第6話:崩れゆく砂上の楼閣
「……どういうことだ。なぜこれほどまでに苦情が来る!」
アリアを追放してから数日。ライオス建築ギルドの執務室には、ライオスの怒号が響き渡っていた。
彼の前には、山積みの報告書と、怒り心頭のスポンサーたちが並んでいる。
「ライオス長! 先日完成した貴族向けの邸宅、地下水の染み出しが止まらないぞ! 以前はこんなことなかったはずだ!」
「我が区画の商業ビルもだ! 導線が悪すぎて客がパニックを起こしている。アリア夫人がいた時は、もっとスムーズに空間が回っていたのに!」
ライオスは顔を真っ赤にして反論した。
「うるさい! あの女はただの雑用だ! 現場の微調整など、他の職人にやらせれば済むことだろう!」
だが、ライオスは気づいていなかった。
彼が「芸術」と称して描いた、無理のある構造。その歪みを、現場でミリ単位の計算を駆使して修正し、実用可能な形に落とし込んでいたのは、すべてアリアだったのだ。
彼女がいなくなった瞬間、ライオスの建築は「住めないただの石の塊」に成り下がった。
さらに、彼を追い詰めたのは隣の区画——カシムの動向だった。
「報告します! 隣の区画へ売った『移住枠』の裏金ですが、カシム殿から返還請求が届いています! 『もう枠は不要だ。こちらには最高の建築士がいる』と……!」
「何だと……!?」
ライオスは椅子を蹴り飛ばした。
あの瀕死だったはずの隣の区画が、なぜか息を吹き返している。それどころか、こちらの区画から「アリア様がいるなら、あちらに移住したい」と言い出す住民まで現れ始めたのだ。
「アリア……あの泥臭い女が、あんなゴミ溜めのような区画を立て直したというのか?」
ライオスの中に、初めて焦りと、醜い独占欲が湧き上がる。
あんな女、いつでも連れ戻せると思っていた。跪いて謝れば、また自分のために泥にまみれて働くはずだと。
「おい、すぐに使者を出せ。アリアに伝えてやれ。『特別にギルドに戻ることを許してやる』とな」
彼はまだ、自分が捨てたものの本当の価値を理解していなかった。
一方その頃、隣の区画の迎賓館。
アリアは、カシムによって用意された清潔な寝室で、初めて「人間らしい夜」を過ごしていた。
「……アリア殿、少し良いか?」
ノックの音と共に現れたカシムの手には、ライオスが出した豪華な装飾の手紙ではなく、この区画で採れる最高の茶葉を淹れたカップがあった。
「今日、ライオスから君への帰還命令が届いた。……が、私はそれを破り捨ててきた。君をあのような男に二度と近づけたくはない」
カシムはアリアの前に腰を下ろし、その柔らかな手を再び取った。
「ここにいてくれ、アリア。君には次に、この区画の中心部……『天空庭園』の再開発を頼みたい。君の設計で、この暗い地下に本物の光を灯してほしいんだ」
「カシム様……」
アリアは微笑んだ。
元夫からの高圧的な命令など、もう今の彼女には届かない。
自分を必要とし、正当に評価してくれる人のために、アリアは新しい図面を広げた。




