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傭兵譚  作者: Lance
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解放軍

 砦の周囲の木々は日夜解放軍の兵と将によって斬り倒されていた。奨励したのはテトラだ。斧で木の幹に打ち込むのは良い運動になる。地味だが着実に力を着けて行くのだ。だが、できれば早い方が良い。木を切り倒して広くなればそこで並んで練兵もできるし、厩舎を造ることもできる。テトラは物資の他にロイトガルに馬百頭の借用を要求していた。

 戦場を馬で駆け、火矢を砦に射る。あるいは夜襲を仕掛ける。どちらにしても人数の少ない解放軍は一人たりとも失うわけにはいかない。そのためにはテトラは馬の脚を活かした、「一撃離脱」戦法を主体的に仕掛けようと試みている。

 できることなら走る馬の背で矢を放つ、「騎射」まで習得できれば完璧だ。ロイトガルからの補給物資特に食料は周囲の村々にも分け与えている。今はロイトガルに愛想を尽かされる前に一度手柄を上げなければならないし、落ち着かない。

「みんなー! お昼だよー!」

 エプロン姿のマディアが砦の入り口に姿を見せて元気の良い声を響かせた。

 そう、マディアは何故かここに居つくことになり、炊事に洗濯に一手に引き受けてくれている。何と素晴らしい女性を手に入れたことだろうか。秋の始め、テトラはシチューの美味さに感動しながらそう思ったのだった。

 旧四悪党は、指揮官としての素質はあった。クラウザーは勿論、配下の三人衆、強面のギュイも、鉄球のハミルトンも、若いデイッツも、元々はこういう役職だったとのことだ。指揮官を育てる必要が無いのは時間の短縮になる。

 木々に斧を入れる音と、「倒れるぞー!」と、いう声があちこちから木霊してきた。

 周囲はだいぶ広くなった。切り株を馬を使って苦労して引っこ抜き、整地し、練兵の場とする。

 武器庫と兵糧庫、厩舎の建設も始まっている。

 そんな時、馬百頭と共に聖氷騎士団のニーから早めの行動を期待するような曖昧な内容の文書が届いた。

 花の活けられた花瓶が置かれた司令室でテトラとクラウザー主従が手紙を読んで共に眉間に皺を寄せていた。

「どうしたんだい、難しい顔をして?」

 マディアが入って来た。

「マディア殿、軍議中ですぞ」

 強面のギュイが少々苛立った様子で言った。

「はいはい、戦うのは男の仕事ね。じゃあ女は洗濯でもしてきましょうかね」

 マディアは不服そうにそう言うと去って行った。

「ギュイ、声もだが顔が怖いぞ」

 同年代の鉄球のハミルトンが咎めるとギュイは言った。

「この内容ではな」

 ロイトガルの手紙にはっきり書かれていたのは、いつまでもただで物資を送るつもりは無いと断言されていることだった。これは発破をかけてきている。あのニーの細い目がこちらが困惑するのを見越して邪悪に歪むのをテトラは想像した。

 馬は届いたばかり。馬術の経験のある者はいたが騎射までは会得している者はいなかった。

「ひとまず行動を起こさなければなるまい」

 クラウザーが言った。主君の言葉に家臣らが頷く。

「何にせよ、馬の扱いに慣れなければならないな」

 若いデイッツが言うと、テトラは同意した。

「その通りだ。一番優先することは馬術。敵の前を横切るだけでも動揺を与えることもできよう。大事なのは一人も欠けてはならないということだ」

 テトラの言葉に同じく亡国の者達は頷いた。



 2



 目標を五日とし、厳しい馬攻めが始まった。

 テトラやクラウザー、三人衆が直々に兵の指導にあたった。

 恐縮していた兵だが、それどころではないとテトラらの剣幕に押されて懸命に会得しようと頑張っていた。

 マディアがおやつを持ってきた。カボチャのプリンだ。

 兵らは頭を下げて受け取り頬張っていた。

「美味い!」

 兵らはそう吼えた。

「どんな具合だい?」

 マディアが尋ねて来る。

「皆、懸命になっている。予想以上に早く馬術を体得できるとは思う」

 テトラは応じた。すると、マディアが布を取り出してテトラの口元を拭った。

「あ、ああ、すまぬ」

 マディアは微笑む。

「弓も馬も得意だから私も御同道できれば良かったんだけどね」

 テトラは思った。

「マディア殿は皆の姉上だ。ここで待っていて欲しい。そして我々が無事に戻ったら笑顔で迎え入れて欲しい」

「みんなの姉上か。お母さんじゃないだけマシかね。分かったわ」

 マディアは頷いた。

「クラウザー殿、号令を」

 テトラが言うと亡国の騎士は声を上げた。

「訓練再開だ! 厳しく行くぞ!」

 そうして三日目、馬術だけは形になった騎兵らがそこにいた。砦周囲の野原を駆け回り、障害物を跳び越えさせたりしている。

「予想よりは良い出来栄えだ」

 クラウザーが言った。

「そうだな。ただ騎射までは厳しいだろう。だから、停止した馬の上から弓矢を扱えるようになれれば」

「家屋に火矢を放つということか」

「ああ。クラウザー殿、夜の火矢を見たことはあるか? 圧倒的にされた側は焦るぞ。地獄の不死鳥が舞い降りたかのようなそんな光景だ」

「プリシスの奴らに見せてやりたい光景だな」

 クラウザーは仏頂面で言った。この御仁はまるで笑顔が無い。せっかく端麗な顔をしているのに勿体無い。

「テトラ殿、戦に顔は関係ないぞ」

「うむ、筒抜けだったか」

「戦法はテトラ殿、一撃離脱が無難か」

「ああ。まずはプリシスにもロイトガルにも行動を起こしたことを示せればそれで良い」

「分かった」

「お昼だよー!」

 マディアの声が響き渡り、兵らは馬を下りて彼女のもとへ殺到していた。

「のどかだ」

 クラウザーがそう呟き、テトラは頷いたのだった。

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