第7話:厚顔無恥な来訪者
隣の区画の検問所に、場違いなほど豪華な魔導馬車が止まった。
降りてきたのは、かつての私の夫——ライオスだ。彼は周囲の劣悪な環境に露骨に顔をしかめ、ハンカチで鼻を押さえながら、案内役の兵士を怒鳴りつけていた。
「アリアはどこだ! さっさと呼び出せ。この私が直々に迎えに来てやったのだからな」
その傲慢な声が、執務室にいた私の耳にも届いた。
私はペンを置き、隣で図面を見ていたカシム様と視線を交わした。
「……会う必要はない。私が追い返そう」
カシム様の低い声に、私は首を振った。
「いえ。一度だけ、ちゃんとお別れを言わなくてはいけません」
私たちは検問所の広場へと向かった。
私の姿を見つけた瞬間、ライオスは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、汚いものを見る目でカシム様を一瞥した。
「おい、アリア。もういいだろう。こんな掃き溜めでのボランティアごっこは終わりにしろ。お前がいなくなってから、ギルドの書類仕事が少し滞っていてな。特別に元の地位……いや、その一階級下で雇い直してやる。感謝しろ」
その言葉に、私は呆れを通り越して冷ややかな感情を覚えた。
この人は、まだ分かっていない。
「ライオスさん、お断りします。私はもう、あなたのギルドの人間ではありません」
「……何だと? 分かっていないようだな。お前の実家はうちの傘下だぞ? 私に逆らえば、あの一族がどうなるか……」
「それは無理な相談だな」
カシム様が私の前に一歩踏み出し、ライオスの言葉を遮った。
その手には、数枚の公文書が握られている。
「ライオス建築ギルド。貴公のギルドは、度重なる構造欠陥と裏金工作により、現在、地下都市共同管理会から査察を受けているはずだ。そして先刻、貴公の傘下にあったアリア殿の実家事務所は、我が区画がすべて債権を買い取り、独立させた」
「な……っ!? なぜ、そんな金を貴様が持っている!」
「君がアリア殿を追い出すために、私に要求したあの『裏金』だよ」
カシム様は冷酷に言い放った。
「君が私利私欲のためにせしめたあの金が、回り回ってアリア殿の家族を救い、君を追い詰める刃となったわけだ。皮肉なものだな」
「う、うるさい! アリア、戻ってこい! これは命令だ! お前のような女、私がいなければ一生暗い通路で泥を啜って……」
「ライオスさん」
私は彼を真っ直ぐに見つめた。
「私は今、この区画の皆さんと一緒に、新しい『街』を作っています。一寸の無駄もなく、けれど誰もが笑って眠れる場所を。あなたの言う『芸術』に、人は住めない。……さようなら、かつてのギルド長」
「待て! 行かせるか!」
ライオスが私の腕を掴もうと手を伸ばしたが、それよりも早く、カシム様の合図で兵士たちが彼を取り囲んだ。
「不法侵入、および重要建築士への不当な接触。……摘まみ出せ。二度とこの区画の門を潜らせるな」
「放せ! 私はライオスだぞ! アリア! アリアーーッ!」
引きずられていく元夫の叫びが、遠ざかっていく。
隣で、カシム様がそっと私の肩を抱いた。
「……怖くはなかったか?」
「はい。それよりも、早く次の図面を引きたいんです。もっとたくさんの人を、暖かく迎え入れるために」
私は、二度と後ろを振り返らなかった。
視線の先には、私がこれから作り上げる、希望に満ちた地下都市の設計図が広がっていた。




