要塞攻略戦2
まるでコロセウムの歓声に似ていた。
階を上がる度に声は大きく音となって反響してくる。
「矢だ! 矢を持ってこい!」
そんな中に響く低い音はラムが門扉を打つ音だ。外の部隊は既に攻撃を始めている。だが、今回の勝利の鍵はカティア達を含めた潜入部隊であった。
不意に、先行するクロノス傭兵団員達が階段から転げ落ちて来た。
甲冑の音がする。相手は現れた。
「不安に思って来てみれば、まんまと陽動にかかってしまったか」
グレートヘルムと言うトサカのような飾りの着いた兜をかぶった戦士が下りて来た。
カティアはサーベルを抜いた。
「伝令だ! 敵の本当の狙いは!」
カティアとクロノス傭兵団が動いた。
カティアは武将へ、クロノス傭兵団の二人はその配下へ斬りかかった。
「何としても成功させなきゃならない!」
クロノス傭兵団の一人が配下と剣を交えて言った。
その通りだ。
カティアはサーベルと反った刃を持つ敵の武器シミターと打ち合った。
「女が! そこをどけい!」
相手は蹴りを入れてきたがカティアは避けて一撃を甲冑に見舞った。かつての刺突のカティアの異名は伊達ではない。甲冑には亀裂が入っていた。
「このおっ!」
立ち上がったクロノス傭兵団員がカティアの脇から援護に入った。
だが、剣は空を切り、危ういところをカティアが敵の剣を剣で受け止めた。
「助かった!」
「後続部隊を急がせて!」
カティアが言うと三人のクロノス傭兵団員は頷いて階段を下り始めた。
配下も手練れらしく、クロノス傭兵団員と互角の切り結びを演じていた。
「貴様らの格好。傭兵だな、金に尾を振るロイトガルの犬めが! 真に大陸を照らす太陽となるのは我らベルファウストだ! バッファリオ卿もバッフェル卿も、その太陽を掲げる者として相応しかった! それを貴様らは!」
敵将が大上段に剣を掲げる。
「殺した!」
鋭い風切り音と共にカティアは段の下に下り立ち、サーベルを薙いだ。
敵の脛当て割った。
「おのれ!」
敵が剣を突き出す。直刀ならばカティアに届いていただろう。しかし、曲刀では距離が短かった。カティアは伸びきった腕に思いきり刃を下ろした。籠手が鳴った。
悪運の強い奴。カティアは心中で舌打ちした。
「この女が!」
武将は階下に片足を落とし、刃を振るってくる。
カティアは下がった。武将が近付く。そこでカティアは左手にソードブレイカーを持ち、相手の刃を挟んだ。
「どの道、あなた達は死んでいたわ。敬愛するバッファリオ達に再会できると良いわね」
カティアは思いきりソードブレイカーを引っ張る。敵の刃が折れる。瞠目する敵に勇躍して攻め胸甲を破りサーベルで貫いた。
「か、片腕でここまで。しかも女のくせに」
武将はそう言うとよろめいて回廊へ落ちて行った。
「ヘルムート様! ぐあっ!?」
「があっ!?」
傭兵達もそれぞれの戦いを終えた。
「さすがは戦鬼」
「急ぐわよ! 他ではもう行動が起きているかもしれない!」
「おう!」
カティアと傭兵二人は再び階段を上がって行った。
息を弾ませ、上がりきると、まずは眩い陽光が出迎えた。
そして城壁上で白兵戦を展開する敵の姿を見た。
「我ら! クロノス傭兵団!」
傭兵が名乗りを上げると喧騒の中、数人の敵がこちらを振り返った。
「後ろにもいるぞ!」
そして長剣を手に斬りかかって来る。
城壁上は要塞だけあって広かった。囲まれればあっという間だろうが、既に乱戦状態だ。
向こうでバトーダが二刀流で敵を裂いているのを見た。
「敵を殲滅するわよ!」
カティアが声を上げる。
「応!」
二人のクロノス傭兵団員が揃って剣を掲げ斬り込んで行った。
カティアも双剣で敵の中を乱舞し、血潮を浴びた。剣先からは斬った敵の濃厚な血流が雫となって落ちている。
「クロノス傭兵団参上!」
声が上がり、矢が一本飛んで来た。要塞の階段口の屋根の上にエドガーが居て弓を構えていた。矢はカティアに襲い掛かろうしていた二人のうちの一人の眉間を貫いていた。
「やるわね、クロノス傭兵団」
剣を交え、弾き、足払いを掛けて転倒させ、命乞いを聴く前に首に剣を振り下ろす。
主導権はこちらが握っていた。隙を見て階段に逃げ込もうとする兵をエドガーら、クロノスの射手らが見逃さなさい。惨いが、命乞いはこの戦いにはない。ベルファウストにロイトガルの恐ろしさを更に刻み付けねばならぬのだ。
バッファリオ城、バッフェル城、そしてのギュリーヌス要塞、死の嵐は止まらない。ロイトガルの進撃をベルファウストに止める手立てが残されているのか。兵糧攻めでは時間が掛かり過ぎる。ロイトガルは今度は北へ向かわねばならない。プリシス帝国と争っている味方勢を助け、敵国を滅ぼさなければならない。
刃の血を振り払う。
敵勢は弱腰になりながら、挑んで来る。軽くあしらう様にしてあの世へ送る。
間があった。
門扉を打つラムの音は聴こえなかった。外で展開する味方勢は城壁上を見上げて、声援を送っていた。
「ロイトガルに勝利を! クロノス傭兵団に祝福を!」
傭兵の一人が駆けて行った。そして抱えていた鉄の棒に丸めた布を解く。後は風がやってくれた。そこにはロイトガルの旌旗が翻り、大きく靡いていたのだった。
「カティア、御苦労」
身体中血染めのバトーダが双剣の血を拭って歩んで来た。
「終わったわね。クロノス傭兵団、見所があるわ」
「それは誇らしいことだ。それ! 勝鬨を上げろ!」
バトーダが大音声を上げると、傭兵らが声を揃えて唱和した。すると地上の兵らも声を上げて続いた。ここに長き時代に渡ってベルファウストの壁となっていたギュリーヌス要塞は脆くも崩れ去ったのだった。