突然婚約破棄を言い渡されたけど、公爵令嬢と同室だったおかげで私は幸せです!
学園ものゆるふわ設定です。
「アデル!お前があんなにもふしだらな女だとは知らなかったぞ!お前との婚約は破棄だ!妹のミリアと婚約させてもらう!」
「お姉さまったら不特定多数の男性と関係を持ってるだなんて見損ないました…!安心してください、ヴァリア家はこのミリアとハリス様で継いで参ります」
「ヴァリア家を継ぎ次第、アデル、お前は修道院行きだ」
「ああ、なんて哀れなお姉さま」
私は一体何を見せられているんだろう?
学園の卒業記念パーティで突然訳のわからない言いがかりを付けられた私、アデル・ヴァリアはあまりにも身に覚えがなさすぎてポカンと立ち尽くした。
ふ、ふしだら?不特定多数の男と関係?ミリアムが後継に?
何を言っているの、無理でしょう。あなたってば自分が買うもののお金の計算だってできないのに。
ああ、どこから突っ込めばいいかわからない。
そもそも今日の卒業記念パーティの主役でもないのに騒ぎを起こしてどういうつもりなのかしら。私は二年生、妹と婚約者は一年生だし。今日は卒業生の門出を祝う場なのに、祝う側の人間が個人的な事情で騒ぎを起こすなんて、ああやだわ、我が家族ながら恥ずかしくて仕方がない。
周りの学生たちも遠巻きに「なんだ?なんだ?」と様子を窺っているのがわかる。ああ、恥ずかしいったらないわ。
ミリアムはその澄んだ大きな目に涙を浮かべながら、そしてハリス様はそんなミリアムの肩を抱きながら私を睨みつけている。私はと言うと正直どうしたらいいかわからず、とりあえず二人を静かに眺めている。
お父様に似て茶色い髪にグリーンの瞳でパッとしない容姿で塩対応の私よりも、お母様に似て綺麗なブロンドに青い瞳、少し小さめの身長で甘え上手な妹のことをハリス様が気に入っているのは知っていた。そしてミリアムがそんなハリス様のことを手玉に取ろうとしていることも。知ってはいた。が、こんな騒ぎを起こすなんて思っても見なかった。
帰ったらお父様に監督不行届って怒られちゃうかしら。うーん、どうしたらいいかしら。この二人、話がいつも通じないのよねえ…。
なんとか目立たずに事態を収束させたいけれど、難しそうなので悩んでしまう。そうしている間にも目の前の二人は「聞いているのか!?」「お姉様謝ってください!」とかなんとか喚いている。ああ、頭が痛い。
突然暴れ馬とかが会場に乱入してめちゃくちゃにしてくれないかしら。
そんな現実逃避をしていると、後ろの方からカツンカツンと、自信に満ちた足音が近づいてきて私の隣で止まる。隣を見ると見慣れた美女が腕を組んで立っていた。
「どうしたのアデル。何かトラブルかしら?」
「あぁ、クラウディア。今日も美しいわね」
この国の公爵家の一人娘である、クラウディア・アヴェール。
ウェーブがかった長いプラチナブロンドにルビーのような赤い瞳、メリハリボディの魅惑のお嬢様。第一王子の婚約者であり、私の一番の友人でもある。
クラウディアは私を見た後、ミリアムとハリス様を見て片眉をくい、とあげる。「なんなの、これは?」という心の声が聞こえてきそうだ。
「クラウディア様!いけません、お姉さまと一緒にいては品位を落としてしまいますわ!」
大声で叫ぶ妹に、品位を落としているのはどっちだと突っ込みたくなる。
私の友達とはいえ、あなたは面識がないんだからクラウディアなんて呼ぶんじゃありません。というか許しもいただいてないのに勝手に大声で話しかけてはいけません、ああ、この子ってばちっとも貴族の振る舞いを覚えてくれないんだから。
怒るかな、とクラウディアをちらりと見るも彼女は「ふうん」といったご様子。
「どうしてそう思うのかしら?」
「それはアデルがふしだらな女だからです」
「あなたは、アデルの婚約者だったわね」
クライディアはハリスを値踏みするように上から下へと見る。
「どうしてアデルがふしだらな女なんて言えるのかしら?」
ねえ?と私を見るので、私も「うーん、さあ?」と首をかしげる。二人の言っていることに心当たりがなさすぎて、最初からなんの話なのかさっぱりわからない。
「お姉さまは毎晩、学生寮を抜け出し下町の酒場で男性と遊んでいるのです!」
「まあいやだわ、それは確かなの?」
「一年生の間では有名な話です。お姉さまがそのようなふしだらな方だから、私まで陰口を叩かれています」
うう、とわざとらしくハリスの胸に泣きつき、ハリスはかわいそうに、とミリアの背中をさする。さながら悲劇のヒロインのようだ。いつの間にか周りの学生たちも静かに私たちの行く末を見ている。やめてほしい。
「あなたたち、このアデルが、毎晩寮を抜け出しているって言うの?」
「「はい、間違いありません」」
彼らが真剣な眼差しで言うのを見て、クラウディアはクスクスと笑い出した。本当におかしいと言わんばかりに、扇で口元を隠して、上品に、だけど小馬鹿にしたようにクスクスと。
「うふふ、ねえ、皆様聞きまして?」
クラウディアはいつの間にか周りに集まっていた同学年の令嬢たちに問いかける。私たちと同じく学生寮で生活しているご令嬢たちだ。
クラウディアと同じようにミリアとハリスを見てクスクスと笑う。
「ありえないわよねえ」
「他のご令嬢ならまだしも」
「アデルには無理よねえ」
「私たちの間ではもはや常識なのだけれど」
「そうよねえ」
クスクス、クスクスと大勢の令嬢に笑われて、ミリアとハリスはどんどん顔が赤くなっていく。
「どうして…っどうしてお姉さまがそうじゃないと言い切れるのですか。目撃者だっているというのに!」
「あら、目撃者というのはどなた?」
「それはっ…今ここには居ません!でも噂では確かに見たというお話でした!!」
「あくまで、噂でしょう?」
「でもっ」
そう言うとクラウディアはパチン!と扇を閉じる。大きな音が鳴り、ミリアムは怯んで黙る。
「アデルには無理です。理由は簡単、この子は学生寮で私と同室ですから。私は毎日ずっとアデルと同じ部屋を使っておりましたけれど、一度だって夜中に抜け出したことはありませんのよ」
そう言うと周りの令嬢たちもうんうん、と頷く。彼女らは知っているのだ。クラウディアの同室で、彼女に気づかれずに部屋を出ることなんて不可能ということを。
「クラウディア様が寝てからお姉さまは外出しているに違いありませんわ!」
「だから、それがありえないというのよ」
ピシャリというと妹は黙る。クラウディアが私に「ほら、説明して差し上げて」と言わんばかりに目線を送ってくる。私は小さくため息をついて、一歩前に出る。
「ミリア、クラウディア様はね、眠りがとても浅いのよ。人の気配に敏感なの。ちょっとでも物音を立てようものなら絶対に起きるの。それこそ寝返りを打ったらすぐに起きるんだから」
周りのご令嬢たちはうんうん、と頷く。彼女たちは知っているのだ。クラウディアの野生の獣並みの眠りの浅さを。
「私たちはみんなそれを知っているから、クラウディアと同室の私がこっそり夜に抜け出すなんてありえないと言っているの」
というか、私がクラウディアの同室に選ばれたのも寮生で唯一入眠から起床まで寝返りも打たず、いびきも寝言も言わず死んだように眠るからなのよね。
クラウディアは幼少期に、眠っている間に刺客に襲われたことがあるらしい。間一髪で助かったものの、その時のトラウマで少しの物音でも目覚めてしまう。
特に人の気配には敏感で、足音や咳、寝返りを打つ時の布擦れの音でもすぐに目覚めてしまう。
クラウディアは第一王子の婚約者だ。そしてふたりは仲睦まじいことでも有名だ。
彼女は将来、夫と寝室を一緒にしたい。両親のように仲良く夫婦で眠りたいという乙女の夢がある。でもこのままでは難しい。
だから荒療治ではあるが、学生寮に入って他人と眠ることに慣れようとした。
だけど当然急に眠れるようになるわけもなく。学園に入学したばかりの頃、彼女は眠れなかった。
毎日毎日眠れず、だんだんと苛立った。何度か同室の令嬢を替えてもらったりもした。それでも眠ることはできなかった。令嬢たちに謝罪はしたが弱みを晒すようで理由を明かすこともできず、ただただ自分に苛立っていった。
学生寮に入って一ヶ月で彼女は我慢の限界がきた。
とある夜、ついに眠れないことにキレた彼女は片っ端から寝ている寮生の部屋を開けていった。
神経質で眠れない自分が悪いのはわかっている、だけど、それにしたってみんな寝返りを打ちすぎる!すぐ寝言を言う!どこかに物音ひとつ立てず寝る令嬢はいないのか!!私だって一緒に眠れるような、同室入門編みたいなご令嬢はいないわけ!?
と怒りを抱えてすべての部屋を開け確認していった。眠りの浅いクラウディアが一緒に寝られるような、死んだように眠る令嬢を探すために。
当然突然部屋を開けられた令嬢たちは驚いたけれど、目線の先にブチギレた公爵令嬢がいては何も言えなかった。
そうして部屋を巡り、ついに最後に死んだように眠る私を見つけたのだ。あの時の必死なクラウディアを思い出すと今でも笑ってしまう。
「あなた、あなたは明日から私と一緒に寝るの!わかった!?」
結構な騒動になっていたにも関わらず、私は最後まで寝ていたらしい。無理やり起こされて、突然同室宣言をされて。わけもわからず「はい」と頷いて。周りの野次馬からは拍手が起きた。
私は同室になる代わりに、この一連の事件を「クラウディア事変」と名付けさせてほしいと話した。私と同室になってぐっすり眠れるようになった彼女は、恥ずかしそうにしながら「いいわよ」と言った。
とまあ、そんなわけで学生寮で生活している人たちはクラウディア事変を知っているから、私がクラウディアにバレずに夜中に抜け出すことなんて不可能ということを知っているのである。
クスクスと笑われ、妹たちの顔色は悪いがまだ諦めてない様子。振り上げた拳を下ろせないのかな。それともまだ信じられないかしら。
そう思っていると
「僕もアデル嬢が夜中抜け出していないことを証明できるよ」
次に現れたのはクラウディアの婚約者の第一王子だった。クラウディアの横からひょこりと顔をだす、麗しの王子様。
ああ、殿下まで。私に加勢してくれるのはとてもありがたく恐れ多くもあるのですが、どんどん大ごとになっていく…。
「クラウディアには密かに護衛をつけているからね、彼らに聞けば同室のアデルが抜け出したかはすぐにわかるよ。これでもまだ疑うかな?」
第一王子まで出てきて証言しては流石に旗色が悪すぎる。二人は押し黙るもののまだ睨みつけてくる。私、ここまで睨まれるほど二人に対して何か悪いことでもしたかしら。
考えてみるけど心当たりはない。ミリアムには幼い頃は色々窘めたりもしていたけど、次々と家庭教師が匙を投げるのを見て、私も匙を投げた。家では極力関わらないようにしているんだけどなあ。
ハリス様も正直言って恨みを買うほど仲良くないはずなのだけど。年に数回会ってお茶をする程度だし。私がいない間にミリアムと会ってお茶していても文句を言ったこともないのだけれど。
というかそもそもこの二人は前提を間違えている。
「あのね、改めてお伝えしておくけどたとえ私が不貞を働いていたとしても、ミリアムは家を継げません。ハリス様はご存知ないかもしれませんが、あまりこの子はお勉強が得意じゃないんです。お父様ともお話はとうの昔にしてあります。なんらかの理由で私がダメになってしまった場合はミリアムではなく、従兄弟のヘイリーを養子に迎えるって。一応ミリアムにもその話はしてあるはずなのだけど、忘れちゃったかしら」
「でもでもでも!ハリス様をお迎えすれば!二人で支え合っていけば…!」
「ハリス様もお勉強が得意ではないのです。私とハリス様が結婚してもあくまで領地や事業の運営は私が引き継ぐことになっています。ハリス様は、言い方は悪いですけれど、それはもう悪いですけれど、両親のお付き合いと爵位の関係で婚約しているだけですから。ハリス様のお勉強嫌いで困ったさんなところと、勉強はできるけど爵位の低い我が家の利害が一致しただけですから」
と言うわけでお二人は最初から意味のない言いがかりをふっかけていたわけです。
私を貶めたところで欲しいものは何も手に入らないのですから。
そう言うとハリス様は顔を真っ赤にして俯いている。
プライドの高い彼からしてみれば、王太子と公爵令嬢、クラスメイトなどなどがいるこの場でのこの扱いは随分な侮辱に感じることだろう。
まあ、先にふっかけてきたのはそっちなのだけれど。
「アデル、このおばかさんと婚約破棄、もちろんなさるわよね?」
ね?ね?クラウディアが扇の向こうから嬉しそうに聞いてくる。人の婚約破棄でうきうきしちゃってこの人は。
「まあ、これだけの騒ぎを起こしてしまえば、いくら親同士が仲良いとは言え婚約継続は無理でしょうね」
「ですわよね、そうですわよね、言質取りましたからね。ではお兄さまーー!」
クラウディアの声が会場に響く。騒動のおかげで会場はすっかり静まり返っていたから余計によく通った。
奥の方からクラウディアによく似た黒髪の美男子がやってくる。クラウディアの兄のクラウス様だ。学園の三年生で本日の主役ということもあって、なんなら第一王子よりも着飾っていて非常に眩しい。
普段クラウディアと一緒にお茶したり、公爵邸にお邪魔した時に少しお話ししたりしたことはあったけど、今日みたいに綺麗にしている姿は見慣れなくて、なんとなく目を逸らしてしまう。眩しい。
「クラウディア、そう大声で呼ばなくてもちゃんとタイミングを見て現れる予定だったさ」
気恥ずかしそうにしながら私たちの目の前に立つ。
クラウディアは「どうだか!遅すぎですわ」とクラウス様に文句を言っている。ああ、第一王子とその婚約者、そして公爵家の跡取りに囲まれて大注目だわ。普段から学園でも一緒にいるから、別に今更ではあるのだけど。
クラウス様は私に向き直り、手をとって軽く口付ける。その動作で私たちの騒動を見守っていた人たちがザワザワと騒ぎ出す。
うう、と声を漏らす私を見てクラウス様が笑う。
慣れてないご令嬢が見れば鼻血を吹き出して卒倒しそうなくらい綺麗な顔だ。
「じゃあアデル。約束だったよね」
「…。そうですわね」
「大丈夫、後継者のこととかきちんと公爵家から支援するから。君の憂いは全部払ってあげる」
「ありがとうございます…」
そう言うとにっこりと笑って私の前に跪く。
「ではアデル嬢。私と婚約してください」
「…喜んで」
恥ずかしくて俯きながらだけど返事をするとクラウス様は私を抱き上げた。周りのみんなは一瞬騒然となったものの、次第に拍手が起こった。クラウディアも第一王子もうんうん、と満足そうに頷いていて。ああ恥ずかしい、と顔を覆う私の視界の端で妹とハリス様だけが何が何だかわからないといった顔で私たちを見上げていた。
***
数日後
「ね、僕に任せておけば相手有責で婚約破棄だってさせられるって言ったでしょう」
「まさか本当になさるとは思わないじゃないですか…」
私とクラウス様は公爵邸でお茶を飲んでいる。
一年生の頃にクラウディアと仲良くなってから、クラウス様ともしばしば交流があった。クラウス様はクラウディアを通して私を公爵邸に招待して、クラウディア様と同室になったことや、友達になったこと、クラスに馴染めるようにしたことなどのお礼をしてくれた。
私としてはそうしたわけじゃなくて、本当にクラウディアが素敵だからみんなに紹介しただけなんだけれど。
加えて第一王子との仲を取り持ったとかなんとかいうのも感謝された。これは殿下からも感謝された。
私としてはこれもやろうと思ってやったわけじゃない。ただ、殿下とお出かけする日は朝早くから準備してずっとそわそわしているくせに、本人を目の前にすると素直じゃなくなっちゃうのがもったいないなと思って、少しこづいただけなのだ。
元々クラウディアが可愛かっただけなのに。
だけどそう言うとますます感謝された。
クラウディアも私のことを親友と豪語するくらいには気に入ってくれていて、何度も公爵邸にお世話になった。公爵邸にいけば当然クラウス様とも交流するようになって、そしてだんだんとクラウス様に好かれていって。わかりやすく好意を向けられつつも私にはハリス様がいたからそれなりに距離感を持っていた。
そしたらある日。
「君に婚約者がいるからそうやって僕と距離をとるんだよね?僕のことが嫌いなわけではないよね?」
痺れを切らしたクラウス様に迫られた。だから私は「嫌いではないです」と答えた。顔よし器量よし爵位よしの貴公子のことを誰が嫌いになれるっていうんだろう。
するとクラウス様は満面の笑みになってこう聞いた。
「もし、君が婚約破棄されたらその時は僕が真っ先に貰ってもいいよね?」
その時は「もしそんな時が来ればですけれど」と軽く返したものの、今思えば目がマジだった。
その日からちょうど一年。
クラウス様が何をしたのか知らないけど、見事に私は婚約がなくなり、こうしてクラウス様に貰われたと言うわけだ。
ヴァイス家の後継はヘイリーになった。必要な教育や支援はクラウス様が手配してくれた。
ミリアムは一応学園に残ることにはなった。ハリス様も。けど婚約はしないみたい。ミリアムとハリス様ではお互いの家にとってメリットのないことだからだとは思うけど、もう学園内でも二人は避け合っているみたい。
あんなに愛し合ってます、みたいな感じだったけど結局二人が欲しかったのは家だったのね。
「ねえ、僕との婚約、後悔してる??」
クラウス様は私の手を握り恐る恐る聞いてくる。
「後悔していませんよ。次期宰相と名高い素敵な旦那様と、次期王妃となる素敵な妹ができるんでしょう?むしろ私のような貧乏子爵家の娘でいいのか疑問なくらいです」
「僕もクラウディアも、アデルがいいんだよ。アデル以外を家族に迎えるなんて無理だ」
「ふふ、じゃあ何も問題ないじゃあありませんか」
そう言って笑うと、庭にクラウディアがやってきた。
「あ!お兄様ったらまたわたくしに内緒でアデルとお茶してらっしゃるんだから!」
ふふふ、突然婚約破棄を言い渡されたけど、公爵令嬢と同室だったおかげで私は幸せです!
***
追記
ひえええ、日間2位ありがとうございます…!
感想もありがとうございます。読ませていただいてます。