Number1:Just a bullet and knife for blood rain
駅を離れた彼女は、足早に歩みを進める。
指令書に記載のあった場所は、中心街広場の一軒の店。
ここザルコベルニア帝国は19世紀初頭、鉱物資源の採掘と流通により発展した島国である。
モダンな作りの建物が並ぶ街には、未だ12月の建国祭を終えた熱気が漂っていた。
路地の間を抜け、奥の広場に出ると、その店はあった。
背後を警戒しつつも、扉を叩く。
「こんな朝早く、誰だ?」
扉から出てきた大男は、寝起きなのか頭がボサボサだ。
「わたし、ジュナ•ノエルパージと申します」
「あぁ、嬢ちゃんか、入ってくれ」
店内には、古いものから新しいデザインの物まであらゆる種類の時計が、ひしめき合っていた。
ショーケースの中には、高価そうな腕時計が並んでいる。
何かを探す様に、追い求める。
周りを見渡す彼女に男は、怪訝な顔を浮かべた。
「嬢ちゃん、何か他に欲しい物があるのかい?」
「いやっ……ただ綺麗だなって」
「私、こういう静かで無機質な空間好きなの」
男はティアを見て、ふと心に思うものがあった。
−嬢ちゃんぐらいの年頃の女の子は、華やかに着飾った服を着て、友達と笑い合いながら街でファションに映画、喫茶店、彼氏と手を繋いで青春を楽しむ時期だろうに……。
…。
−世の中は個人の誰かを中心には回っていない。
平等や公平なんて言葉は理由の後付けに過ぎないのだろう。
慈悲なんて、この子には微塵のカケラも無い。
酷く痛む。この気持ちは、彼女達に届いているのだろうか。
この男は、謎に包まれたアリスの中でもティアの境遇を短くも、よく知っていた。だからこそ情が移っている。
俺らしくもねえ…。忘れたはずだ。もう…。
ティア自身、雨に濡れ、生命は尊いなどと言う道徳感とは、程遠い生活を強いられた。息絶え絶えに、最後の火も消え去り、泥に塗れた服と、脱ぎ捨てた片方の靴を持って、誰かに愛される愛する喜びを感じ得ない空の様相。
知らないわけでは無い。だが、彼女は親という存在を素直には受け入れられなかった。
襲撃の生き残りから、森を抜け、唯一の友人とも離れ、何もかもがどうでもよくなり、血に染まった地面に力尽きた。
最初で最後の私を知っている数少ない人物、信用しようとは思わないが、記憶の中では懐かしい匂いが残る。
私という存在を助けてくれたこの人に。
全てを委ねてもいいと思えた。感じ得る全てを。
だからこそ、この時間が無意味でないことを知っていた。
−それは、とてもとても遠い記憶。
ティアは、鳩時計が陳列されてあるエリアを前に歩みを止める。1つの時計に、目線が吸い込まれる。
壁にかけてある時計を外すと、裏側にあるボルトを丁寧にタクティカルツールで手際よく外していく。
時計盤の針を12時に回し、鳩時計の鳩を扉から引き抜く。すると時計の中のネジが緩み、カタンと音がした。
外れた板をどけると、金の懐中時計が姿を見せる。
手に取り、中を確認してから、チェーンベルトに繋げた。
男はティアに声をかけた。
「そろそろ、行くか?」
「うん」
机の棚から鍵を取り出し、階段を降りてゆく。
ティアも彼の後に続いて、地下へ繋がる階段を降りた。
男は鋼鉄製の扉を前に鍵を出す。
扉を開けると、そこには沢山の銃と弾が無造作に置かれていた。ホコリの被ったAMRや短機関銃もある。
「すまんな、埃だらけだが…」
「あの頃から、ここも変わってない…」
……。
「私、変われたのかな…」
「……あぁ、少なくとも前とは状況が変わったさ」
「頼まれてあったグロックM19だ」
アタッシュケースを開け、男は銃をティアに手渡した。
「バレルの調整に手間取ったが、銃剣武装の為の装置も着脱可能に改造してある」
弾を装填し、銃剣をグロックに装着する。
作業台の上に置かれてあるビール瓶に狙いを定めた。
照準を目標に合わせた後、素早く発砲、砕け散ったビール瓶の破片を跡形もなく銃剣で切り刻んだ。
ガラスの星屑の様に散らばった硝煙は、少女に警告する。
「流石だな」
関心する男をよそ目に、急ぎ臨戦態勢に入る。
入り口の扉から、誰かが来る気配がした。
銃を片手に、彼女は階段を降りる音の正体に向かって勢いよく走った。