第1話:暗い地下の契約
「今日から、君はこの『ライオス建築ギルド』の道具……いや、一員だ」
魔光石の冷たい光が、夫——ライオスの横顔を青白く照らしていた。
地表が死に絶え、人類のすべてが地下数千メートルに築かれたこの「都市」と、細い通路で繋がった「居住区」だけに押し込められて数百年。
ここでは結婚とは愛を誓い合う儀式ではない。限られた生存圏を管理するための、ただの「契約」だ。
「……はい。精一杯、あなたを支えます」
私は緊張で震える手で、婚姻届に魔力署名を刻んだ。
私の実家は、狭小な区画専門の下請け設計事務所だった。そこで培った独自の技術——『空間高密度・最適化理論』。
一寸の隙間さえあれば、一人でも多くの人を、安全に収容してみせる。
この計算式さえあれば、通路に溢れ、凍えている人たちに「屋根」を与えられるはずだ。
この都市最大の権威を持つ『ライオス建築ギルド』。
ここでなら、私の理想が叶えられる。そう信じて、私は憧れの建築士のもとに嫁いだ。
だが。
「勘違いするなよ」
ライオスは一度もこちらを見ることなく、分厚い書類を私の足元に放り捨てた。
「君のその『詰め込み設計』とやらは、我がギルドが誇る高貴な建築美を汚す泥だ。私の作る建物は、選ばれた市民のための芸術。下層民を家畜のように押し込める不潔な図面など、見るだけで反吐が出る」
「……っ。でも、ライオスさん。各区画の人口増加は限界です。効率的な居住区を作らないと、暴動が……」
「黙れ。明日からは、現場のゴミ拾いと資材管理だけをやっていろ」
冷酷な言葉が、新婚の夜の静寂を切り裂く。
「言葉通りだ。君のような低俗な女に、設計図を触る資格はない。……フン、これだから、まともな空間も持たぬ掃き溜めの娘は困る」
彼は私を残して、足早に書斎へと消えていった。
投げ捨てられた書類には、私が寝る間も惜しんで書き上げた、各区画の「収容限界」を突破するための改善案が載っている。
(今は、まだ分かってもらえないだけ……。いつかきっと……)
私は床に膝をつき、汚れのついた図面をそっと拾い上げた。
自分の技術がいつか夫に認められ、この閉塞した地下世界を救う日が来ると。
そう信じて笑うことが、絶望へのカウントダウンだとも知らずに。




