第16話:崩落の連鎖(ドミノ)
「……アリア。やはり、ここへ来たか」
煙が渦巻く中央集積支柱の基部。
瓦礫の山の上に、かつての夫・ライオスが立っていた。その手には起爆装置、そして狂気に充満した瞳。
「やめて、ライオスさん! そこを壊せば、私が繋いだ全区画の荷重バランスが崩れる。何十万もの人が、自分の家に押し潰されるのよ!」
「それがどうした! 私を捨て、この都市を君の色に染めた罰だ! 私の『芸術』を理解しない無能どもと一緒に、君の『合理的な墓場』に沈むがいい!」
ライオスが装置を叩きつけると、第二の爆音と共に支柱が大きく傾いた。
ミシミシと嫌な音が響き、アリアの計算用魔導具が真っ赤なアラートを吐き出す。
アリアの設計は「全区画を繋ぐ」ことで強度を保っていた。ゆえに、このハブが折れれば、荷重は逃げ場を失い、隣の区画、そのまた隣の区画へと「崩落の連鎖」が伝播していく。
「……カシム様! 各区画の隔壁をすべて全開にしてください!」
「何を言っている、アリア殿! 開けたら崩落がさらに広がるぞ!」
通信機越しに叫ぶカシムに、アリアは涙を拭って叫び返した。
「いいえ! 隔壁を閉じて『個』で耐えるのはもう無理です! 全区画を『一つの大きなバネ』にするんです! 私の計算に合わせて、各区画の免震ダンパーを同期させて!」
アリアは瓦礫の中に飛び込み、剥き出しになった魔導回路に直接手を触れた。
彼女の脳内で、全地下都市の構造が数式となって駆け巡る。
「第一セクター、荷重を5%右へ逃がして! 第二セクター、天井高を3ミリ下げて圧力を吸収! ……ボリスさん、東の壁を魔法で叩いて、振動を打ち消して!」
アリアの指示が全区画に飛び、地下都市全体が巨大な生き物のように「脈動」を始めた。
ライオスが爆破した衝撃波を、一つの区画で受け止めるのではなく、都市全体で「いなす」。
一寸の隙間も逃さないアリアの空間把握能力が、今や都市全体の「呼吸」を支配していた。
「な……なぜだ……! なぜ崩れない! 私の計算では、もうすべてが塵になっているはずだ!」
狼狽するライオス。その背後から、カシム率いる精鋭部隊が突入する。
「……君の計算は、常に『自分』が中心だった。だがアリア殿の計算には、そこに住む『全員』が含まれている。その差だ、ライオス」
カシムの剣が、ライオスの起爆装置を真っ二つに叩き斬った。
支柱の傾きが止まり、地鳴りが静まっていく。
アリアは膝をつき、荒い息を吐いた。
その指先からは血が滲んでいるが、彼女の瞳には確かな勝利の光があった。
「……助かった。みんな、助かったんだ……」
安堵したアリアを、カシムが力強く抱きしめる。
一方、捕らえられたライオスは、自分が壊そうとした「アリアの壁」に守られながら、ただ呆然と空(天井)を見上げていた。




