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第4話:暗闇に差し込む光

 冷たい石畳の感触が、手のひらに伝わってくる。

 荷物一つ持たされず追い出された私は、かつて自分が人知れず作った、あの「柱の裏の避難スペース」の前に立ち尽くしていた。


「あ……ああ……」


 そこにあったのは、無残に破壊された壁と、行き場を失って震える人々の姿だった。

 ライオスの言った通りだ。彼にとって、私の設計は排除すべき「異物」でしかなかった。


「……何のために、頑張ってきたんだろう」


 頬を伝う涙が、砂埃の舞う地面に吸い込まれていく。

 夫の美学を支えるために、自分の技術を押し殺し、雑用に耐えてきた。

 けれど、結局私は誰一人救えず、居場所さえ失った。

 地下都市の空気は淀み、息苦しい。

 希望なんて、どこにもない。

 そう思って項垂れた私の指先が、ポケットの中で硬い感触に触れた。

 ——カシムから渡された、あの『黒い石板』だ。


「……あ」


 その石板が、淡い青色の光を放っていた。

 まるで見守ってくれていたかのように、私の涙が触れた瞬間に震え出したのだ。

 同時に、背後から硬い靴音が響く。


「……やはり、ここか」


 聞き覚えのある、低く落ち着いた声。

 振り向くと、そこにはあの時と同じ外套を纏ったカシムが立っていた。

 ライオスに大金を積まされたはずの彼は、満足げな様子など微塵もなく、苦渋に満ちた表情で私を見つめている。


「カシム、様……。どうして、ここが……」

「君がライオスから絶縁されたと聞いた。あの男は愚かだ。自分の足元に、どれほどの至宝が転がっていたかにも気づかぬとはな」


 カシムは私の前に膝をつき、汚れきった私の手を、汚れなど一切気にする様子もなく両手で包み込んだ。


「アリア殿。我が区画はもう、秒読み段階だ。今この瞬間も、人々は限界を超えた過密状態で、窒息の恐怖に怯えている。……我が区画の民を救えるのは、ライオスの『芸術』ではない。君の『慈悲の設計』だけだ」

「でも、私は……クビになった、無能な建築士なんですよ?」

「いいや、違う」


 カシムは力強く首を振った。


「君は、空間の概念を書き換える唯一無二の救世主だ。……頼む。我が区画へ来てほしい。君の図面が引かれる場所を、君自身の聖域(居場所)にすることを誓おう」


 その言葉は、凍りついた私の心に、初めて温かな灯火を灯した。

 私は、カシムの目を真っ直ぐに見つめ返す。


「……分かりました。私を、必要としてくれるなら。一人でも多くの人を救うために、私の全部を使います」

「よく言ってくれた。さあ、行こう。君の『真の仕事』が待っている」


 私はカシムの手を取り、立ち上がった。

 振り返ることはしない。

 この瞬間、私は「夫の道具」であることをやめ、一人の建築士として、滅びゆく区画を救うための戦いに身を投じることを決めたのだ。

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