これは……私が……
これは……私が当直勤務に就いていたときの話です……。
船内は足元灯だけがぼんやりと通路を縁取り、そのほかの灯りはすべて落とされ、しんと静まり返っていました。遠くで揺れるチェルリング波のわずかな干渉音のほかは、微弱な定常ノイズすら発生しないはずでした。
……それなのに、その静寂の底で、ふいに『それ』が聞こえ始めたのです。
――ピチャプラオン、ピチチムアアン……。
最初はシンメティックエスペンバーの共鳴異常だろうと思いました……。けれど周波数解析では異常なし。コントロールルームでペンラントワーログを確認しても、何一つ記録されていません。
それでも、あの音は確かに船内に漂っていたのです。かすかで湿った、耳の奥にねっとりと張りつく、しかしどこかで聞いたことがあるような音が……。
――ピレブラン、ピラキリオン……。
私は震える足を無理やり動かし、音のするほうへと歩を進めました。きっとナルリアムチャンバーがドログラフィティしているだけだ。そう自分に言い聞かせながら。
……しかし、そのときでした。
――ペタ、ペタ……。ペタペタペタ……。
はっきりと、足音がしたのです。
途端に、恐怖が背骨を駆け上がり、私はその場に張りつけられたように動けなくなりました。ドミーチョル手術で恐怖心は最小限に抑えられているはずなのに、関節一つ動かすことさえできませんでした。
ほかの乗員が全員自室から出ていないことは、先ほどコントロールルームで確認したばかりです。
ということは、乗員ではない『何か』がこの船内にいる……でも、そんなことはありえないのです。外部からの侵入は、船体に穴を開けでもしなければ不可能なのです。いや、あるいはダストシュートからなら――そんな嫌な憶測が脳裏をかすめ、喉がひりついたその瞬間でした。
――ペタ、ペタペタペタ!
あの足音が一段と大きくなり――いえ、もうすぐそこまで迫ってきていたのです!
私は壁に背中を押しつけ、息を殺し、ポケットから静かにレヒフンスを引き抜きました。音の主が角を曲がって現れる、その瞬間を待ち構えました。
ええ、わかっています。もし相手があのエフカントだったら、そんなディーズ、すぐにエッシェンだと! 当然です。馬鹿じゃないんですから、ええ、パリーチェ!
でも、ほかに頼れるものなどなかったのです……。
――ペタ、ペタ、ペタ……。
今だ――私は全身の力を込めて飛び出し、レヒフンスを突き出しました。
すると、そこに立っていたのは……私だったのです。
あまりの衝撃に、声を発することができませんでした。まさか気づかぬうちに時空帯状網に入り込み、エンミリ体に乱れが生じてしまったのでしょうか。ですが最低限のシンクロ適応は済ませていますし、量子屈折型推進機を搭載したこの船が、警告もなくそんな航路を進むはずがありません。
ではセンサーの故障? それとも、本部の緊急指示?
背筋を冷気が走り、私はただ唾を飲み込むしかありませんでした。
すると、その“私”が静かに口を開いたのです。
「お前……クローンか?」
その一言で、私はすべてを悟りました。あの奇妙な音――あれはハイポジットを原料とするネシスヴァイド、つまりクローン生成装置の稼働音だったのです!
しかし、なぜ私のクローンが……?
疑問が喉元までせり上がっているのに、声に出すことができませんでした。ただ互いに見つめ合い、どちらも何かを言いたげに口を動かすばかり。
そして次の瞬間、はっと何かの気配を感じ、同時に振り返りました。
通路の両側にほかの乗務員たちが立っていたのです。そのうちの一人が前に進み出て、こう言いました。
「あなた方、生体乗務員は船内活動における精神および肉体への影響のデータ収集、ならびに発見された惑星の実地調査を目的として作られた存在です。空気濃度、ウイルスの有無、人体の適応性。あなた方はそれらを確認するための個体です。あなた方のオリジナルは本社に権利を売却しているため、人間としての権利を有していません。したがって、我々があなた方を処分することは、アンドロイド倫理機構第七十三条に抵触しません。ただ、おとなしくしていただければ苦痛なく処置を実行します」
……どうです? 恐ろしい話でしょう。
まあ、この時代にありふれた要素を寄せ集めたにすぎない、実に凡庸な話だったのかもしれませんね。
ただ……この話はね、“私”が考えたものではないんですよ。便器の中に、薄く小さく刻み込まれていたんです。
私はね、わからないんです。
いったい、私はいつまでこの仕事を続ければいいのか。そして、そもそもいつから始めたのか……。




