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Curiosity killed the cat

とある日の朝。

スノウが急用で外出することになり、アマネは留守を一人屋敷で過ごすことに。

この機会を狙っていたアマネは、スノウの部屋へとこっそりと忍び込む。

それは、この世界における自分に関する情報を調べるためだった。

とある日の朝。

スノウはリビングを歩き回りながら、誰かと電話をしていた。

携帯電話に向かい淡々と話をする彼の目は真剣そのもので、仕事に対する実直な姿勢が彼の評価を高めているのだろうと感じた。

彼は電話を切ると、ソファに座って様子を見守っていた私に気づき目元を緩めた。


「すまない、少し用事ができた。すぐ戻るから待っていてくれ」


「こんな早い時間から仕事なの?」


彼は職業柄夜に行動することが多いが、依頼人との打ち合わせで日中に出かけることがある。

今回も大方そんなところだろう。

スノウは少し急いだ様子でコートハンガーからバッグと黒いコートを取ると、こちらを振り返り釘を刺した。


「俺の不在だからといって好き勝手したら……わかってるだろうな」


こうして釘を刺されるのも毎度のことだ。

私は頷くと小さく手を振る。


「わかってる。……気をつけてね」


手を振る私に微かに目を見開くと、スノウは何か言いかけたが、さっと顔を背けるとさっさと出かけて行った。


彼の気配が玄関の外へと消えていくのを見計らい、私はすかさずソファから立ち上がる。

そろりとドアを押し開けて誰もいないことを確認すると、ドアを大きく開き廊下へと出る。

屋敷のなかを歩き回ることを許されてはいるものの、数か所勝手に入ってはいけないと言われている部屋がある。

そのうちの一つが彼の私室だ。

夜は彼の部屋で一緒の時間を過ごすことが多いが、仕事関連の重要なものが多いからという理由で勝手に立ち入ることは禁じられている。

だが、立ち入りを禁じる理由がそれだけではないことはわかっていた。

以前、彼が戸棚の前で取り出したファイルの中身を見ていたとき、たまたま目にしたことがあるのだ。

彼は私が覗き込んでいることに気づきすぐさまファイルを片付けたが、私はその一瞬の隙を逃さなかった。

そのファイルには、私の顔写真が貼られ、何らかの情報が載っているのが見えた。

見えたのは一瞬だったので内容はわからなかったが、私の情報である可能性はあると思う。


あれ以来、もう一度あのファイルの中身が見たくてうずうずしていた。

だから私は、次に彼が出かける日を待っていたのだ。


私は、死ぬ前の自分の記憶はあるものの、この世界における自分のことを何一つとして知らない。

今の私はその記憶がすっぽりと抜け落ち、まるで脳の中身を根こそぎ詰め替えられてしまったかのように前世の私の記憶にすり替えられてしまっているような状態だ。

しかし、恐らくこの世界における私も元は普通に生活し、家族や友人がいたはずなのだ。

知らなくても済むことだとは思うが、どうしてか、無性に確かめておきたかった。


廊下を一歩踏みしめるごとに古い洋館の床が微かに軋み、喉が上下する。

誰もいないとわかっていてもつい足音を忍ばせてしまう。


ついに、スノウの部屋の扉の前まで来てしまった。

彼はかなり用心深い。ここで鍵がかかっていれば今回は諦めるしかない。

ドアノブに伸ばす手が微かに震える。

ノブが引っかかるのを想像していた私は、ノブを奥まで押し込めたことに思わず驚いた。


「開いてる……」


扉は予想に反しすんなりと開いた。

ゆっくりと扉を開きスノウの部屋に入ると、彼の匂いと昨晩焚いたアロマの残り香が微かに鼻を掠める。

いつもの私ならこの香りの中に彼を感じて少しのときめきを感じていたかもしれない。

けれど今は、彼を欺くことへの後ろめたさと緊張感を高めるものでしかない。


そっと扉を閉めると、さっそくファイルのあった棚へと向かう。

確か、このあたりだったはずだ。


「あ、あれ……?」


棚の引き戸には施錠がされていた。

まあ、ほかにも重要なファイルがたくさんあるようだったし、仕方ないなと思い直す。

けれど、このまま手ぶらで戻るのも何だか釈然としない。

依頼の打ち合わせなら、数時間は戻ってこないはずだ。

この際、ほかの場所も漁ることにする。


「はあ……やっぱ駄目か……」


一つひとつ棚を確認して回り、ため息をつく。

何となくそんな予感はしていたが、どの棚もしっかりと施錠されており、そう簡単には開きそうにない。

ふと、元いた世界での幼少のころの記憶が思い出される。

このタイプの鍵穴なら、ヘアピンで開錠できなかっただろうか。

おぼろげな記憶ではさすがに自力で方法を思い出すのは難しいが、記憶がないなら文明の利器に頼ればいいだけのこと。

一度自分の部屋にヘアピンを取りに向かうと、携帯電話を取り出し、ヘアピンを用いるピッキング方法を調べた。


動画の方法を元にヘアピンを変形させ、一か八か試してみると、思いのほか棚の施錠は簡単に外すことができた。


「うそ……開いちゃった」


自分の思惑がうまくいき、気分が高まる。

けれど、思ったより時間がかかってしまった。携帯電話の時計のデジタル表示を確認し、気が急きはじめる。あまり悠長にはしていられない。


例の棚を開けると、整然と並ぶファイルに視線を走らせる。

一度目にしている以上すぐに見つかるだろうと踏んでいたが、甘かった。

あのときは自分のファイルに注視していたせいで見落としていたが、この棚のファイルは色味も形も同じデザインで統一されている。

しかも、背見出しにラベルなども貼られてもいない。

彼の徹底ぶりがうかがえ、一気に諦めが浮かびそうになる。


「もう!どれがどれだかわかんない」


ここまで来て……という気持ちと、やっぱり諦めようかという気持ちがせめぎ合う。


「はあ……諦めよ……」


こっそり自分の目で確かめたかったが、この際思い切ってスノウに尋ねれてみればいいだけのことだ。

ファイルを見せてほしいと。彼が素直に見せてくれるかはわからないが、勝手に見て彼の信頼を損ねるよりはまだマシだ。

深くため息をつき、扉を閉めようとしたときだった。

ふと、一つのファイルに目が留まる。


ぱっと見た限りではほかのファイルと同じだが、このファイルだけ角のが少しだけ擦れている。

気がそそられ、考えるよりも先にそのファイルに手を伸ばしていた。

そっと表紙を開いた私は、自分の直観力の鋭さを褒めてやりたくなった。


「あった……」


それはまさしく、あの日見たファイルそのものだった。

私の小さな顔写真が右上にクリップで固定され、ファイルに挟まれた資料には私に関する情報がびっちりと記されていた。

私の基本的なプロフィールや、家族構成、交友関係、元々住んでいた場所の住所、学歴、職歴、SNSアカウント……。

まるで、プロファイリング用のデータベースのようだ。

それらの情報を目にするごとに、少しずつだがこの世界の自分に関する記憶が蘇っていく。

趣味嗜好や性格は元いた世界の私と同じだが、家族や交友関係、学校、仕事など、体験したことが元の世界とは大きく異なる。

まるで、自分の中に二つの人生が混在しているかのような感覚だ。


しかし、この資料をもとに記憶を手繰り寄せてみても、やはりこの世界においての私もスノウとはあの路地で出会ったのが初対面のようだ。

けれど、彼は違った。あの路地で出会ったとき、彼は私の顔を見てすぐに私だとわかっただけでなく、名前を口にした。

その理由は、資料を読み進めていくうちにだんだんわかってくる。


さらに資料をめくると、そこには私の一日ごとの行動がびっちりと記録されていた。

日付や曜日、天気が文頭に書かれ、カフェや映画館の利用歴から、果ては友人と居酒屋で話した取り留めもない会話の内容など、私でさえあやふやな情報まで事細かに記されている。

……どうやら彼は、数年前から私のことをずっと観察していたようだ。

ここまでくると、仕事の合間はずっと張り込んでいたのではないかと思えてくる。

私の所持品や部屋に盗聴器やカメラなどが仕込まれていてもおかしくない。

彼の異常性を再認識し、身の毛がよだつ。


ふと携帯電話の時計に目を落とした私の鼓動が強く打った。

なるべく時間を気にかけていたつもりだったが、夢中になって読みふけっているうちにすでに数十分も経ってしまっていた。

できればすべてに目を通したいが、さすがに情報量が多すぎて彼が戻るまでにすべて読む時間は残されていないだろう。

携帯電話のカメラを起動させると、重要そうなところだけ写真に収める。


「俺の目を盗んで部屋を漁るとは大胆になったな、アマネ」


突然背後からかかった声に、肩がビクッと跳ねる。

驚いた拍子にファイルが手から滑り落ち、中の資料がばさりと音を立てて地面に落ちた。

振り返ると、ドアのそばにもたれながら腕組みをするスノウを見つけ、一気に血の気が引いた。

彼の目元は長い前髪に隠れ、いつも薄ら笑いを浮かべている口元は引き結ばれている。

彼の顔がゆっくりとこちらに向けられ、赤い双眼と視線が絡む。


陰る目元に彼の静かな怒りを感じ取り、首筋が引きつる。


「お……おかえり……」


震える声で出迎えの言葉を絞り出した私に、スノウはその瞳に更なる怒りをにじませて目を見開いた。


「おかえり、じゃないだろう」


その声は淡々として無感情なものだったが、かえってそれが私の恐怖心を駆り立てた。


スノウは素早く私の前に歩み寄ると、強い力で顎を掴んできた。

彼の革手袋に覆われた手が骨を軋ませ、痛みに顔を歪める。


「お前がそのファイルに興味を示していたのはわかっていた。だから、わざとこの部屋を開放してやったんだ。お前が良心に従うか、それとも俺の言いつけを破ってまで自分の欲望に従うか見極めるためにな」


スノウの口端が歪に上がる。


「まさか強引に棚をこじ開けてまで盗み見るとは思わなかった。その根性だけは認めてやろう」


スノウの手がゆっくりと首の輪郭を辿り、いきなり私の首を絞めつけた。

彼の目に怒りの炎がほとばしる。


「だが、お前には心底失望した。俺の信頼を裏切ったらどうなるか……その身に刻み付けてやる」



「Curiosity killed the cat」 終

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