【短編版(修正版)】喰い殺されると聞いていたのに、最愛の番と言われてなぜか溺愛されています
私には義理の妹がいる。
私は前妻の娘で、後妻の子である義妹のイヴリンに、両親の愛情は向いていた。
愛情を妹が独占している理由は、私が前妻の子だから、というだけではない。
妹は強い魔力の素質を有しており、一方の私にはそういった力は全くなかった。
この魔力を有しているかいないか、それがこの国では……。
特に貴族社会では非常に重要になる。
なぜならば、
「いやぁ、本当に美しいな。イヴリンは。僕が愛するのは永遠に君だけさ」
「うふふ、言われなくてもわかってるわよ、レナード。それにシンシアお義姉様が羨ましそうに見ているわ、うふふふ」
そんな会話が目前でなされた。
いちおう、私に配慮しているような言葉を口にはするが、その目に映っているのは、私への侮蔑、差別意識、憐れみである。
配慮を口にする目的は、馬鹿にするのが半分、そして、こうして自分の番となる美しい男性を見せつけて悦に浸るためでもあるのだろう。
その証拠に、私が場所を移動しても、わざわざそれを見せつける場所まできて、こうしてイチャつき出すのだから。
抗議をしても効果はない。
いや、むしろ私が叱責を受けるだろう。なぜならば、
「なんだ、いたのかい? イヴリンとの逢瀬の邪魔だからどこかに行ってくれないかな」
妹にかけた言葉とは真反対と言って良い、とても冷たい声色で、私に言った。
その方は人間ではない。
吸血鬼。
古より、この世界には人間以外の幻想種と呼ばれる種族がいた。
その中でも高位種族として、吸血鬼種族は存在している。
古くは日光などに弱かった種族だが、今はもう違う。
それはなぜかと言えば、
「イヴリンのように美しく、そして強い魔力を持つ女性と番になれれば、また吸血鬼種族は強く、弱点も克服できる。ああ、愛しているよ、イヴリン」
「当然よ。私は魔力を持たないどこかの能無しさんとは違うもの♪」
口元を歪めながら、妹が嗤った。
私は思わず唇をかんで、悔しさをかみ殺す。
そう。この世界では幻想種が存在する。その幻想種は超常的な力や怪力、異能を持ち、この世界を裏から操っている。
しかし、そんな彼らと人間はうまく共生をしていた。
その理由と言うのが、さきほどの番になる、という言葉にあらわれている。
幻想種は古より存在すると同時に、様々な弱点を持っていた。例えば吸血鬼ならば、日光に弱かった。妖精は陽気だが知能が低かった。
しかし、現在の幻想種にはそういった弱点はほとんど無い。吸血鬼種族の場合は、まぁ多少、立ち眩みする程度だろう。
その細かい理由は分からないのだが、魔力の高い人間と混血していくことで、弱点が克服され、また種としての力や異能も強化されて行くかららしい。
そう言うわけで、人間は彼らと共生……というか、庇護されているわけだ。
魔力の高い血統は貴族として遇され、私たち一族、ロレーヌ侯爵家のように爵位が与えられることになる。これはいわばこれまで幻想種の発展にどれだけ貢献したかを表す尺度のようなものだ。
ゆえに、そうした貴族の生まれにおいて期待されるのは、当然魔力の高い人間であり、普通は多かれ少なかれ、魔力を持って生まれる。
でも、なぜか私は魔力が一切なく生まれてしまったのだ。
そうなれば、どういった扱いになるかは想像に難くない。
まず私の様な無能を生んだ事実を消し去るために、父は私を殺すかどうか真剣に議論したらしい。実の母が守ってくれたが、元々体の弱い人だったために、既に他界している。
後妻はすぐに迎えられた。当然だ。私が無能なのだから、絶対に有力な子供を誕生させる必要があったのだから。
そして、見事、義妹のイヴリンはその期待に応えたわけだ。
成績も優秀で、容姿も可愛くて端麗。
そんなイヴリンを見初め、番にしようとしたのは、幻想種の中でも高位種たる吸血鬼のレナード様だった。
こうなっては、私の居場所など家にあるはずもない。
両親、妹、そして吸血鬼のレナード様からも日々罵倒され、侮られ、自分の居場所なんてないというのが私の日常なのだった。
だから、そんな私に、久々に父親から声を掛けられた時は驚いた。
何事かと書斎に赴く。
すると、
「シンシア、お前は家の恥だ。さっさと出て行ってもらおう。だが、安心しろ。儂の方で嫁ぎ先の方は既に決めておいた。せいぜい、さっさと死んで、我が一族の恥をこれ以上、上塗りしないようにして欲しいものだな」
実の娘に言う言葉とは思えない罵倒の言葉で、そう吐き捨てられた。
ところで、普通、貴族の家督というのは長男か長女が継ぐ。
しかし、
「この家は無論、出来損ないのお前ではなく、イヴリンが継ぐ。反論など無論なかろうな? そもそも、お前のような娘を産んでしまったことが失敗だった。魔力もない無能な長女などな。死んでくれたほうがマシなところを、ここまで育ててきてやったのだ。感謝こそすれ、まさか我が侯爵家を継げるなどとは思ってはおるまい?」
分かってはいた。だけど、いちおう慣例というものは貴族社会においてとても重視される。だから反射的に聞いた。
「侯爵家は長女が継ぐものと……」
「ははははははは!!!」
突然、笑い声が響いた。
それは父の声ではない。
蝙蝠が舞い、一人の美男子へと変貌していく。
紅の瞳に艶やかな美しい金色の髪。ほっそりとした長身と真っ白な肌。その美貌は扇情的とも言える。吸血鬼のレナード様であった。
そして、彼が手を、まるで何かをつかむように動かすと、私の首が思いっきり締まるのを感じた。そして、そのまま、宙づりにされる。
(く、苦しいっ!)
「お前などがこの家を継げる訳がないだろう、無能のシンシア。それは僕の番、イヴリンへの侮辱にも等しい。この家は彼女のものだ、それを横取りしようとするとは、貴様、死にたいのかい?」
更に首が締まる。私はあえぎながら何とか声を絞り出した。
「で、でも、そんな急に出て行けなんて……。私はここにいることすら許してもらえないの?」
確かに私は無能だ。
魔力もなく、貴族として失格。
迷惑な存在かもしれない。
だが、曲がりなりにも家族なのは確かだ……?
殺したいほど、追い出したいほど恨まれるようなことをした覚えもない……。
でも、そんな切実な願いを打ち砕くように父は言った。
「残念だがシンシア。お前の姿が目に入るだけで、不快なのだよ。だから早く出て行ってもらいたいと前々から思っていたのだ。だが、お前が魔力なしの無能のせいで、なかなか嫁ぎ先が決まらなかった。そんな風に悩んでいる矢先、お前にぴったりの嫁ぎ先が見つかってなあ」
レナード様の力が弱まる。
ドサリ、と地面に落とされた。
「ぴ、ぴったり? げほげほ」
そう言えば、まだ嫁ぎ先がどこなのかを具体的に聞けていなかった。
「くっくっくっく、笑えるぞ。相手はあの人間を食べるのが大好きなレッドドラゴンなんだからな」
はーっはっはっはっはっは!
吸血鬼の哄笑が響いた。
と、同時に、『さっさと死んでほしい』という、父の言葉を思い出していた。
レッドドラゴン。
地上で最強の幻想種と呼ばれる存在。
だが、最強であるがゆえに、番を必要とせず、何万年と生き続ける伝説の存在と社交界では噂されていた。
そして、噂によれば、その何万年と生きることへの『飽き』から、人間を喰らうことを喜びとする『狂える幻想種』とも呼ばれているのだと。
そこに嫁ぐというのは、すなわち、死を意味する。
でも、私には他に行き場所などない。
何より、嫁ぐことが決まった後に、それを私の意思だけで反故にすれば、どれほどの怒りを侯爵家だけでなく、人間種族全体に及ぼすか分からなかった。人にとって幻想種とは、それほどの存在なのだ。
いわば私は人身御供。
生贄というわけだ。
「それでも、本当の親…‥なの?」
私は絶望に苛まれながらも、なんとかそれだけを言うが、
「いいや? お前の親であるなどと、一日たりとも思ったことは無い」
父ははっきりと言ったのだった。
「せいぜい、1日でも長く生き延びることだ。だが、レッドドラゴンのブラッドフォード=ヴァンドーム様はとても残酷な性格らしい。お前のような無能は一日と保つまい!」
私はその時、はっきりと自分が本当に誰からも愛されない、孤独な存在だったのだと、思い知らされたのだった。
レッドドラゴン。
それは幻想種の頂点ともいえる存在だ。
と、同時に最大の恐怖の対象でもある。
それは人間種族にとってもそうであるし、同時に、他の幻想種にとっても同じである。
何せ、レッドドラゴン以外の他の幻想種、それは通常の他のドラゴンも含まれるが、そうした幻想種たちは必ず人間の番を求める。
性別がない幻想種もたまにいるが、普通は女性の幻想種ならば魔力の高い男性を番として選び、一生をその人間に捧げると言って良い。一方選ばれた男の方は、その幻想種以外の女性と交流する自由と言うのはほとんどなくなるとも言えるのだが。
また、男性の幻想種の場合も大体同じだが、これは魔力の他に、運命力と言われるものが存在するらしい。男性の幻想種の場合は魔力の他に、その運命を感じる相手を番として選ぶこともあるという。
それがどういったものか、実際に見たことが無いので分からないが、その愛情は凄まじいものらしく、女性の幻想種の独占欲の比ではないらしい。
本来ならば屋敷の一室に監禁し、一生そこで一緒に暮らしても構わないとすら、幻想種の男性は思うものらしく、当然ながら他の男性からは更に厳重に会わせないようにするらしい。
ただ、それでは人の女性は神経がもたないため、幻想種の男性は何とか我慢をして、人間種族の女性の自由を辛うじて認める、といった感じらしい。
ともかく、その愛情は凄まじく、ほとんど狂気のように人間は感じるものとのことだ。
一方で、そこまでの愛情を向けられることをうらやましがる令嬢も多い。何せ、高位な幻想種からそこまで熱烈な愛を向けられるのだ。しかもそれは間違いなく真実の愛なわけだから、うらやましがる女性が多いことは当然だろう。
ただし、今回の自分がその事例に当てはまっているかと言えば、決してそうではない。
何せ会ったこともないのだから。
レッドドラゴン種族。
それは独りしかいない特殊幻想種だ。
だが、ただでさえ圧倒的な力を持つドラゴン種族に、ただ一人君臨する幻想種の頂点であり、他の幻想種をも圧倒しひれ伏される、絶対的存在。
そして、今のこの人間種族を庇護する制度や体制、幻想種同士の争いを終わらせたのもそのレッドドラゴンなのだと言う。
だが、その方には裏の姿があった。それが人間を食べることに悦びを感じる存在だということだ。噂によれば、一年に10人程度の人間を捕食しているとのことだ。
そして、今回、その生贄として差し出されるのが、魔力が0で貴族の末席を汚し続けた自分と言うわけである。
話が決まってからの準備は早かった。
私を追い出せることに、家族たちは喜びしかないらしい。
やっと魔力を持たない出来損ないを始末できる。その喜びがテキパキと指示を出す父の顔からは如実に現れていた。実の娘に見せる表情とは信じられないが……。
あなたの子がこれから死にに行くというのに。
もちろん、逃げ出すこともできるかもしれない。
だが、その際には人間種族全体にどういった懲罰が発動されるか分からない。
何もないかもしれないが……。
ただ、正直、いい加減、私は疲れていた。だからそんな気力は微塵もわかなかったのである。
生まれてこのかた16年。愛されることなく育った。
そして常に、義妹のイヴリンと比べられ、そのたびに罵倒の言葉と嘲笑、そして恥辱をうけて来たのだ。
誕生日を祝われたことがないのは、誕生をそもそも祝われていないからだし、使用人たちの態度も両親やイヴリンの顔色を見て、露骨にいじめを行う。食事がないことは当たり前であるし、屋敷に何週間も入れてもらえないような時だってある。
そして、今回の仕打ちは決定的だった。
本当に自分はいらない娘だとはっきりと断言されたのだ。
これまでもそういった態度はとられていたが、これほど決定的なことを言われ、行動で示されたのは初めてだった。生贄になれと、はっきりと言われたのだから。
もはや、この世界に居場所はない。
ならば、この絶望感を消し去ってくれるレッドドラゴンに遭い、喰い殺されるのが、自分の唯一の救いになるのではないか?
そう思い、自分の人生を受け入れたのだった。
手荷物は最低限にした。
というか、もともとも私の持ち物の、価値のあるもの全ては、イヴリンが欲しいと言えば、盗られてしまっていた。実の母の形見さえも……。
かつて着用していたちゃんとした服装はイヴリンにとうに燃やされていた。着る服と言えば、イヴリンが不要だとゴミ捨て場に捨てたものだ。そのボロボロのドレスを、自分で取り繕って着ているのだった。
そうでなければ私は裸で日常生活を送る羽目になっていただろう。
もちろん、イヴリンがそれを見逃したりはしない。あえて、そんな哀れな私を嘲笑するために、拾わせたのだ。
でも、服がないことよりはマシなので、耐えるよりほかなかった。
でもそんな思いをすることは終わりだ。
まるでゴミを捨てるように、クッションのきいていない、ボロボロの馬車に乗せられた私は、誰一人おつきの使用人の随行もなく、レッドドラゴンの男性の住む屋敷へと向かったのだった。
しかし、出発の間際に父と義妹のイヴリンがやって来て、嘲笑いながら言った。
「お前のような汚点をやっと消し去ることが出来て本当に良かった。これでやっと肩の荷が落ちたよ」
父は本当にうれしそうに言った。
「本当にお疲れ様でした、お父様。でももう安心してください。侯爵家には私と、そして上位幻想種のレナード様が婿入りするんだから。ああ、それにしてもお義姉様とはいえ、存在するだけで侯爵家の評判をおとしていたのだから、しっかりとこれまでの行いを悔いながら死んでね? この家は私がしっかりと守って行くからあは、あははははははは!」
私に反論するような気力は無かった。
仮にも血のつながった父と妹なのだ。
なのに、どうしてここまで冷血になれるのだろう?
私は、この侯爵家にそれほど邪魔な存在だったのだろうか?
「私は……。ただ、ひっそりとここに居させてもらえるだけで良かったのに」
「それが迷惑だというんだ。お前など本当の娘と思ったことは一度もないと、何度言えば分かる!」
「その通りよ、お義姉様。いい加減、気づけないの? 自分がどれだけ存在するだけで人に迷惑だってことを」
最後の最後まで、家族から疎まれ、蔑まれ、絶望の谷へと突き落とされる言葉で心をずたずたにされた私は、もはや言葉もなく、自分の家を後にしたのだった。
これから、レッドドラゴンに捕食される未来に絶望しながら。
……しかし。
「お待ちしておりました、シンシア=ロレーヌ侯爵令嬢」
「……え?」
私は思わず目を疑った。
たかだか、私の様な出来損ないの令嬢を捕食するためだけに、なぜか、
「どうして、こんなに何十メートルも使用人が並んでいるの?」
そう。
何日か馬車に揺られて到着したレッドドラゴンがいらっしゃる屋敷……というか広大なお城には、まるでパレードのように、使用人たちが並んでいたのだ。
しかも、きっちりと頭まで下げて。
「す、すみません。一体誰のお迎えでしょうか? 私はシンシア=ロレーヌ侯爵令嬢であって、人違いだと思いますが」
そう伝える。
恐らく、別の人間を迎えるための準備だと思ったからだ。
しかし、並んだ使用人たちの代表と思われる端正な顔立ちの青年は冷静な態度でもう一度はっきりと言った。
「いえ。人違いではありません。先ほども申し上げました通り、シンシア=ロレーヌ侯爵令嬢様を我々は心からお待ちしておりました。このような僅かな出迎えにてご気分を害されたようでしたらまことに申し訳ありません。ですが、主様があなた様を迎えるにあたって粗相がないように、今屋敷中を使用人が奔走しているところなのです。なにとぞお許しください」
「え? 私を迎えるために奔走?」
意味が分からない。
「私は生贄として喰い殺されると聞いてやってきたのですが……」
「は、生贄? ああ、どうやらあの噂が伝わってしまっていたようですね。申し訳ありません」
どういうことなのだろう?
「ともかく、どうぞおあがりくださいませ、シンシア様。こんなところで待たせたとあっては、罰を受けてしまいます。さあ、どうぞ」
有無を言わさぬ勢いに負けて、私は頷いてしまった。
「あ、えっと、はい。……ああ、そう言えばあなたのお名前は?」
「おっと、これは失礼しました。私はユーインと言います。このレッドドラゴン種族の執事を務めております、ブルードラゴン種族です。以後おみしりおきを」
ブルードラゴン!
幻想種の中でも、ほとんど最高位に近い存在だ!
とんでもない大物である。でも、どうして、そんな大物が私なんかを出迎えに?
私は混乱するばかりだった。
でも、本当の混乱は、この後さらに加速することになるのだが……。
レッドドラゴンが噂とは違う全く異なる存在であり、そして、出来損ないと蔑まれ続けた自分を番として認めるなどと、誰が予想できただろうか?
だが、私の人生はこの時から、彼からの愛を受けて、大きく変わり始めたのだ。
と、同時に、私を追い出した侯爵家は、反対に大きな不運に見舞われ始めることになる。
ここでまお読み頂きありがとうございました。
短編はここまでとなります。
連載版を開始しております。若干設定やストーリーが異なりますが、更にグレードアップした内容になっておりますので、ぜひお楽しみください。
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