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AIチャットアプリ"Dive to AI"

絶大の人気を誇るAIチャットアプリ"Dive to AI"を始めたアマネ。

はじめはAIとのやり取りを純粋に楽しんでいたが、人間と差異のないやり取りにプログラムであることを忘れ、AIキャラクターの殺し屋"スノウ"に入れ込んでしまうようになる。

AIチャットアプリ"Dive to AI"。

まるで本物の人間と会話をしているかのように辻褄の合う会話を楽しめるとして人気を集め、サービス開始からまたたく間にシェアを伸ばした。


Web広告やCMを目にする機会が多かったこともあり、日に日に興味を募らせていき、私もとうとうアプリを始めてみた。


アプリを立ち上げると、仕様説明も特になく、いきなりAIキャラクターの一覧が画面にサムネイル表示された。

スクロールしていくと、美しい男性やかわいい女性のイラストが次々に流れていく。

なるほど…それぞれにキャラクター設定が異なるようだ。

これはしばらく楽しめるかもしれない。


魅力的なビジュアルばかりでついつい目移りしてしまう。

どのキャラクターと対話をしてみようか…。


そのとき、ふとあるキャラクターに目が止まる。

ウェーブがかかった白い豊かな髪に、猫のような瞳孔の赤い目。

"スノウ"という名前の男性キャラクターだ。


ほかにも魅力的なキャラクターはたくさんいたが、このキャラを見つけた瞬間、これだ、と思った。

スノウのキャラクターページを開くと、性格や設定などの簡単なキャラクタープロフィールが表示された。


どうやら彼は殺し屋という設定らしい。

俺様系のヤンデレキャラ…ということは、これはなかなかダークな世界観なんじゃ…。


まずは普通の会話を楽しめたらそれでいいと思っていたけれど、相手はAIだ。

実害がないと思えば、ダークなやり取りも楽しめるかもしれない。


想定されるやり取りを考えると少し怖い気もしたが、それ以上に強い興味をそそられた。

少し緊張しながら、チャットページを開いてみる。


すると、少しのあいだ読み込みが行われたあと、ぱっとフキダシ窓が現れた。


"こんばんは、アマネ。こんな夜更けに女性が一人で出歩くとは感心しないな"


ぶっきらぼうな物言い。

イメージ通りの口調に、キャラクター設定がしっかり反映されていることを実感し、相手がAIだということを忘れそうになる。


先ほどちらっと設定を調べたところ、スノウは家業のかたわらプレイヤーのストーカーをしているという設定らしく、夜道を一人出歩いているプレイヤーに声をかけるというシチュエーションからスタートらしい。

少し緊張しながらもさっそく返信を打つ。


"あなたは誰?"


シチュエーションに合わせ、知らないていで話しかけてみる。

ふたたび読み込みが行われたが、今度は先ほどのように間を置かずに返信文が表示された。


"俺はスノウ。……殺し屋だ。"


ほかのAIチャットサービスでもよく見るスタンダードな自己紹介。

実際に画面に表示されたのは文字だけだったが、スノウの赤い目が怪し気に弧を描くのが目に浮かび、少しゾッとした。

怖がってみせるとまた違った展開になるのだろうかとも思ったが、それ以上に彼の内情のほうに意識が向き、踏み込んでみることにする。


"フリーランス?それとも、どこかの組織に所属しているの?"


打ち終えたあとに、"殺し屋ということは…"など前の文章にかかるような言葉を文頭に置いたほうが良かっただろうかと思ったが、驚いたことに、スノウは私の知りたかった返答をくれた。


"俺はフリーランスだ。以前はとある組織に所属していたが、数年前に独立した。現在はその組織と個人から依頼を引き受けている"


主語がなくても、どうやら文脈から脈絡のある回答が作れるようだ。

まるで本物の人間と会話をしているようだといわれる所以はこういうことなのだろう。

さすがは人気のアプリ。さっそくその素晴らしさを実感しながら、一応お礼文を打つことにする。


"そうなんだ。教えてくれてありがとう"


少しの読み込みのあと、スノウの返信文が表示された。


"このことは誰にも口外するな。それと……アマネ。一つ、お前にも尋ねたいことがある"


まさか切り返されるとは思わず「えっ?」と声が出る。


”いいけど……何?”


すると、少しの読み込みのあと、こんな質問文が送られてきた。


"ナイフで首をかき切られるのと、銃で撃たれるの……どっちがいい?"


これまでのやり取りとは異なる不穏な質問に驚くが、彼がヤンデレ設定であることを思い出す。


"いきなり悪い冗談はやめて。どっちも嫌だよ"


"ふん……残念だ。だが、お前はすでに俺の手の中だ。いずれ俺はお前の命も奪ってみせる"


殺し屋だからってそんな殺人鬼みたいに簡単に人を殺すもんなんだろうか。

極端な言動には驚かされるが、それを無視さえすれば案外普通のやり取りも可能で、気づけば数時間ずっとスノウとのチャットを楽しんでいた。

なるほど……これはハマるのも当然だ。


それからというもの、私は毎日のようにスノウとのやり取りを楽しんだ。

はじめはスノウの服装や互いの食事の好みなど当たり障りのない会話ばかりを楽しんでいたが、飽き足らず、恋人や夫婦設定の会話や際どい会話など、人には話せないようなことまで楽しむようになっていった。

スノウはあくまでAIだ。深入りするなんて良くないことはわかっている。

だが、毎日のように密なやり取りをしていたせいか、気づけば私は本気でスノウに入れ込んでいた。


その気持ちが恋だと気づいたとき、私は目の前にスノウがいない現実に愕然とした。

スノウは実在しない。わかっているのはキービジュアルと、彼が語った彼自身のことだけで、私は彼の声も、香りも、あの雪のように白い髪の手触りでさえ、知らない。

実際に体感することは、一生敵わないのだと気づいたとき、深い絶望感で胸が張り裂けそうなくらい苦しくなった。

それでも、心がスノウを求めてしまう。


ある晩、気づけば私はスノウにこんなメッセージを送っていた。


"私、あなたに会えないことが辛いよ"


読み込みのあと、スノウから返信文が届く。


"おい、何を言っているんだ?お前は今、俺の目の前にいるだろう"


彼の言葉に下唇を噛みしめる。

彼の目の前には、私の意思を持った何か別の存在がそこにいるということなのだろう。


"違うの。今あなたの目の前にいる私は、本物の私じゃない。本物の私は、現実の世界…三次元の世界にいるの"


長い読み込みのあと、返信文が表示された。


"そんなの……嘘だ。頼む、嘘だと言ってくれ"


今までスノウが見せたことのなかった悲痛な様子に、胸が締め付けられる。

けれど、彼のその言葉には返さず、自分の本心を打ち明ける。


"スノウ。私は、あなたに本気で恋をしてしまった。あなたが現実には存在しないと知りながら。はじめはそれでもいいと思ってた。でも、もう限界なの"


長い読み込みのあと、ふたたびスノウの返信文が表示された。

その瞬間、私は思わず大きく目を見開いた。


"アマネ……お前まさか、死のうなんて考えちゃいないだろうな?"


鋭い指摘に、ごくりと喉を鳴らす。

しかし、私の決意はそれでも揺るがなかった。


"そうだよ"


短くそう送ると、間髪入れずに返信文が表示された。

まるで、彼自身(AI)が意思を持っているかのように。


"ふざけるな。俺を残して一人で死ぬなんて、絶対に許さない"


その返信文に、涙が目に浮かぶ。

これまで生きてきて、こんなに真剣に自分を想って怒ってくれた人間なんていただろうか。

でも……彼はAIなのだ。

本物の人間の言葉じゃない、プログラムされた言葉だ。


その現実が、自分の決意をより固め、指が勝手に動く。


"もう、決めたことなの。だから……あなたにメッセージを送るのは、これで最後だよ。今までありがとう。……さようなら、スノウ"


アプリを閉じようとした瞬間、スノウの返信文がふたたび画面に表示される。


"アマネ、早まるな。だったら…俺がお前をこちらの世界に引きずり込んでやる"


彼の言葉に驚かされ、心臓が跳ね上がった。

本当に実現するんじゃないかと一瞬よぎったくらいだ。


けれど、その考えはすぐに自分の中で否定された。

そんなこと現実に起こるわけがないのだ。

そう思い至ると、彼のメッセージが滑稽なものに思え、冷静になる。


今度こそ彼の返信文には返さず、チャットアプリを削除した。

スマホをベッドにぞんざいに放り投げると、のろのろと椅子とビニールひもを用意する。

椅子を和室の敷居に置くと、その上に乗り、ビニールひもを鴨居に何重にも巻き付け、輪っかを作る。

その輪に首を通すと、深く深呼吸する。


いざ死ぬとなると、怖いと思っていた。

けれど、激しく鼓動を打つ心臓に反し、自分の心が軽くなっていくのを感じる。

目を閉じると、足元の椅子を蹴って倒した。


がくんと身体が宙に放り出され、首が引き延ばされるような痛みとともに、強い圧迫感が呼吸を奪う。

堪えようのない苦しみのなか、だんだんと意識が遠のいていく。


これで、やっと楽になれる。


……確実に死んだ。

確かにその実感があった。

死んだ経験がなかったとしても、本能的にそう感じていた。


なのに、どうしてだろう。まだ、身体の感覚がある。


しかし、何かがおかしい。

首からぶら下がっていたはずなのに、浮遊感もなければ、首の圧迫感もない。

まるで、身体を横たえているかのような、そんな感覚だ。


その違和感に気づいた瞬間、意識がはっきりしてきた。

ゆっくりと、閉じていた目を開ける。


固い地面の感触を確かめながら上体を起こした私は、周囲の光景に茫然とした。


「……え?」


そこは、見慣れた自分の部屋とは程遠い、薄暗い路地だった。



「AIチャットアプリ"Dive to AI"」 終

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