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傭兵譚  作者: Lance
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テトラとマディア

 夜襲の連続でプリシスも解放軍を放って置けなくなったらしい。後方の特に兵糧庫の警備の人数が増えた。

 闇だけが解放軍の味方だっただけに、テトラもまた頭を悩ませていた。今は表立ってクラウザーや自分の姿を見せる時ではない。

 テトラは砦の裏に居た。表では百人の兵らがクラウザーと三人衆とに扱かれ、馬術の特に騎射の練習をしていた。クラウザーや三人衆が騎射の心得があったため、テトラは指導役を降りた。そして、こうして頭を悩ませるらしくない役を引き受けていた。

 夜襲はもうしばらくは止めた方が良いだろう。ならば、どうするか。

 不意に人の気配を感じて顔を向けるとマディアが立っていた。

「難しい顔をしてるわね」

「ああ、少し考え事を」

「答えは出た?」

 その問いにテトラはかぶりを振った。

「何を悩んでるんだい?」

「マディア殿が考えることではない」

「そうやって、みんな、私だけ仲間外れにする。私だって炊事に洗濯にあんた達の仲間だと思っていたんだけどね」

 マディアが少々腹を立てているような気がしテトラは申し訳なく思った。

「あなたはかけがえのない仲間だ。それは間違いない」

「だったら、私のこと、女だと思って舐めてないで話してごらんよ」

 テトラは数秒考え、頷いた。

「しばらく夜襲を控えるべきだと思っていたんだ」

「いつも夜襲だったそうだからね。敵も警戒するだろうさ」

 その答えにテトラは少々驚いた。

 マディアが近付いてきてわき腹を肘で小突いた。

「そのぐらい見当がつかないほど馬鹿な奴はいないよ」

「それは、そうか」

「そうだよ」

 テトラが純粋に驚くとマディアは呆れ顔で応じた。

「今のところ物資は滞りなく運ばれてきているけど、あの騎士団長が曲者だからね」

「いかにも。彼はとにかく急かす。我々は生きて行くために悔しいが彼の要望に答えなければならない。早めに行動を移さないと」

 ロイトガルの物資は砦の一同だけの分では無い。付近の枯れ果てそうな村々にも配給されていた。自分達が怠れば民が飢える。飢えは理性を吹き飛ばし狂気を植え付け、暴力と犯罪へと結びつく。この大陸にはそういう賊徒のように成り果てた苦しい村々がたくさんある。せめてマディアの故郷とその周辺だけは救いたかった。

「悩みの種は、日中だと我らの姿が目についてしまうことだ。奇襲にならない。何人かは毎回犠牲になるだろう」

「ふーん。だったら混乱させてやればいいんじゃない?」

「混乱?」

「そう。敵か味方か分からない奴に明確には手出しはできないだろう。少なくとも最初の一撃はこちらが打てる」

「うーん」

 テトラは想像しあぐねていた。マディアの言っていることは分かるが、敵か味方か分からない連中になるにはどうすれば良いんだろうか。

「降参する?」

 マディアがウインクした。その顔はいたずら心に溢れているようで、得意げで可愛らしかった。

「武家の意地だ」

「意地なんて張ってるとロクなこと無いよ。あんたは一人で大変だったろうけど、ここには仲間がいるんだ。今は孤高の騎士じゃ無いんだ。もっと周りを頼りな」

「そうだな、クラウザー殿にでも」

 そこで再び肘でわき腹を小突かれた。

「仲間なら目の前にいるでしょう? さっきのセリフは嘘だったわけ?」

「すまぬ。では、お聞かせください」

「簡単よ」

 マディアは笑った。

「得体の知れない姿に変装すれば良いんだよ。それで敵はこう言う、敵か味方か?」

「ふむ」

「帝都から派遣された味方の傭兵団だって答えれば良いんじゃない。そうやって少しずつ敵の拠点を潰して行く」

 テトラは妙案だと思った。

「しかし、得体の知れない姿とは?」

「顔をベールで覆うだけで充分じゃない? 得体の知れない軍団は、いかにも傭兵って感じがするからね」

 賭けてみるか。テトラは次々敵の拠点を落として行く己らの姿を思い浮かべた。

「ロウ傭兵団」

「うん?」

「ロウは正義と言う意味です。マディア殿、あなたと話せてよかった、クラウザー殿に提案してきます!」

 テトラが動こうとした時だった。マディアが腕を回してきた。

「ねぇ、テトラ、私に感謝してる?」

 テトラが振り返るとマディアがこちらを見上げていた。麗しい顔に直視されテトラは目のやり場に困った。

「感謝しています」

「だったら……」

 そう言いマディアが目を閉じる。

 テトラはマディアの頭に手を置いた。

「は?」

 マディアが素っ頓狂な声を上げた。

 テトラはマディアの頭を労わって撫でまわした。愛しい人の髪の毛に触れられるとは。彼はそれだけで興奮し充分だった。

 マディアが手を払いのけた。

「まったく! テトラ! 私を何だと思ってるの!?」

「え、マディア殿」

「もういい……。クラウザーのとこ行きな」

「承知!」

 テトラは勇躍し駆けた。手の平にマディアの髪の素晴らしい質感が残っている。

 ふと、砦の裏を過ぎる前にテトラは振り返った。

「マディア殿! ありがとう! あなたはやはり素晴らしい女性だ! 生きて帰ってきたら何でもあなたの言うことを聴こう!」

「そ! その言葉忘れるんじゃないよ!」

 マディアが声を上げて応じた。

「必ず!」

 テトラも答え、彼はこの素晴らしい計画を打ち明けるためにクラウザーらのもとへ向かったのであった。

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