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文士の華

作者: 彩田アヤト
掲載日:2026/06/28

 昨日、財布を無くしました。いえ、失くした、の方が正しいかもしれません。けれど、昨日、一日中探し回っても、見つからなかったので、無くしたの方が正しかったですね。

 一応お伝えしときますと、盗られたのではありません。無くしました。

 盗られた、とここに書けば読者の皆様は、かわいそうだとか、早く見つかるといいですね、だとか、そう思うでしょう。いいえ。違います。無くしたんです。

 情けないと思いますよね。私も思います。このご時世で、財布を無くすのか、と。一銭も無駄にできない時代で、財布を無くすのかと。米が一升、約二銭。ですが私は、財布をなくしたので、そんなものを買えるお金すらありません。

 なら、早く働けって思いますよね。そう。そこなんです。そこなんですよ。

 私、先週、暇になったんです。ここまで来ると、笑い話でしかありませんけど、そうなんですよ。働きたくても場所がないんです。おかしいでしょう。

 私だって作り話じゃないかって思うんです。夢だったらどれほどいいか。けれど、夢じゃないんですよ。現実なんです。本当にどうしましょう。

 生きていくためには、お金が必要なんです。けどお金のためには職が必要なんです。けど今の私を見てください。お金は、昨日なくしました。職は、先週なくしました。

 なら家族を頼ろう。

 はて、どうしましょう。この私、独身なんです。両親は、と思いますよね。もう何年も前に他界しました。兄弟もです。二人とも結核で。皆さんもお分かりの通り、いつの時代もそういうものです。いいじゃありませんか。妻子がいるのに、金も職もないなら、今よりももっと、終わってましたよ。

 というか、まず、そもそもですが、皆様、この本を買うお金があるんですね。嫉妬します。私はこの本を買うお金すらないんですよ。

 財布が恋しいです。

 そして皆様。なぜ私がこんな話を書いてるか気になりますよね。そうでしょう。職も財布を無くしたものが、原稿用紙に文字を書いてるんです。

 実は、私の父、文士だったんです。一つ下の妹が三才になった年に、交通事故で亡くなりましたので、記憶には全くありませんが、相当売れてたらしいです。毎度、命日にはお偉い様が家に来て、母を口説きに、いえ、父の死を悼んでいましたから。

 父の才能は素晴らしいものでした。

 ですが私には文学の才能はありませんでしたから、父の作品も、他の文学小説も読んだことがありません。昔、母に自分の詩を見せたところ、すごく馬鹿にされたのを今でも覚えています。というか、今の私が見ても、これは、となる詩でした。ですが、過去の私がいいと思ったものを、今の私は悪いと思えています。これは成長ですよ。と、まあ、このような屁理屈を並べて、書いてるんです。

 藁にもすがる思いですよ。もしかしたら、父のような、文学の才能が開花するかもしれません。

 そしたら、父のように、売れるかもしれません。

 そしたら、明日の、ご飯のお金が、手にはいるかもしれません。

 贅沢を言えば、九十銭ほしいです。明日の米が買えますから、泣いて、喜びます。

 それこそ、次の頁を、開くぐらいの暇があるのでしたら、私の家に来て、九十銭ください。皆様は、この本を買うほどの、お金に余裕があります。大丈夫。私みたいなものに、九十銭あげることなど、さぞかし簡単でしょう。

 私は、一銭も、今、ありませんから。財布をなくしたので。

 何度も申し上げますけど、財布を無くしたんですよ。この本を買ってる、読者の皆様には、この気持ちは分からないかもしれませんが、無くしたんです。ここまで来ると本当に諦めなんです。

 住所でも書きましょうか。そしたら皆様、九十銭持ってきてくれますよね。ですが、そんなことをしては、編集社に持って行った時点で、消されてしまいますから、叶わないでしょう。なんて、儚い。財布がないとは、なんて残酷な。ここまで、たくさんの文字を使って、財布を無くしたことを書いていますが、無駄話はそこそこにして、本題に入りましょう。

 財布をなくしたんです。昨日。そう。これが本題です。と、いうか、これ以外話がないんです。だって私は文士ではありませんし、父のように才能もありませんから。ただ、九十銭が欲しいので、書いてるだけです。これを手紙として、誰かに送れば、お金は手にはいるでしょうか。いや、どうせ、自業自得だ、とか、私もお金がありません、とか、そういった、返事が来るだけで、私のもとに九十銭が来ることはないでしょう。

 今、夏なんです。蝉が元気に鳴いていますが、私はそのように、元気に鳴けません。蚊が、部屋中を飛び回っては、私の腕に乗っていますが、私はそのように飛べません。なぜか。お金がないからです。先週から米だけが命綱でした。それなのに、今は米を飼うお金がないんです。本当です。本当ですよ。

 腹の虫が、ずっと、鳴いてるんです。あ、鳴けてましたね。私。鳴くことはできました。あとは飛べれば。

 今のお話も、無駄話でしょうか。とにかく、財布を無くしてしまったんです。そこから、つい、話が飛んでしまいました。あ、飛べてました。私。飛べてました。

 日本語というものは、面白いですね。財布を無くしていなければ、この、発見はなかったかもしれません。財布を無くした、昨日の私に、感謝です。

 ですが、結局、感謝したとて、私のお金は、ありません。

 どうしましょう。

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