行と列のタイルSheet7:エピローグ
月曜日、スナック『エンター』の定休日。
アキラとエルはショッピングモールに来ていた。
気がつけばいつの間にやら年の瀬、そこかしこでクリスマスメロディーが流れるようになっていた。
ツリーやリースのオーナメントもエルにとっては興味深く、行く先々で足を止める。
深くかぶったニット帽でエルの耳は隠されている。
くすぐったいのにも大分慣れた様だ。
エルがアキラに腕を絡ませてくるのは出会った頃から変わらない。
もちろん当初は見知らぬ世界に対する恐怖心からだった。
今の二人を端から見たら至極平凡な仲の良いカップルに見えるだろう。
「エル、そろそろ次行くぞ」
「ねぇアキラ、これ何?」
エルはクリスマスツリーに飾られた松ぼっくりを指差した。
「あぁ、それは松ぼっくり。松という樹木の実…でいいのかな。それに見栄えするよう金色で塗装したやつだな」
「ツリーはモミの木だったよね」
「ん?おう」
「何で違う種類の実を付けるの?不倫の"托卵"みたいな事?」
「まてまてまて、またどっから"托卵"なんて仕入れて来た?元々はカッコウって鳥が他の鳥に卵を温めさせる用語だからおかしくないけど!不倫の時のは隠語だから言葉の仕入先に問題ありだぞ。クリスチャンに叱られるぞ」
その後、クリスチャンとかキリスト教とかあれこれ説明が続いた。
「まぁ、日本ではモミの実なんて入手出来ないから代用じゃないかな。クリスマスの日に七面鳥って鳥を食べるんだけど、日本では手に入りにくいから鶏のフライドチキン食べたりするし」
「ふーん、何か鳥の名前が色々出てきたね。そういえば前にグッさんがウチの店のこと"カンコドリ"がどうとか言ってたよね。アレも鳥の仲間なの?」
「あ…閑古鳥はカッコウの別名…」
アキラもたった今思い出した。
「はは、アキラが託卵するって事かな?それとも…」
「エル、もうこの話はやめよう。それより腹減ったから何か食ってこうぜ」
話題がアンタッチャブルな領域に及びそうになって慌てるアキラ。
「んー、じゃあ親子丼。親子じゃないのにねw 」
「ピンポイントだなw 親子じゃないといえば豚肉を卵でとじた"他人丼"ってやつもあるぞ」
「人じゃないのに"他人"なんだ」
「たしかにw」
そんなくだらない話を続けながらモールのフードエリアへ歩いて行く。
エルの笑顔がふと寂しげに陰る。
「私とアキラも"他人"になるのかな…」
「まぁこの世界の法律からしたらそうなるのかもな」
「…」
「俺は身内だと思ってるけど」
「ミウチ?」
「家族みたいなもん、というか家族だな」
「家族…か」
「やっぱり親子丼やめてパンケーキにする!二人で半分こするデッカイやつ!」
エルは語気を荒げて宣言する。
エルが指差す先にはパンケーキの食品サンプルがディスプレイされた小洒落た専門店。
見たところ女性同士の二人組か男女カップルの客ばかりだ。
アキラはもう丼物を食べる口になってて、正直気が進まなかったが逆らわない方が良さそうだと勘が働いた。
勘ならもう少し早く働かせろと言いたいところだ。
〈完〉
パイもパンケーキも分け合って食べるのが美味しい。