もちもちワンコが彼女の弟だった場合 その2
何気に深刻な事態に陥っている。
今俺のアパートの部屋には、幼女となった彼女とその弟が居る。
ちなみに弟はハスキーの子犬みたいなモチモチわんこ。原因は彼女だ。何をどうしたのかは知らんが、自分の弟を犬にするとはなんたる所業。鬼平犯科帳の鬼平なら容赦なく「こらっ」と叱るだろう。
「ちょっと、あんたの所には洗面台に踏み台もないの?」
洗面台の踏み台って何だ、あぁ、あれか。子供が洗面台を使う時に高くて使えないから、補助的な感じに使うアレか。独身の部屋にそんなのあったら逆に怖ないか? っていうか俺、お前と一か月後に結婚式あげるんだけども、それでその文句行ってくる精神力がマジハンパないんだわ。
「あるわけないだろ、そんなの……」
「歯磨き粉だってメロン味ないし」
独身の男の部屋にメロン味の歯磨き粉あったら怖ないか? え、この男、メロン味の歯磨き粉使ってる……ってドン引きするわ普通に。っていうかお前、そんな旦那欲しいん? メロン味の歯磨き粉使ってるような旦那がいいん?
「あ、あるわけないだろ……そんなの……」
「男のくせに……」
いや男女差関係あるか?! この歳でメロン味使ってる人間そんなに居ないし、使ってるとしたら普通に歯周病予防とかその辺の警戒すべき所を警戒した歯磨き粉をオススメしたい!
「お前……いつ元に戻るんだ、その……幼女から」
「私が聞きたいわよ、そんなの」
いや、間違いなく今の質問は俺にだけに許された質問なんだけどな、お前の実験で弟君も犬にされてるんだし、もう少し罪悪感に苛まれても良い筈なんだけど、何でお前は俺の部屋に来て少年探偵が大活躍するアニメ映画イッキ見して、風呂入って歯磨いて寝ようとしてるわけ?!
「ぁ、忘れてた。子供の姿になったからには、あれをやらないと」
「あれ……?」
「そう、子供にのみ許された特権を行使するのよ」
なんか色々ありそうだが……どうせコイツの事だ、俺の予想のナナメ右を突いてくるに違いない。普通に考えれば映画を子供料金で見るとか、電車を子供料金で乗るとか、遊園地に子供料金で入るとかだが……
「ふふ、そう、子供にしかできない事……この姿でオンラインゲームして相手をキルした後に煽りまくるのよ」
「全ての小学生プレイヤーに謝れ! 全員が全員煽り行為してると思うな、っていうか大きなお友達の方が多いわむしろ! 運営にBANされてまえ!」
「何よ、冗談に決まってるじゃない。っていうか私、ゲームとか苦手だし」
まあ、それはそうだ。前にゲーセンに連れて行った時、UFOキャッチャーに100円玉すら不器用すぎて入れる事が出来なかった。目の前で見てた俺も唖然とした。そこは投入口じゃない、そこは返金ボタンを押した時に硬貨が出てくる所だ!
「っていうかお前……実験した張本人だろ。元に戻る方法をはよ見つけろよ」
「仕方無いわね……まあ、大体は分かってるのよ。方向性は」
ほう、ならすぐしろ、はやくしろ、今すぐしろ。
「キス」
「……なんだって?」
「だから、私にキスしなさい。それで戻るわ、たぶん」
カエルになった王子様か?! いや、この場合彼女の方が変身してるんだからちょっと違うけども、それでもキスで戻るって王道過ぎてちょっとよくわかんない、っていうかキスって俺とコイツが……?!
あれ?! 俺って……コイツとキスしたことあったっけ……
「ちょ、ちょっと待て……心の準備が……」
「はーやーくー、別に唇じゃなくてもいいわよ。手の甲でもほっぺでも」
「な、なんだと……まあ、確かに幼女にキスとか公式様やお気に入りユーザー様からお叱りを受けるかもしれん……」
「大丈夫よ、叱られるのは作者だし」
ん? 待て、その理屈で言うと……寅吉君はどうすんだ、誰にキスしてもらうんだ。ちなみに寅吉君は俺の膝の上でスヤスヤ眠りこけている。流石に犬の姿になったとはいえ、俺がキスするのは色々と不味い気が……っていうか彼女の前で彼女の弟にそんな事した日には、新しい扉が開きそうで怖い。
「寅吉君は……どうするんだ、誰にキスさせるんだ……」
「はぁ? 私がするに決まってるじゃない。私は寅吉が赤ん坊の時に一日数千回はキスしてたわ」
「数千回は多いんだよな、どう考えても」
「いいから早くしなさい、ほら、ほっぺに」
っく、本当に大丈夫かコレ……倫理的に大丈夫か?!
ええい、ままよ……!
※気が付けば朝でしたー☆
《信じるか信じないかは貴方次第》
「おはよう」
翌朝、目が覚めると目の前には普通に大人な彼女。
長い髪が印象的な、ちょっと変人な俺の未来の嫁さん。
「お、おはよう……なんだ、もしかして夢……だったのか?」
「何の夢みてたんだ? 後学のために教えてくれ」
「あ、あぁ……実は……ホニャララララ、ホラニャン、ホニャララモン」
「成程、興味深い。というかお前はアレだな。私の事をマッドサイエンティストにでも見えてるのか?」
ジト目で見つめてくる彼女。
完全に否定できない所が痛い。というか今はどんな状況だ、昨日の記憶が曖昧過ぎる……。
「まあ、夢なんてそんなもんだ、気にするな。それより式場から連絡があったぞ。細部を話し合いたいから旦那と一緒に来いとさ」
「あ、あぁ……分かった……俺達、結婚する所は夢じゃないよな……」
「当たり前だろ」
唐突に俺の唇を奪ってくる彼女。そのまま俺をベッドに押し倒して、上から見下ろしてくる。
「実感は復活したか?」
「ぁ、あぁ……」
なんだ、こんな事する奴だったか? やばい……なんか今更過ぎるけど、俺……男らしい性格のコイツにキュンキュンしている……うぅ、俺の心は乙女だったのか……。
「じゃあ着替えてくるから。覗くなよ」
「覗かねえよ……」
何はともあれ……アレは夢だったようだ。
昨日の記憶が曖昧過ぎるが……まあ、別にそう気にする事では……
「ワンワン! 酷いワン! 姉さんだけ元に戻って、僕はワンコのままだワン!」
……………
「おいゴルァー!! 夢じゃねえだろうがー!!」
完!