改造実験
狭い小屋の至るところに、廃人になったエルフの男女が転がっている。
その数は八人ほど。
こいつらは全部、末期の薬物中毒者だ。
どのエルフもみんな瞳孔を限界まで開いていた。
だらしなく開いた口から赤子のように涎を垂らし、「あー」だとか「うー」だとか訳のわからない呻き声を漏らしている。
「あーあ。まったく酷い有り様だなぁ」
ボクは彼らを見回して、頭を掻く。
エルフたちを薬物中毒にして、ボクを求めさせ、愛させようとした計画は失敗だ。
いや中毒にするまではすんなり上手くいったのだ。
けれども薬物中毒者から薬を求められたからといって、それで愛されている実感なんて、ボクにはこれっぽっちも湧いてこなかった。
むしろ蠅に集られるような鬱陶しさすら思える。
「……ぉ、お願いだ……。薬を、くき、ク、薬をくれぇ……!」
ひとりのエルフが、ボクの脚に縋ってきた。
禁断症状を起こしてなりふり構わず懇願してくるその姿は、憐れを通り越して滑稽に思える。
たしかこの彼は、攫ってきた当初は随分強気な態度でボクに罵詈雑言を投げかけてきた相手だ。
それが最早この様子である。
「ぷふっ! ふふふ。みっともないですねぇ。薬ですか? いいですよー」
ボクは体内で覚醒剤を精製した。
首筋にぷすりと針を突き刺してから注入していく。
「……あ゛っ! あっ、あっ、あ゛あ……! あああ゛……!」
エルフが恍惚とした表情を浮かべた。
小刻みにぶるぶる震え、全身を駆け巡る快楽に酔っている。
それを見た周りのジャンキーどもが、ごくりと喉を鳴らした。
かと思うと次々と群がってくる。
「わ、私にも! お願いです! クくく、薬を……!」
「どどど退ケっ! おお俺が先だ!」
「ああ、あたしが先に決まってるでしょう! あんたこそ退きなさい! ぶぶブチ殺すわよ!」
口汚なく罵り合っている。
白目を真っ赤に血走らせたエルフたちが、醜く争いだした。
ボクは苦笑しながらそれを諌める。
「はい、はい、喧嘩しちゃだめですよぉ? ちゃんと順番に並んで下さい。じゃないと、お注射打ってあげませんからねぇ」
薬を貰えないことに恐怖を覚えたのか。
エルフたちは即座に争いをやめて一列に並んだ。
「よく出来ました。それじゃあお薬の時間ですー」
ボクは彼らに、順番に覚醒剤を投与していく。
みんなとても幸せそうで、ボクも嬉しい。
だからこんな薬程度でよいのなら、望むだけ与えてあげよう。
いくらでも。
いくらでも。
だって彼らには、この先まだまだ使い道がたくさんあるのだから――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日のボクは、男性のエルフに人体改造を施していた。
「よし、完成だ」
出来上がったばかりの改造エルフを眺める。
外見上は改造前となんにも変わっていない。
ボクは麻酔が切れるのを待って、目を覚ました彼に話しかけた。
「お目覚めですね。調子はどうですかぁ?」
「……少し、……身体が、だるい……」
「ふむ、ふむ」
この改造エルフ。
じつは皮膚の表層や骨、筋組織の一部なんかを溶かして、ショゴスの細胞に置き換えてある。
「痛みはないですかー?」
「……それは、ない……」
「腕が上がらないとか、脚や関節が動かないとか、そんなことはないですかぁ?」
起き上った彼が腕を回し、屈伸運動をしてみせた。
どうやら問題はないようである。
「じゃあ異常は、身体のだるさくらいか……」
どうしてだろう。
分裂させたボクの細胞自体は、しっかり彼に定着しているはずだ。
でも、もしかすると馴染むまでに時間が必要なのかもしれない。
ともかく検証だ。
「では、着いてきて下さいー」
ボクは改造した彼を、小屋の外へと連れ出した。
◇
里の外までやってきた。
ここは大小様々な大きさの岩が、無造作に転がっている場所である。
ボクはその中から一際大きな岩を選び、ぽんぽんと軽く手のひらで叩きながら彼を促す。
「さぁ、この岩を殴ってみて下さい。手加減抜きで思いっきり殴るんですよ?」
改造エルフの彼が戸惑う様子を見せた。
「え? い、いや、そんなことをしたら、俺の手が……」
「あははっ。大丈夫ですよ、そんな程度で怪我なんかしないです。さぁ、言う通りにして下さい。さもないと今日はもうお薬を打ってあげませんよぉ?」
「そ、そんな……! それだけは許してくれ!」
彼が岩に向き合った。
だが成人男性の背丈の倍ほどもある大岩だ。
普通に考えるなら、常人が殴ったところでビクともしないだろう。
「……くっ。……うおお!」
覚悟を決めた改造エルフが、拳を振るう。
するとドカンと大きな破砕音が響き、ゴゴゴと地鳴りを伴いながら大岩が粉々に砕かれた。
これは物凄いパワーだ。
「――なっ⁉︎ い、いまのは⁉︎ 俺がやったのか?」
改造体の彼は、傷ひとつ負っていない自分の拳を見つめながら、自らの膂力に慄く。
ボクは満足のいく結果にニコリと笑みを浮かべた。
よしよし。
良い結果が得られたぞ。
ボクはこうして他人を強くすることだって出来るのだ。
この能力は、先々、真にボクを愛してくれる仲間を得られたときに、きっと役に立つだろう。
「……す、凄い、凄すぎる……」
見れば改造エルフは得たばかりの力に酔いしれていた。
「……は、ははは……。この力が有れば……」
眼前に持ち上げた手のひらを眺め、不穏な笑みを浮かべている。
かと思うと彼は真顔になり、こちらに視線を移してきた。
彼からじっと見つめられたボクは、その目力の強さにちょっと気圧される。
「……なぁ、プレナリェル……」
「な、なんですか?」
なんか、嫌ぁな気配を感じる。
「……この力が、……このもの凄い力さえあれば、俺がお前なんかに従う必要はないよな? ……むしろお前を従わせて、一生薬を作らせ続けることも……」
彼はぶつぶつと何事かを呟いてはいるが、小声過ぎて内容が聞き取りにくい。
ボクは戸惑った。
かと思うと次の瞬間、改造エルフが雄叫びをあげて襲い掛かってきた。
「う、うおおおぉぉぉッ! プレナリェぇぇぇル!!」
「えっ? な、なんですか⁉︎」
彼は一足飛びに距離を詰めてきたかと思うと、今しがた大岩を砕いてみせた鋼の拳を頭上に大きく振り上げた。
なんだ⁉︎
打ち下ろしの右ってやつか⁉︎
「ちょ⁉︎ ちょまっ⁉︎ そんな、ボクサーじゃないんだから!」
こんな急な展開はびっくりだ。
このままでは、ボクは殴り飛ばされてしまいそうである。
だがしかし――
「ぐっ!」
改造エルフがピタリと動きを止めた。
ボクの眼前まで拳を突き出した姿勢で、彫像みたいに固まっている。
ボクはため息をついた。
「……ふぅ。まったく」
「な、なんだ⁉︎ 動かない! 俺の身体が、まったく言うことをきかない!」
「……馬鹿ですか?」
「くそぉ! 動けっ、動けよ!」
必死に身をよじろうとする彼に語りかける。
「……あのですねぇ。このボクが安全措置も設けずに、そんな危険な力を貴方なんかに与えるはずないでしょう?」
「なんだと⁉︎」
この改造エルフに分け与えたショゴス細胞は、基本的には休眠状態にしてある。
この状態であれば自分の筋肉を動かすように、宿主が細胞に命令を下せるのだ。
だから改造後も、改造体は自らの意思で不自由なく動ける。
けれども細胞はあくまで休眠させているだけ。
例えば改造体がボクへの敵意や害意を抱いたときに、すぐに目を覚ませるよう事前にセットしてある。
そしてショゴス細胞は分裂したボク自身だ。
言うまでもなく、目覚めたあとの主導権はこのボクにある。
つまり要約すると、改造された相手は身体能力が飛躍的に向上するものの、その代償としてボクの支配下に置かれるのだ。
「ぐぎぎ! 動け! 動けよぉ!」
「動きたいんです? いいですよ」
ボクは彼に植え付けた細胞に命令して、無理やり歩かせる。
まるでリモートコントロールの玩具である。
向かう先はルィンヘンの小屋だ。
実験結果は上々だった。
次はこの改造エルフを使って、どこまで人体をショゴス細胞に置き換えることが可能かを検証しよう。
「なぜだ! なぜ俺の身体が勝手に動く!」
「それはですねぇ。そういう風にボクが改造したからです。ふふふ、凄いでしょー!」
無邪気に笑ってみせると、彼の瞳が絶望の色に染まった。
◇
小屋に戻って改造体に更なる施術を行う。
彼は随分と反抗的で元気そうだったから、念入りに、全身の二割ほどをショゴス細胞に置換してあげた。
そうしたら、あっけなく死んでしまった。
彼の死体を検分して判明したのだが、どうやらボクのショゴス細胞には毒性があるらしい。
だから慣らさず急激に細胞を置き換えすぎると、その毒によって宿主は亡くなってしまうみたいなのだ。
ボクは彼の遺体を溶かして食べながら、今回の改造実験について反芻する。
とても実りのある検証結果が得られたように思う。
それもこれも、亡くなった改造エルフの献身あってこそだ。
こうしてボクは髪の毛一本まで余さず平らげた改造体の彼に、深く感謝したのだった。




