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傭兵譚  作者: Lance
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ペケ村にて

 風を切る音が鋭く木霊する。

 フレデリカは右手に長剣の木剣を持ち、同じく長剣の木剣を持ったプラティアナと手合わせしていた。片手剣を握るのはサーディスの指導以来だ。なかなか慣れなかったが、大人しく義手ができるのを待つことはできなかった。そしてプラティアナとの模擬戦は実に久しぶりだった。夫、カイは剣術でも弓術でも師を凌ぎ免許皆伝となった。妻のプラティアナはそこまではいかなかったが、単純な話、片手剣ではフレデリカより上だった。

 避けて反撃、打ち込み、足捌き、影を残すような動きは見事の一言に尽きる。

 居合わせたアルバート老夫婦や村人、子供達は見えぬ剣閃を扱う二人に驚愕の目を向けていた。そして口々にプラティアナちゃんがあんなに強かったなんて、と、声を揃えていた。

 プラティアナはおっとりというよりはしっかり者といった方が当てはまるだろう。優しいが芯は折れない。まだまだ赤ん坊の子供をあやす時も、諭すように在りし日の父や師の姿を語り聞かせていた。

 腕を強かに打たれ、フレデリカは剣を取り落とした。まるで見えない。私の剣も見えないはずなのに彼女は目と勘が良いらしい、全て回避して見せた。

「負けた、プラティアナ、さすがだな」

 出会った頃から、いや、その前から片手持ちの長剣を扱っていた彼女にフレデリカは自分では勝てないことを悟った。

 彼女にサーディスの教えはいらなかったかもしれない。

「そんなことありませんよ」

 剣を拾い、柄を差し向けてプラティアナは言った。銀色の髪の下で目は笑みを見せていた。

「ん?」

「御師匠様の教えが無ければ私は私の限界を超えられなかったでしょう」

「ありがとう」

 フレデリカは嬉しく思って礼を述べた。

 そして二人は再び向かい合う。フレデリカが踏み出した時だった。

「ちょいと、その勝負お預けだよ」

 すっかり馴染み深くなった女性の声がし、サリーが歩んで来た。手には鉄製の義手を持っている。もう何度も何度も微調整を頼んでいた。申し訳ない気持ちだったが、ローランドの言う通り、サリーは挑戦したがりだった。決して妥協を認めない。ただ、自分や他人の子供に甘いのは救いだった。ローランドにはどうなのだろうか。完全に彼が尻に敷かれているだろうとフレデリカは予測した。

「握りを少しいじってみたんだどうかな」

「自分で着けさせてくれ」

 フレデリカはもたつくことを知りながら、更にギャラリーが未だに居る中でもそう言った。

 木剣をプラティアナに預け、広がった手の形をした肘から少し先からできている鋼鉄の義手をはめ、右手だけでベルトの穴に通し、きつく縛った。そしてバンドを肩に回す。

 重さは変わらない。鉄の重さのままだ。フレデリカの右腕と同じサイズのそれを腰に差している両手持ちの剣の柄に添えると、腕のレバーを押した。金属の動く音がし、義手は握り拳となって剣の柄を掴んだ。

 村人らが感心と驚きの声を漏らす。

 フレデリカは右手も柄を握り、そして剣を引いた。

 あの日、ローランドに貰った両手剣クレイモアーは午後の優し気な日差しを受けて淡く刀身を輝かせた。

「どう?」

 サリーが尋ねて来る。

「今までで最高の握りの固さだ。これならすっぽ抜けることも無いかもしれない」

 フレデリカは周囲の期待に応えたわけでは無いが、軽く一振り素振りした。

 柄がずれない。

「良いかもしれない」

「だったらそれで千回ぐらい素振りしてみて様子を見ようか」

 サリーが言うと村人らは驚いた様子だった。

「千回も?」

「サリーさん、それは石橋を叩き過ぎじゃないかね?」

 そんな声が聴こえてくる。

「フレデリカは戦場へ行くのよ。戦場に私はついていけないもの。石橋を叩き過ぎるぐらい試してみて始めて合格にしないと、私の方が夜も眠れないよ」

 サリーはそうやんわりと言葉を返した。

 フレデリカはもう一度、剣を振る。鋼鉄の義手はがっちり握り拳が固定され柄を握り締めている。これでカボチャなどを握った時は、皆を驚かせることになるだろう。フレデリカは次第に義手に心を許し、人々の前で一本一本丁寧に素振りをした。

 観客は次第に減り、最後はプラティアナと、キラを預かるアルバート老夫妻、サリーだけになった。

 その頃にはフレデリカの素振りは百本を超えていた。

 戦うだけに特化した信頼できる相棒が欲しい。フレデリカは義手での日常面を捨て、傭兵として戦場で生き残る方向に全力を注ぐことを頼んだ。鋼鉄の義手はその願いに応えている。

「それじゃあ、そいつは預けて置くよ。不審なところがあったら、どんな細かいことでも良いからいつでも持って来ておいで」

 サリーが言った。

「ありがとう、サリーさん」

「ありがとうございます、サリーさん」

 フレデリカに続いてプラティアナも礼を述べた。

「うん」

 サリーは満足げに微笑むと去って行った。

 キラが泣き声を上げた。

「あらあら、キラちゃん、どうしたの。あ、うんちしちゃったの」

 アルバート夫妻の妻が愛しげに言うとプラティアナが慌てたが、相手は手で制した。

「キラちゃんは私達に任せてフレデリカに付き合ってあげなさい」

 アルバート夫妻の妻がそう言い、プラティアナは頭を下げた。夫妻が去って行くと、彼女は言った。

「素振り、お付き合いしますよ、御師匠様」

「すまないな。いや、ありがとうか」

 フレデリカの言葉にプラティアナは微笑むと、二人は剣を振るった。プラティアナも両手持ちの剣を振っている。腰が安定していない。だが、注意を受ける前に彼女なりに修正し、一本一本を大事に剣を上げては下ろした。

 フレデリカは自分も義手を相手に体勢を保つことを意識して振り、薙いだ。

 そして千本目までは程遠いが、何故かこの義手ならば完ぺきな様な気がした。クレイモアーを見る。ローランドとの友情の証だ。

 再びこの剣を振るえる時が来るとは思わなかった。

 フレデリカは胸の内で感動を覚え、赤鬼の皆に自分が何の遜色も無く戦える姿を見せたい気持ちに駆られた。

「今は、一歩ずつですよ、御師匠様」

 プラティアナは人の心を読めるのだろうか。はにかんでそう言った。本当に綺麗な娘だ。

 そうしてフレデリカの最初の戦いは幕を開けたのだった。

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