表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ショゴス転生  作者: ほーりぃ♡しゅがぁ
4話 博愛の聖堂騎士
33/33

教育

 酒場での情報収集を終えて孤児院に戻ると、庭先でフーゴがイジメにあっていた。


「いつもみたいに泣いてみろよ。ほら!」


 ぼかりとフーゴの頭が小突(こづ)かれる。

 叩いた方の男子はダリオ。

 院で一番の乱暴者だ。

 年齢もここで最年長の十二歳である。


「泣けって言ってんだろ! フーゴのくせに生意気なんだよ!」

「泣く? よく分かりません」


 フーゴは泣くどころか、何にも感じていない。

 いっそ無機質とすら思えるような真顔である。


「なんだよ、お前! 薄気味悪いんだよ! とにかく反抗すんじゃねえ! いいから謝れよ!」


 ダリオの言い分は無茶苦茶である。

 これは子ども特有の理不尽な言い掛かりだろう。

 けれどもフーゴは素直に応じる。


「ごめんなさい」

「はぁ⁉︎ なんでお前が謝んだよ! 俺をおちょくってんのか⁉︎」


 これもただの難癖だ。

 どうやらダリオは、いつもみたいにフーゴをいじめてストレスを発散したいらしい。


 けれども、やはりフーゴは動じない。

 ただ淡々と殴られている。

 その態度がさらにいじめっ子の神経を逆撫でしていく。

 苛立ったダリオは何度も手をあげた。


「ちっ、なんで泣かないんだよ! ああ、もうイラつくなぁ! いつもならすぐに泣いてたくせに、まるで人形みたいになりやがって。どうしちまったんだ、こいつ」


 ダリオがガシガシと頭を掻いた。

 ここに来て、ようやく他の孤児たちが仲裁に入る。


「も、もうやめなよダリオ。こんなの見つかったら、院長せんせいに怒られちゃうよぉ」

「そうだよ。みんなで仲良くしようよぉ」

「うるせーな! お前ら、フーゴの味方すんのかよ?」

「そ、そういう訳じゃないけどぉ」


 これはどうにも止まりそうにないな。

 成り行きを見守っていたボクは、そろそろダリオを叱ることにした。

 早足で騒ぎの中心まで歩いていく。


「あなたたち! いったい何をしているのです!」

「げっ、院長先生。……んだよ、もう帰ってきやがったのかよ」

「ええ帰ってきましたとも。そしてダリオ。私は見ていましたよ? なぜフーゴに酷いことをするのです。彼のなにが不満なのですか。フーゴは模範的な家族ですよ」


 ダリオが鼻で笑う。


「はんっ、家族ぅ? こんなやつと家族なもんかよ! だいたい俺たちは孤児だっつの。だれひとり血も繋がってないのに、家族ごっこなんかやってられるか!」


 ボクはそのセリフにイラっとした。

 ダリオはボクの家族の一員だ。

 とはいえ、さすがに言って良いことと悪いことがある。

 ボクはボクの家族を否定する輩を許さない。

 家族を否定するとはつまり、ボクを苛む孤独を許容するのと同じことだ。

 断じて許せるものではない。


「……ダリオ……」


 思わず殺意をこめてダリオを睨みつけた。

 こいつ、どうしてやろうか。


「ひっ!」


 目が合うとダリオが悲鳴を漏らした。


 ボクは思う。

 ダリオは、明らかに『腐ったみかん』だ。

 早々に取り除くべきである。


 けれどもボクは、フーゴと同様この子のことも諦めない。

 だってかつては腐っていたフーゴも、いまや模範的な家族になれたのである。

 治療すればきっと、ダリオも模範的な家族の一員になれるのだ。

 ならボクは諦めない。


 考え込むボクにダリオが強がってくる。


「い、院長先生なんて、怖くねーし! それにいくら叱られたって、俺はフーゴみたいな弱虫と仲良くする気なんてないからな!」

「……弱虫?」


 この子は何を勘違いしているのだろう。

 フーゴは弱虫なんかじゃない。

 だってボクの手によって治療されたフーゴは、以前とは違う。

 腕っぷしも、そこらの傭兵なんかよりずっと強い。

 だって彼はもう、ボク謹製の改造人間になっているのだから。


「ダリオ、よく聞きなさい。フーゴは弱虫なんかではありません。肉体も、精神も、あなたよりずっと強いのですよ?」

「はぁ⁉︎ こいつがぁ?」

 

 ダリオはお腹を抱えて笑い出した。


「あははっ、受ける! 院長先生っていつからジョークが言えるようになったの?」


 ボクはなにかおかしな話をしただろうか。

 いや、話していない。

 事実を言ったまでだ。

 なのにダリオはボクを馬鹿にしたように笑い転げている。


 正直、不愉快だった。

 ダリオは最低だ。

 これは精神治療を行う前に、少しお仕置きしたほうが良いかも知れない。


 ◇


 ボクはフーゴに命じる。


「フーゴ」

「はい。院長せんせい」

「ダリオを黙らせなさい。……そうですね。あなたは散々叩かれていたことですし、少し叩き返してあげなさい」


 フーゴが頷く。


「あ、でも手加減はしてあげること。あなたたちは兄弟みたいなものなのですから、決して殺してはいけません」


 フーゴはまたこくりと頷き、ダリオの襟首を掴んだ。

 そのまま片手で持ち上げる。


 いきなり万力みたいな力で首を締め付けられたダリオは、その膂力に驚き、そして苦しげに顔を歪めた。


「おまっ⁉︎ は、離せ! ぐぇ」

「……ダリオ。これは院長せんせいの言い付けなんだ。言い付けは守らなきゃ。だから痛くても我慢して」


 そう言うなり、フーゴは持ち上げていたダリオを地面に叩きつけた。


「ぎゃ⁉︎」


 少年の細い身体が大きくバウンドする。

 強かに背中を打ったダリオは、肺からすべての息を吐き出した。

 口をぱくぱくさせている。

 どうやら衝撃のせいで、うまく呼吸が出来ないらしい。


 フーゴが倒れたダリオに馬乗りになった。

 そのまま顔を殴り始める。


「ぐぁ⁉︎ や、やめろ! フーゴてめぇ! こんな真似して、後でどうなるか……ぎゃ! ふ、ふざけ――」


 フーゴは淡々と殴る。

 機械のように一定のリズムでひたすら殴る。

 その様はまるで作業そのものだ。

 ダリオも反撃を試みるが、軽くあしらわれている。


 フーゴが拳を振るう度、ガンガンと打撃音が響く。


「やめっ、うぎゃ⁉︎」


 ダリオは反撃を諦めた。

 これ以上殴られまいと、両腕で顔を覆って隠そうとする。

 けれどもフーゴは力任せにガードを引っぺがし、また殴り続ける。

 折れたダリオの歯が、幼い拳に突き刺さった。

 けれどもフーゴは何も気にした素振りをみせず、また殴る。


「ぎゃ⁉︎」


 メキッと歪な音がした。

 ダリオの鼻が折れたのだ。

 鼻腔から首筋へと大量の血が流れだし、ダリオを赤く染めていく。


「……許さへぇ……! ……フーホ、てめえ! 殺ひてやる……! 絶対ひ、殺ひてやりゅ!」


 口の中が相当に切れているのだろう。

 ダリオは不明瞭な発音で凄んだ。


 けれどもフーゴはそんなもの一向に意に介さない。

 ずっと機械みたいに無表情なまま、ただひたすらに彼の顔を殴り続けている。

 ダリオの顔が見る間に腫れていく。


「……や、やめっ、……もう、やめへっ……」


 ついにダリオが根をあげた。

 しかしフーゴは手を休めない。

 それは当然のことだ。

 なぜなら家長であるボクが、まだやめろと命じていない。

 ならフーゴは殴るのをやめない。


「……うう、もう、やめへくれ……やめへよぉ……」


 ダリオが泣き出した。

 少しは反省できただろうか。


 ボクは泣きべそをかくダリオを眺めながら思う。

 これは言わば愛の鞭だ。


 そしてこの鞭は、ダリオただひとりに向けたものではない。

 集まった孤児たちみんなに向けたものだ。

 家族で仲良くしないとこうなりますよという、言わば見せしめだ。

 だからこれは愛の鞭であると同時に、教育でもある。


 ボクは周囲を見回した。

 みんな、ちゃんと学んでくれているだろうか。

 子どもたちは唖然としながら、目の前で行われている教育を見つめている。

 最年少組は、抱き合い震えながら泣いていた。


 ◇


 教育は続く。

 黙々とただ殴られ続けたダリオは、顔をパンパンに腫らし、血みどろになっていた。

 身体もぐったりしている。


 まったく最初の頃の威勢はどこにいったのか。

 馬乗りから解放されたダリオは、完全に頭を抱えて丸まっていた。

 その横っ腹を、フーゴが蹴り上げる。


「ぎゃ! も、もう、ゆるひへ……!」


 ダリオは涙と鼻水と血で顔をくしゃくしゃにしながら、命乞いを始める。


「た、たしゅけて……! も、もう、やめへ……!」

「やめないよ」


 フーゴが端的に答えると、ダリオは起き上がり、逃げ出した。


「ひぃ! ……し、死ふっ、……殺さへりゅ……!」


 けれども改造人間からは逃れられない。

 フーゴは必死になって走るダリオに悠々と追いつき、彼の後頭部を掴んだ。

 再びダリオを地面に転がすと、今度は掴んだ後頭部を押し付け、ガンガンと顔を大地に叩きつける。


「あぐぁ! あ、あぎゃ⁉︎」


 何度も何度も叩きつける。

 フーゴに慈悲は見られない。

 周りで呆気に取られていた孤児たちが泣き出した。


「ひっく、……やめて……もうやめたげてよぉ……」

「いやぁ。こんなの嫌だぁ」

「うええ……! 院長せんせい、止めてあげてよぉ」


 うん。

 そろそろ頃合いだろうか。

 みんなもやんちゃをすればどうなるか、しっかりと学んでくれたことだろう。

 ボクは命じる。


「フーゴ。やめなさい」

「はい。院長せんせい」


 フーゴがぴたりと動きを止めた。

 ボクは彼のところまで歩み寄り、頭を撫でて、柔らかな髪を指で梳いてやる。


「偉いですよフーゴ。ちゃんと言うことが聞けましたね」

「はい。院長せんせい」

「ではダリオを院長室まで運んでくれますか?」

「わかりました」

「ふふふ。フーゴは本当に賢い子です」


 ぐったりとして動かなくなったダリオを、フーゴが担ぎ上げた。

 ボクは集まっていた孤児たちに声を掛ける。


「みなさん、ちゃんと見ていましたか? 喧嘩をすると、こう言う目に合います。わかりましたね?」


 しばらく返事を待つも、誰も口を開かなかった。

 まったく仕方のない子どもたちである。

 でもまぁ良いだろう。

 これは初回の教育なんだし、こんなものだと思う。

 これからも教育の機会なんていくらでもあるだろうし、みんなには徐々に家族のルールを覚えて貰えばいい。

 焦る必要はないのだ。


「それではみなさん、お部屋に戻りなさい」


 ボクはダリオを担いだフーゴを伴って、院長室に足を向けた。

 その背中を呼び止められる。


「あ、あの! い、院長先生……!」


 年長組の女の子、エマだ。

 だが腰が引けている。


「なんですか?」

「……ダ、ダリオを……どうするつもりなんですか?」

「ああ、心配しなくても大丈夫ですよ。ダリオは心の病気なのです。だから治療を施すのです」


 まあ具体的にはロボトミー手術をするのだけどね。

 それ以上、なにも言えなくなった女子を残して、ボクたちは院長室に戻った。


 ◇


 翌日。


 ボクの精神治療を受けたダリオは、フーゴと同じく模範的な家族になっていた。

 常に真顔で無機質な表情。


 そのことについて質問してくる孤児はいなかった。

 そしてその日以降、孤児たちは誰も、ボクと目を合わせようとしなくなった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 …………。


 ダリオに教育を施してから数ヶ月が過ぎた。


 あれからも、細かな問題は何度も起こった

 そしてその都度ボクは、問題を起こした孤児にロボトミー手術を施した

 その甲斐あって、今では大半の孤児が模範的な家族になっている。


 ところで、これから昼食の時間である。

 ボクたちは食事の準備をしていた。


 孤児たちは誰もが、ひと言の会話もかわさずに、淡々と食事を配膳していく。


 そんな静寂の中、まだロボトミー手術の済んでいない孤児だけが、手にした食器をカチカチ鳴らしながら、ぶるぶると身体を震わせている。


 いったい何を怖がっているのだろうか。

 ともかく家族の団欒を乱すなら、いずれこの子にも治療が必要になるのかもしれない。


 昼食の準備が終わり、みんなで席に着く。

 ボクは家族に語りかける。


「……ふふ、静かですね。行儀がよくて偉いです。けれど、食事の前くらい、子どもらしく騒いでも良いのですよ? ほら、フーゴ、ダリオ、エマ。喜びなさい」


 ボクは三人に命じた。

 すぐにフーゴとダリオが応じる。


「うわぁ。今日のお昼ごはんは、パンが二つもある」

「すごい。おいフーゴ、お前、小さいんだから二つも要らないだろ。一つ寄越せよ」


 フーゴとダリオは、抑揚のない控えめな喋り方で戯れ合っている。

 以前の仲の悪さなんて何処へやらだ。

 すっかり仲良くなったようで、大変喜ばしい。


「フーゴはダメか。じゃあエマのを寄越せよ」


 真顔のダリオに話しかけられたエマが、びくんと震えた。


「ひっ⁉︎ あ、あたし⁉︎」


 青褪めた顔で、頬を引き攣らせながら笑う。

 ちなみに3人の中では、エマだけまだロボトミー手術を施していない。


「あ、あははっ! も、もうダメよ、ダリオ。じじじ、自分の分だけで、が、我慢しなさいよ……! うっ、うう……」

「ちぇ」


 うん。

 フーゴやダリオはもちろん、エマも良い子だ。

 ボクは仲良く騒ぐ家族を前に、笑みをこぼした。


「さぁ、それじゃあ食前の祈りを捧げますよ。静まりなさい」


 フーゴたちが、真顔に戻ってぴたりと口を閉じる。

 何故かエマが泣き崩れた。

 ボクはその様子を眺めてから、初代聖女への祈りの言葉を口にするのだった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 …………。


 家族と過ごす日々。

 また数ヶ月が経過していた。


 なんやかんやで、すべての子どもたちのロボトミー手術を終えたボクの心は、穏やかだった。


 もうこの孤児院に、諍いなんてものは存在しない。

 平和そのものだ。

 ボクはこの理想郷で、みんなと愛を育んでいくつもりだった。


 しかし平穏が破られる。

 ある日、突然の来客があったのだ。


「……もし。少しお邪魔してもよろしいかしら? 久しぶりに、子どもたちの声を聞きに来たのですけれど」


 やってきたのは金髪の美女だ。

 誰だろう。


「どなた様でしょう?」


 出迎えるボクを見て、その美女はハラハラと涙をこぼした。


「……ああ……! 遂に……遂に、この時がやってきたのですね。わたくしを死出の旅路に導いて下さる御方様。本当に、本当に、お会いしとうございました。悠久の責め苦のなか、わたくしはただ貴方様への思慕を募らせながら、耐えて参りました」


 言っていることが、よく分からない。

 困惑するボクに、彼女が極上の笑みを浮かべる。


「さあ、愛しい貴方様。どうぞわたくしを、ベルローザを殺して下さいませ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おお!ついに出会いましたね! どんな化学反応が起こるのか楽しみです! [一言] 面白くて一気読みしてしまいました! ショゴスくんのこれからが楽しみで仕方ありません ちゃんと愛を知ることが…
[良い点] とても好きなストーリーで読んでいて面白いです!続きも楽しみにしています!
[一言] 人形遊びの後に電波な自殺志願者とのお話愛かw糞化け物も流石に困惑w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ