ロウ傭兵団2
盗賊の群れが兵糧庫を目指している。
そんな噂がどこからともなく守備兵の間に広まった。
腕組みする指揮官のもとへ覆面姿のクラウザーとテトラが馳せ参じた。
「我々がまず偵察に出てみましょう」
クラウザーが言うと指揮官は傭兵団の存在に頼もしく思ったのか、少々安堵した様子で頷いた。
ロウ傭兵団は外に止めてあった馬にそれぞれ飛び乗ると、出発した。
2
「ところでテトラ殿」
覆面を取ったクラウザーが並走する彼に向かって話しかけた。
「何かな?」
「仮にとはいえ我らが傭兵団のロウとは何だ?」
その問いにテトラは少々胸を篤くして応じた。
「我が東方連合では、ロウは正義という意味なのだ」
「正義の傭兵団か」
クラウザーはそう言うと、大きく頷いた。
百騎の騎兵は一時間ほどの距離の場所で馬を止めた。
「さて、デイッツ、伝令に出て貰えるか?」
クラウザーが言うと、彼よりも年上の若い家臣は応じた。
「奴らに地獄を見せてやりましょう」
デイッツは駆けた。
ロウ傭兵団は横並びになった。
「これは高潔なる騎士の陣形」
鉄球のハミルトンが声を漏らした。
「ランスは無いが、突撃して一気に殲滅する」
「ははっ!」
ハミルトンとギュイが応じた。
テトラはロイトガルから送られてきた槍を振り回した。胸が高鳴るのを抑えきれなかった。
程なくして地鳴りを上げて、兵糧庫方面から騎兵隊が現れた。
「いよいよですな」
ギュイが覆面の下で言った。
駆け付けて来た守備兵らの姿が鮮明になりつつある。
「今だ! 行くぞ、ロウ傭兵団!」
クラウザーが太刀を振り上げ、咆哮する。そして駆けた。解放軍、いや、傭兵団は真一文字に疾走した。
一騎が抜ける。デイッツだ。
隊形が乱れ、訳が分からずぼんやりしているしているだけの増援に向かってロウ傭兵団は容赦なく得物を突き出した。
馬の勢い、鎧と肉を突き破る凄い手応えが槍先から手元に伝わって来る。
「こ、これは一体!?」
奥で難を逃れた二騎の騎兵が慌てて馬首を巡らせた。
テトラは後を追い、背中から長弓を構えた。
隣でクラウザーも弓を構える。
走る馬の背から二人の矢が飛んだ。そして先を行く敵兵にそれぞれ命中した。
二人は駆けた。矢はそれぞれ兵士の首を貫いていた。
「やるな、クラウザー殿、ここまでとは、驚いた」
テトラは若き頭目の思ったよりも見事な腕前を称賛した。
味方勢が合流してくる。
「さぁて、これで残るは兵糧庫を襲うだけか。最初の一手で不意を衝けるが、それ以上は油断なく戦え」
デイッツが言うと兵らは頷いた。
「それにしても槍は使い難いな」
ハミルトンがそう言った。
ロウ傭兵団は前進し、兵糧庫の正面に陣取った。
「傭兵団か、残りはどうした?」
守備兵の指揮官が尋ねる。
「実は盗賊の勢いが余りにも強過ぎまして」
ハミルトンがそう言い鉄球を振り回す。
「む!? まさか」
そう口にした瞬間、ハミルトンの手から鎖が伸び、鉄球が指揮官の顔面を打った。骨が拉げる音がした。
「それ、かかれー!」
クラウザーが声を上げる。
ロウ傭兵団は広い兵糧庫の内部へ馬を走らせ、状況の分かっていない敵兵を切り裂いた。
テトラも槍で幾人も貫き殺し、入口へと戻った。
彼の読み通り逃れて来る敵兵が現れ、テトラの前で慌てて剣を構えた。
「貴様ら、計ったな! 傭兵団と言うのも嘘だろう!? 先ごろ砦が幾つも炎上する事件があったと聴いたが」
「フッ」
テトラは肯定の笑みを浮かべると、一人目を一刀の元に斬り下げ、絶命させた。
「おのれ! 訳の分からぬ賊め!」
もう一人が蛮勇を見せて躍りかかって来たが、テトラは槍の間合いを崩さず、敵を近付けずに刺し貫いた。
兵糧庫の一角から煙が上がる。
てんてこ舞いの敵兵は次々逃げ出してくるが、テトラの刃の前に斃れた。彼の前には血の溜まりが広がり、たくさんの亡骸が横たわってた。
「テトラ殿!」
ギュイとハミルトンが駆け付けて来た。
「どうなされた?」
「若の姿が見えません。こちらへは?」
「来ていない! 私が見て来る! はっ!」
テトラはストームを駆り、兵糧庫へ踏み入った。
燃やすには惜しいが、奪っていても足が鈍るだけだ。もしも追討の兵が現れたら戦いになる。勝つ自信はあるが、全員を守れる保証は無い。
建物に発火する味方の兵達とすれ違い、テトラは駆けた。
途中、東側で火計を指揮するデイッツに会ったが、彼もまたクラウザーの行方は知らなかった。
テトラは歯噛みした。
この燃える兵糧庫の中でクラウザー殿は単身敵と戦っているのか、最悪、この世の人では無くなっているか。急がなければ。
「クラウザー殿!」
テトラは名前を呼んで兵糧庫の内部を疾駆した。
目の前で燃える家屋が倒壊した。そこの先に探していた人物はいた。
「クラウザー殿! 御無事か!?」
「ああ、テトラ殿!」
「言いたいことはあるが、今は脱出を! 事は成った!」
「分かった!」
テトラは駆けた。そして背を向けたクラウザーの後ろにあの水汲みの奴隷の女性が乗っていることに気付いた。
そうか、クラウザー殿は彼女を助けるために。
テトラはすっかり失念していたことを悔い、クラウザーを称賛した。
外には兵が集結していた。
「若! 御無事でしたか!」
ギュイが声を上げた。
「すまぬ、心配をかけた」
その肩からヒョイと奴隷の女性、ミューミが顔を覗かせると、ギュイとハミルトンと呆れたような顔をした。その表情がクラウザーの癪に障ったようで、若き頭目は言った。
「ミューミ殿もボルスガルドの民。置き去りにして骨になった方がその方ら良かったと言うのか!?」
太刀を向け静かに激昂する主君にギュイとハミルトンは馬から飛び降り、地に頭をこすり付けて平謝りをした。
「クラウザー殿、二人とも良き臣下だ。あなたのことを第一に考えて当然だ。許してやってはどうだ」
テトラが言うとクラウザーは、応じた。
「そうだったな。すまぬ、二人とも言い過ぎた」
「さて、そろそろここも本格的に崩れるでしょう。その前に帰りましょう、俺達の家に」
デイッツが飄々とした様子で宥めるように進言すると、兵らの顔に笑顔が戻った。
テトラもマディアに早く顔を見せたかった。
「ミューミ殿、あなたを我々の家へ案内しよう」
クラウザーが振り返って言うと、ミューミは頷いた。
「よろしくお願いいたします」
その頬は紅色に染まっていた。
全員が覆面を取り去る。
こうしてロウ傭兵団は三つの砦と一つの大きな兵糧庫を落とし、長い遠征を終え、大役を果たして、再びボルスガルド解放軍となって、帰還に移ったのであった。




