表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/25

第20話:神の引く一線

 その日は、地下都市の長い歴史の中でも「最悪の震え」から始まった。

 突如として全区画を襲った超大規模な『地圧異常』。岩盤が悲鳴を上げ、中央セクターの堅牢な防壁すら、紙細工のようにひび割れていく。


「閣下! 第七から第十二区画まで、一時間以内に完全崩落します! 避難が間に合わない、十万人の民が生き埋めになる……!」


 観測員の絶望的な叫びに、カシムの顔が険しく歪む。

 避難経路はすでに瓦礫で塞がれ、十万人もの大群衆を安全な場所へ移動させる物理的な余裕など、どこにも残されていなかった。


「……いいえ、あります。一箇所だけ、空いています」


 沈黙を破ったのは、カシムの背後に控えていたアリアだった。

 彼女は震える手で、自らが設計した最新の『深層未踏ポッド群』の構造図を展開する。


「アリア殿、あそこはまだ建設途中の試験区画だ! 十万人など、どう頑張っても……」

「『平面』で考えるから、入らないんです」


 アリアの瞳が、青い魔力の光を帯びて発光した。彼女の細い指が、ホログラム上の空間を凄まじい速度で組み換えていく。


「全区画の『通路』そのものを居住スペースとして一時開放します。そして、全住民の身長、体重、体格データを魔導端末から一括抽出。……私の計算に合わせて、パズルのように隙間なく、かつ『流動的』に人々を配置してください!」

「なっ……十万人を、ミリ単位で並べ直すというのか!?」

「できます。私の設計したハニカム構造なら、人間そのものを『構造の一部』として組み込むことで、一時的に岩盤の崩落を押し留める強度が生まれます。……カシム様、私を信じて!」


 カシムはアリアの、あまりにも壮絶で美しい覚悟に、喉を鳴らした。


「……全軍、アリア様の指示に従え! 一ミリの狂いも許さん、全住民を彼女の『図面の中』へ叩き込め!」


 地響きが轟き、天井が崩れ落ちる極限の状況。

 逃げ惑う十万人の群衆が、アリアの放つ誘導光に従い、次々と新区画へと吸い込まれていく。

 普通ならパニックで圧死者が出るはずの過密状態。しかし、アリアの計算は完璧だった。


「右へ三歩、腰を低くして!」「子供はここ、大人はその上を跨ぐように!」


 彼女の指示通りに動くだけで、十万人がまるで一つの巨大な回路のように、完璧な密度で、しかし誰一人傷つくことなく「収納」されていく。


「……止まった……?」


 崩落の轟音が止んだ。

 十万人が、かつては数千人も入らないと言われた狭い区画に、魔法のような整列美を持って収容されていた。

 驚くべきことに、その過密状態そのものが支柱の代わりとなり、崩れかけていた岩盤を内側から支え直したのだ。


「……あ、アリア様……。生きてる、俺たち、生きてるぞ!」

「見てくれ、こんなに密集しているのに、呼吸が苦しくない……! 魔法だ、これはアリア様の魔法だ!」


 暗闇の中、十万人の合唱のような歓喜の声が響き渡る。

 泥にまみれ、魔力を使い果たして崩れ落ちるアリアを、カシムが誰よりも早く抱きとめた。


「……やり遂げたな、アリア。君は今、文字通り『国そのもの』を救ったんだ」


 カシムは、もはや恐怖すら感じていた。この、自分の腕の中にいる小さな女性が持つ、空間を支配する圧倒的な力。

 彼女への愛は、今や狂信的な崇拝へと昇華していた。


 一方、最下層の独房。

 アリアの計算によって「完璧に補強された」はずの自分の独房が、震動一つ立てずに無傷であることを見たライオスは、その場に力なく膝をついた。


「……ハハ……ハハハ……。一寸の狂いもない。私の『爆破計画』すら、彼女の『構造補強』の計算に最初から組み込まれていたというのか……。アリア……君は、一体……」


 ライオスは、自分の描いてきた「芸術」が、アリアの「慈悲の計算」の足元にも及ばないことを、ついに骨の髄まで理解した。


 精神が崩壊し、ただアリアの名を呟く廃人と化した元夫。

 アリアの伝説は、この日、地下都市の「神話」となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ