ロウ傭兵団1
プリシス帝国の原野の果てに止める者なく騎馬の群れは駆ける。
秋の半ばに差し掛かろうとしていた。少々肌寒いが、男達の心は熱かった。同時に全員が黒い覆面の下で、次なる目的地が現れるのはいつかいつかと楽しみにしていた。
ボルスガルド解放軍、いや、ロウ傭兵団は三つの砦を落とし、今は最大の任務へ向かっている。これが終われば懐かしき我が家へと帰還する。誰もがマディアの顔を見たかったに違いない。
手筈はいつも通りだ。あの強面だけが取り柄だと思われたギュイが作成した偽の皇帝の書簡を渡し、信用させる。そして油断が生まれたところを反旗を翻す。いや、反旗を翻すでは無い、もともと敵同士だからだ。
原野に大きな木造の杭で囲まれた建物が見えて来た。男達は覆面の下で微笑んだ。これさえやれば、しばらくは動かなくて良いのだ。そういう命令がロイトガルから来ているわけでは無いが、そろそろ目立ちすぎている。引き際を弁える時だ。
「その方ら、何者だ!?」
広大な砦を思わせる入り口付近で暇そうな番兵が目を覚ましたかのように槍を持ちあたふたと声を上げた。
「我々はロウ傭兵団」
クラウザーが言った。
「傭兵が派遣されてくるなど聴いてはいないぞ」
そこでギュイお手製の偽造書が差し出される。緊張の一瞬だ。テトラも誰もが手にしている槍を握る手に力が入っている。
「ふむ、増援はありがたいがここは後方故、輸送ぐらいしか任務は無いが」
「しかし、この通り皇帝陛下の命令だ」
クラウザーが詰めると、兵士は喉を唸らせて頷いた。
「まぁ、精々、無駄な警備に勤しむが良い」
兵士は去って行った。
百騎は馬から下り、兵糧庫の中へ入った。
雨除けの建物の中に麦や干し肉などの戦場食や、武器に防具があった。
兵糧庫は広大でそんな建物ばかりが点在している。さっさと火を着けて回るのは難儀そうだ。
傭兵らは自然な装いで兵糧庫の中へ散り、テトラとクラウザー、三人衆が覆面越しに顔を付き合わせた。
「予想以上の広さだ。これを炎上させるには、番兵どもを壊滅させるしかないぞ」
鉄球のハミルトンが言った。
「あの、お水をどうぞ」
不意に声を掛けられ、振り返ると、そこには女性が立っていた。華奢で可愛らしかった。水の入った木杯を盆の上に乗せて立っている。
「ありがとう」
クラウザーはそう言うと水を受け取った。そして覆面を取り去り、顔を露わにして木杯に口を付けた。
女が驚いたような顔をしていた。クラウザーの美男子面に当てられたのだろう。
「我々はロウ傭兵団。皇帝陛下の命令できた。君みたいな女性がたった一人で何故こんなところに?」
「私はミューミと言います。奴隷です」
「奴隷だって?」
クラウザーが驚きに顔を歪める。
「はい」
「どういう経緯で奴隷になったんだい?」
クラウザーが優しく問うとミューミは頷いて話した。
「私は元々ボルスガルド王国の侍女でした。それが国が滅んで、男は兵に、女は私のような小間使いの奴隷に、もっと酷い目に遭っている人もいますが、そんなところです」
その言葉を聴き、クラウザーが表情を硬くした。
「ミューミ殿、希望は捨てるな。我々もまた希望は捨ててはいない」
「どういうことですか?」
「いずれ分かる」
クラウザーは覆面を巻いて歩み出した。
「あの! お名前を!」
「クラウザー」
立ち止まり彼は名乗った。
ハミルトンとギュイがクラウザーに同行し、テトラはデイッツと兵糧庫を歩いた。
「若だが、妙な情にほだされちまったようだぜ」
その言葉にテトラもクラウザーの微笑みと、希望を捨てるなという言葉を思い出す。
「俺の予想だが、若はあの娘を連れて行く。テトラ殿はどう思う?」
「私はクラウザー殿がしたいことを正義だと思う限り助力するまでだ」
「当てにしてるよ、テトラ殿」
デイッツがそう言い、二人はそのまま並んで兵糧庫を歩いた。
そして日暮れ前になり傭兵団は合流した。兵糧庫が予想よりも広く、暇を持て余しているとはいえ兵士の数も多かった。
「ここにボルスガルドの男はいないらしい」
クラウザーが言った。
「若、あのミューミとかいう女とまた会ったんですか? いつの間に」
鉄球のハミルトンが軽く驚きの声を上げる。
「何だ、おっさん達、若の警護さぼってたのか?」
デイッツが軽く咎めるとギュイが言った。
「途中、もう一度、手紙を見せてくれと言われてな。俺とハミルトンで誤魔化している間に若には逃げてもらった」
テトラはクラウザーの言った意味を理解した。
「兵を皆殺しになさるつもりですね?」
「そうなれれば理想的だが、一つ策がある。敵がどれほど乗るかは分からぬが」
クラウザーが言った。
ロウ傭兵団の団員達が見張り、テトラと重鎮らはクラウザーの言葉に耳を傾けた。
「虚報を流す。後方より山賊出現とな。当然我が傭兵団が出るように言われるだろうが、そこを渋って幾らか兵を割かせる。ついてきた兵は折を見て殺す。そしてここへ帰還した勢いで何食わぬ顔でここも皆殺しにする。私の智慧ではそれぐらいしか頭が回らぬ。始末し終えた後に、兵糧庫に火を放って去る」
重鎮らは頷いた。守備に就いている兵は五百はいる。これを半数ほど虚報にかければ、残る約二百五十も先手を打って殺せるだろう。
我が武が発揮される時が来たか。
「それでいつになさいます? わざわざ夜襲にすれば同士討ちもあり得ます」
鉄球のハミルトンが言うとクラウザーは頷き、覆面の下から覗く目を力強く輝かせた。
「今からだ」
途端にその場だけひんやりとした秋の空気よりも冷え冷えとし、ロウ傭兵団は行動を開始したのであった。