第25話:深淵の女王と、唯一の守護者
地下都市連合の全区画が、まばゆいばかりの魔光石の輝きに包まれていた。
今日は、地下世界の歴史を塗り替えた「女神」アリアと、その彼女を独占する「最強の王」カシムの戴冠式。
数万人の住民たちが、アリアが設計した超高密度居住区のテラスから、身を乗り出して歓声を上げる。かつては崩落に怯え、劣悪な環境に喘いでいた民草が、今やアリアの引いた「黄金の線」に守られ、一寸の無駄もない、世界で最も幸福な過密都市の住人として、心からの祝福を捧げていた。
中央大聖堂の祭壇。アリアは純白のドレスに身を包み、カシムの手を取って民衆の前に姿を現した。
「アリア様! アリア様万歳!!」
「我らが地下の太陽! 真の支配者!」
地鳴りのような歓喜の渦。かつて彼女を「無能」と切り捨てた者たちは、今やその足元に跪くことすら許されず、遠くからその神々しい姿を仰ぎ見るしかなかった。
カシムは民衆の熱狂を、冷徹かつ誇らしげな目で見下ろす。彼はアリアの細い腰を強引なまでに抱き寄せると、その耳元で、彼にしか聞こえない低い声で囁いた。
「……見たか、アリア。この国のすべてが、君を崇めている。だが、君のその美しい指先が描く未来を、一番近くで見る特権は、私だけのものだ」
「カシム様……。私、ただ、皆さんが安心して眠れる場所を作りたかっただけなのに」
「ふふ、君のその無自覚な慈悲が、この世界を救い、そして私を狂わせた。……アリア、もう君を誰にも、一瞬たりとも渡すつもりはない」
カシムは公衆の面前で、アリアの額に深く、刻印を刻むような口づけを落とした。
地下最強の支配者が、一人の女性に膝をつき、忠誠を誓う。その光景は、地下都市の歴史において最も美しく、揺るぎない「愛の設計図」として刻まれた。
地下三千メートル。閉ざされた暗闇の中に築かれた、世界で最も密接で、最も幸福な過密都市。
二人の王と女王が支配するこの楽園は、これからもミリ単位の隙間すら愛で満たしながら、永遠の繁栄を続けていく。
その直後。
ふと、カシムが足元の地面をじっと見つめた。
「……カシム様、どうしたの?」
「……揺れている」
「え?」
――ズ……。
重く、鈍い震動が足元を突き上げた。
周囲の民衆が次々とその異変に気づき、静まり返った広場がにわかにザワザワと騒がしくなり始める。
「これは……」
アリアは小さく呟き、ゆっくりと、遥か高い天井を見上げた。
「……地上が、揺れている……」
ーーー
それは、巨きかった。
地平の端から端までを塗り潰すような、圧倒的な質量。
一歩、その巨大な足が地を踏みしめるたびに、世界は震え、地殻の深層までが悲鳴を上げた。それは急ぐ風でもなく、ただ必然のように、重々しく、確実な足取りで荒野を渡っていく。
その歩みはあまりに緩慢で、しかし一歩ごとに地形が書き換えられていった。山嶺をまたぎ、谷を埋め、ただ一点を目指してその巨躯を運ぶ。
やがて、それは何かに導かれるように足を止めた。
何もないはずの平原のただ一点。そこにある「何か」を悟ったかのように、巨躯がゆっくりと傾いでいく。
地を裂くような轟音と共に、それは膝をついた。
そして、頭と思われる巨大な部位を、慈しむように、あるいは吸い寄せられるように、地面のその箇所へと近づけていく。
迷いはなかった。
そのまま、それは深淵の底に眠る空隙へと、自らの体を深く、深く、埋没させ始めた。
穴だった。そこは、それなりに長い穴だった。
それなりに長かったため、それは、途中で眠ってしまった。
しかし、それは、その体と質量ゆえ、寝ていても、一人でに穴の底へと向かっていった。
どれくらいの時間が経過したのだろう。
それは、目覚めた。
目覚めて、驚いた。
自分がすっぽりと、穴に埋まっていることに気がついたのだ。
それは、体を動かそうとして、動けないことに気がついた。




