この森のことは、おれには分かるんだよ。教えてくれるから…だけど…あんたに信じて欲しいわけじゃない」


「なるほど。新しく来る追手もその影が足止めしてくれているというわけか」


「久しぶりに人の血を思い出した影が凶暴化して、人が入ってくるのを森の傍で待ち構えているんだ」


 エドアルドは、あの闇の塊が複数固まって、森の入口にたむろしているところを想像してゾッとした。

 子どもが間違って入っても、消えてしまうかもしれない。


 神隠しとか、そういう風に呼ばれるのは、あの闇の塊のせいだったのかもしれないのだ。


「どうして森に逃げてきた」


「さっき言っただろう。他に逃げ場がなかったからだ」


 リュウの表情はわからない。だが、その口調は駄々っ子のようで、エドアルドは自分の選択がリュウを苛立たせているとわかった。


「影に喰われていたのは、あんただったかもしれないのに」


 ああ。ちがった。

 リュウは、エドアルドのことを心配していたのだった。


「あんたが聖なる力を持っていなかったら」


 聖なる力?_

 ロアルドが持っていたという、闇を払うアレか。

 

 うっすらと認めかけていた事実に、あっさりと答えを言われ、軽く肩をすくめた。


「影に喰われるなら、わたしもそこまでの運命というこだ」


 唯一の救いは、ジャイーンがいつまでもエドアルドの死体を見つけられず、自らの兵士を犠牲にするだろうということだけ。

 自分では出てこないだろうから、救いではないか。



 リュウという者の言葉を信用するなら、心配は杞憂ということ。


 

 ジャイーンの追手は来ないのではなく、来れないということ。



 今は他に答えがないので、とりあえず、本当のことと仮定する。



 そして、もうひとつの疑問。


「どうしてわたしを助けた。ほうっておけば、きみの静穏な生活を乱されずに済んだだろう」


 少しだけ怯んだように、リュウが後退った。


「だって……見捨てられるわけないじゃないか」

 

 ぼやくようにつぶやかれたその声は歯がゆそうで、どこか悔しそうだった。

 この状況を決して良しとしているわけではないようだが、見捨てられるということもなさそうだ。

 リュウの正体が、村の子供なのか、なんなのかは置いておいて、少なくとも敵ではないということにする。


 仮定その2。

 

「もう一つ」


「質問が多いね」


「今度は質問ではない」



 エドアルドは困ったように首を傾げた。



「簡単に火を熾す方法を教えて欲しい」



 その瞬間、ぐぅぅと主人よりも正直なエドアルドの腹がリュウの声よりも早く返事をした。 

 




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